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振り返ってみたはいいものの、後ろに人影は見当たらない。気のせいか?少し過敏になっているのか、それとも…。
いや、例え10年前だとしても感覚がすっぽりと抜け落ちることなどない。聞いた足音が聞き間違いなわけがあるか、これでも召喚士だ。聞き間違いなわけがないとすれば、さっきの足音は誰の物かが問題になってくる。生憎足音で性別を判断するなんて、ましてや特定の誰かがわかるなんて芸当ができるわけでもない。俺からすれば一般人が少しの足音に気付いたことを褒めてほしいくらいだ。
「ひよこ、歩きながら話すぞ」
「ピ?」
いきなり言い出した俺にひよこは不思議そうに体を傾けるが、それも今は我慢してほしい。もし、今俺とひよこの会話…この状況を切り抜ける策を聞くのが目的だとしたら無理やりにでも会話を聞こうと追ってくるだろうと容易に想像することができた。
もし、相手が慎重に慎重を重ね追ってくることはないにしてもそれはそれでひよこに策を聞かせることができるので俺としては構わない。
今からひよこに聞かせる話はこいつにしか言う予定はないのだ。
「そんじゃ、話すからよく聞けよ」
自分の考えをひよこに話しながら頭では他のことを考える。さて、微かに聞こえる足音は俺の足音ともう1つ、そして集中して聞けばもう1つ。計3つだ。遠くにいられたらリアンの耳でもないとわからないだろうが、会話を聞こうとしているのか知らんが聞こえてくる足音の距離は滅茶苦茶なほど近い。
結果として、一般人の俺でも聞こえるというわけだ。
「…てなわけでな、協力をしてもらいたいんだが…これには結構重要な欠点があってだな」
話を遮ることもなくすらすらと口から出ていく。散々考えた内容なので考える間もなく勝手に口が動いて話を続けるのだ。その間に足音の1つは止まり、もう1つは尚もこちらを未だに追い続ける。さて、どちらが黒か白か、もしくはどちらも黒か白かの賭けだ。足音の1つはこちらに向かって走ってくる。ドクドクと鼓動が早くなり、冷や汗がタラリと流れた。そして、その瞬間と正体はすぐにわかることとなる。
丁度いいタイミングというものがある。タイミングを待ち、そしてピタリとその時になったら然るべき行動を取ることが何事にも大事なことだと教わった。そして、そのタイミングを揃えれば…。
丁度脇腹の辺り、肝臓を狙ったのかその腕の動きは横目で追うことができた。ひよこを宙に放り投げ、回れ右をするように180°振り返りその途中で腕の動きを自分の手で掴んで制する。制したあとは回した体を止めずに膝を少し曲げ掴んでいない腕の肘を相手の顔面に叩き込もうとしたところで俺の動きはピタリと止まった。
その顔が見覚えのある顔だったからだ。相手はその手に何も持っておらず、俺に掴まれている手と反対の手を降参だとでも言うように肩の位置で上げ、固まっている。
「は…ハハ…すみません。お、お邪魔でしたか…?」
乾いた笑いを浮かべた黒髪の少女は今にも泣きだしそうな顔だった。
意外な人物に俺も手を離して肘を下げる。唖然としていたが、それもすぐに我に返ると、周りを確認した。もう1つ感じていた足音はもう聞こえない。聞こえないくらいの距離を一旦取ったのか、もうあきらめたのかはわからない。
あぁクソ、こういうときにリアンがいればすぐわかるのに。
「え、あ…だ、大丈夫か?怪我してないか?」
とにもかくにも確認ができないのなら仕方ない。それはそれで諦めがつく。問題は黒髪の方だ。召喚獣とはいえ、曲がりなりにも女の子に怪我をさせてしまったとあらば俺としても落ち込む。彼女に非はなにもないのだ。
落ちてくるひよこをうまいこと掴み、頭にのせると、彼女の腕を見、強く握ってしまった手首を何か所か押して「ここは?ここは?」と確認すれば、彼女は大丈夫ですよと言うとくすぐったそうに笑う。そのことにホッとしながら腕を離すと彼女は少し、顔を伏せた。
「少し、お話がしたかったんです」
少しだけ強張るその声色の彼女の、その時の顔は俺からはよく見えなかった。




