その頃のリアン
※3人称視点です
※44の時のリアン側の話です。
リアンは、目の前で自分の主人が消えたことに唖然としていた。何が起こったのかもわからない。
リアンの主人はただの人間だ。魔力もなければ、何か特別な身体能力があるわけでも、ましてや剣技などができるわけでもない。そのあたりにいるただの平民と変わらない男だった。
何が違うか?と言われれば、それは彼女自身が見たものにある。
彼女が魂を見れるようになったのは、ずいぶん昔のことだった。最初は見えていたはずの景色はだんだんと見えなくなり、今ではピントのあっていない眼鏡を常時かけているようにしか見えなくなっていた。
その代わりと言わんばかりに何故だか他人の魂が見えるようになった、血液の流れが見えるようになった、周りが見えなくてもそこがどういう構造をしているのかが線でくっきりと見えるようになった。
昔は段々と見えなくなるその景色が恐ろしくてたまらなかったのも昔の話だ。今は見えないことが普通になっていた。
狼の一族の長になってからは勇者に狙われ続けた。それ以前も襲撃はあったが、そこまで大きくなかったものからいきなり激しさを増す、もはや戦争に近いそれに彼女はもちろん一族全員が疲れ果てる。当たり前のことだった。
いつからか、血気盛んな狼の一族は疲れから攻めから逃げに転じる。転じた理由は他でもない、彼らは単純に疲れ切っていた。
彼らがどれだけ嫌だ、やめてくれ、と言ったところで人間側が止めるわけもない。狼の一族はできるだけ人里から離れ、身を隠し、細々と生きていた。
先祖が見たら嘆かわしいと言われるのだろうか、とリアン自身笑ったこともある。それでも長である彼女が選んだのは勇者を返り討ちにし、人間側に送りつけてやることではなく同胞をできるだけ死なせないことだった。
リアンの同胞の魂は清らかで、澄み渡るような青色だった。見ているだけで自分の心が洗われる気分にもなる。同胞の子供の魂は特に綺麗で、どこまでも綺麗な水のような、少し淡い水色だった。その魂を日々、見ることが彼女にとって小さな楽しみであったのは今も昔も本人しか知らないことである。
対して人間の魂はどうだったか?彼女の目にはドブにしか見えない色だった。淀んだ薄汚い色に彼女は吐き気と共に怒りを覚える。
「何故、こんな汚い魂に綺麗な魂が消されなくてはいけないのだ」
その矢先に出会ったのが、彼女が主人と言う男だった。男の魂は一見すればドブと大差ないだろう、彼女の同胞のような清らかな魂ではない。
だが、一見してドブのような魂だという認識は間違っていることを男は身をもって証明して見せた。
魂というものは常に変化する。純粋な思いほど魂は綺麗な色になり、汚いことをするようになれば魂は穢れていく。その認識を持った上で、リアンは召喚士と名乗る男を見た。
ドブの色をしていると思った召喚士の魂はどこまでも一点の曇りもない黒だった。
黒色には不思議な魅力があった。その黒を手に入れて、自分の手の内にしたらどれだけ幸せだろうと思ったが、彼女は自分を叱責し、そんなことは無駄だと思いとどまらせる。手に入れるのは無理だ、と。
ならばどうするか?簡単なことだ。自分が下になり、その魂の変化を見よう。
変化を見ようと思ったその数分後には彼女は自分の目で変化を見ることができた。契約を提案された時、召喚士の魂は赤くなった。自分を慰めるとき、召喚士の魂は青くなった。誰かに親切にされた時、召喚士の魂は緑になった。
どれも一点の曇りもない色であったのは彼女の記憶に新しい。他の場面でも召喚士の色は変わる。けれど、そのどれもが何かの色と混ざり合っていた。それを見て彼女は1つの考えが浮かんだのだ。
この人は常に葛藤しつつ生きているんじゃないのかと。
信頼をし始めた、その矢先に大事な主人はリアンの前から姿を消した。走っていたその足を止める気にもならず、そのまま召喚士がいた場所まで来ても仄かに召喚士の匂いがするだけで移動した後も、隠れた痕跡も見当たらない。
リアンはギリッと唇をかみしめた。重要な時に自分は何の役にも立っていない。主人すら守ることができない自分が吐き気がするほど嫌に思えた。
だが、思っていても仕方がない。ギリッと噛みしめた唇をそのままに召喚士の胸倉を掴んだ男の元までリアンは足早に近寄ると、今度は彼女が男の胸倉を掴みあげた。怒りでどうにかなってしまいそうな気持をどうにか抑えようとしても我慢ならない。
この男が犯人だったらどうしてやろうか、勇者の手先の人間か。そんなことを思う。
対して、召喚士だということを知らない男はいきなり綺麗な少女に胸倉を掴まれたこともそうだが、目の前で人が1人消えたことに対して唖然としていた。
男は、昔ながらの製法で服を作ることがなによりも素晴らしいと考えていた。自分の服は全て昔のものにし、周りにもその素晴らしさを伝えている。それ故に、この店のことが許せなかった。
昔の物の良さを知ってもらいたかっただけなのにどうしてこうなったのか、何が悪かったのか、これもモンスターの仕業なんじゃないか、そうでなければマナーが悪いとされる勇者の仕業か。
「言え!!!あの人をどこにやった!!!!」
リアンは呆然とする男の胸倉を引っ掴んで吠えた。男は反応しない、どこか遠くを見て恐怖するようにガタガタと震えるだけで、リアンの言葉に一切反応しないのだ。
「答えろ!」
掴んだ胸倉を数回、乱暴にゆすった時にそのリアンの手をそっと抑える白い手が横から入った。邪魔をするな、と白い手の主を睨みつければその人間は先ほどの笑顔とは打って変わって呆れたような表情でリアンの手を押さえつける。
「邪魔を…っ!?」
リアンは、その手を振り払おうとして気付く。動かない。
自分がどれだけ手を動かそうと力を込めても被せられた手が一切動いてくれない。リアンは手の主を何度も見ながら自分の手を意地でも動かそうとするが、何度やっても動かない。
なんだこいつは、とリアンは得体のしれないその存在に恐怖を抱いた。自分が力を目いっぱい入れて動かない召喚獣は数少ない。曲がりなりにも大きな一族の長だ、力自慢の一族でもない限り力では狼一族は他の一族を圧倒している。
それが人間相手に動かないわけがなかった。それをたった今覆されていることに恐怖を覚え、焦りにつながる。
「まぁ、落ち着きなさいよ」
涼しい顔をするその人間に、リアンは今度はその人間に噛みつくように吠える。
「これが…っ!落ち着いていられるか!あの人がいなければ」
必死に手を外そうとしながら言うリアンに女は1つ深いため息を吐いた。面倒だとでも言いたげなその顔にも、仕草にもリアンはイライラを募らせる。だが、被せられた手は1ミリたりとも動かない。先ほど感じた恐怖も怒りの前には何の効果もなさなかった。
「面倒だな、お前はなんだ?彼氏にでも捨てられたメンヘラ女か?相も変わらずあいつの連れてくる奴らは、次から次へと面倒を持ってくるなぁ」
ファシーと名乗ったその女は明らかに作り笑いとわかる表情で、こめかみをひく付かせながらリアンの手に被せていた自分の手をどかした。
コツコツコツ、と苛立ちを表すように片足で地面を何度も叩いてポケットから煙草を取り出すとライターで火をつける。
「あぁ、面倒くせぇな」
その言葉は、今の彼女の感情の全てを表すに等しかった。




