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話、と言われてもピンとくるものが多すぎて逆に改めて言われることが思いつかなかった。俺が召喚士だということに疑問を持ったのか?いつ、このことが解決するのだと言いに来たのか?それとも俺に何か疑いを持っているのか…どれもいつ言われてもおかしくないことだ。特に最後のものなんて聞かれて当たり前のことだろうと思っていたのだから。
「話、っていうのは…何か俺に不手際があってのことか?」
聞いても黒髪はぶんぶんと首を左右に振って「と、とんでもないです!」と即座に否定した。その様に少し胸を撫でおろすが、ならば本当に何の話をしに来たのか頭を悩ませることになる。
「そんなこと、ただ私が…」
だんだんと絞るように小さくなっていく彼女の声にその肩をポンと叩いてやると、彼女はハッとしたように顔を上げた。俺はこいつらのように人の心が何を思っていてどのような色をしているのか見ることはできない。俺は俺であり、こいつ本人ではなのだからどういう気持ちでいるのか理解をすることもできない。
それでも、なんとなく空気を読むことくらいはできるのだ。例えば、今こいつの話は他人にはあまり相談できないような内容なのは人気のない場所で声をかけたことからわかる。あまりいい内容ではないことも…浮かない表情からわかることだ。
肩から手を外し1つ伸びをしてから考えた。話は暗いものになるんだろう、暗い話を少しでも落ち着きあるものに、相談する彼女の心を少しでも穏やかなものにするにはどうすればいいか?
俺にも悩んだ時期はある。特にここへ来たばかりの10年前は毎日のように悩んでいた。その時に何も言わずに俺に師が出してくれたもの。
「んじゃ、ちょっくらキッチン行くぞ」
「…え?」
笑った俺に少女は目を丸くした。まぁ、そりゃ話があるって言われて台所は意外だよなぁ。
そういう反応は予想できていたから俺は笑みを深くする。
「はいはい、いいから案内しろって」
ぐいぐいと肩を押して少女を押せば、彼女は「えっ?えっ?」と困惑しつつもその足を動かした。
キッチンと言えるものもすぐに見えてくる。廊下の先、いくつもの鍋やフライパンが壁に掛けられた水道に併設された小さな釜戸の隣に、籠やら箱に入るいくつかの食材が並んだ場所で呆然とする彼女の後ろを抜けてそれを眺めていれば目当てのものはすぐに見つかった。食材と並んで紙パックに入ったその液体の中身を確認すると、指に少し付けて舐める。
うん、これだ。流石は雪国、自然に置いておいても冷蔵庫化しているから冷蔵庫自体がいらないな。
感心しながら他のものもゴソゴソと漁る俺に少女は遠慮がちに「あ、あの…」と声をかけてくる。そうだ、大切なことを忘れていた。
「少し食材なり借りるがいいか?」
「あ、あの、それは構わないんですけど…何を…」
質問をするのに上げた顔をまた食材置き場に腰を落とす。籠の横に置かれた金色のとろみのある液体を見つけて少し舐めれば目当てのものだとすぐに気づいた。こっちは紙パックではなくペットボトルのような容器に入っている。
2つを手に取った俺は立ち上がり少女に向かってニッと笑った。
「いいものを作るんだよ」
鼻歌を歌いながら釜戸のすぐ近くに積まれている薪を数本手に取り、炉にその薪を少し立てかけるように組み立てた。そして、肝心の着火剤は…。
ポケットを漁れば出てくる、あの村で気のいい宿屋のおっさんがくれた地図。鼻歌も止まりしばらく睨めっこをするように見ていたものの、もう戻ることはないだろうという思いが出てくる。
…ごめんな、おっさん。結局1つしか回れなくて。
心の中で謝って、くしゃりと丸めて立てた薪の空いたスペースにねじ込むとライターで火をつける。薪は、10分とたたずにごうごうと音をたてて燃え始めた。
壁に掛けられている鍋の中で一番小さな鍋を選んで水道で軽く水で洗い、釜戸の火で空焼きすると、少し時間を置いて冷ます。冷ましている間に少女にコーヒーカップを1つ貸してもらうと、そこに紙パックに入ってた白い液体を注ぐ。そこにペットボトルに入っていた金色のとろみのある液体を大体大さじ1になるように入れれば、白に金色が混ざり合う。あとは金色が残らないようによく混ぜ合わせてそれを鍋へ。
釜戸の火を薪でうまく火を潰して小さな火にすると、鍋を火にかける。鍋を少しずつ回しながら火にかけ、混ぜるだけでは溶けなかった金色が完全に溶け切った後、少しずつ白い液体がふつふつと沸騰しかけたところで火を止めた。
「あ…」
「いい匂いだろ?」
その空間には甘い匂いが漂っていた。後ろで大人しく見ていた彼女も気付いたのか、俺がそう言うとこくこくと頭を縦に動かす。それを笑って視線を鍋に戻し、今度は鍋の液体をカップに戻す。白い湯気が立ち込める中で、初めてのそれは上手い具合にカップに収まってくれた。
「ほれ」
カップを少女に手渡せば、彼女はそれを大人しく受け取る。何かわからないでいる彼女に俺はニッと笑うと「どうぞ」と飲んでみるように勧めた。
「…?…………!」
最初はチラチラと俺と湯気の立つカップを見比べていたが、すぐに1口ごくんと飲み込んだ彼女は驚いたように目を丸くした。そのまま2口、3口と飲んで顔を上げる。
「お、美味しい…です」
「そうか、それはよかった」
目をキラキラとさせる彼女は子供のようで、それに俺は簡単に言えば和んだ。近所の子供を見ているようだ。
「こ、これ、なんて言うんですか?」
カップを持ち上げて俺を見上げるのに、俺は「あぁ、それな」と答える。まぁ、そんなに難しいものでもないから誰でも知っていると思っていた。
「ホットミルクって言うんだ。甘くておいしいだろ?」
「ほっと…みるく…」
しばらく感動したようにカップの中を見つめていた彼女は、ホットミルクを復唱するともう一度、ごくんとカップの中のホットミルクを飲んだ。




