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恐竜の外見はまるでティラノサウルスのようだった。木の高さが低いというわけじゃないならかなりの大きさということになる。
恐竜が1歩、足を前に出すたびにズゥン…と低い地響きが襲った。地響きが起こるたびに恐竜は辺りを見回し、木にガサガサと顔を突っ込んでいく。何をしているのか最初は分からなかったが、2回、3回と繰り返しその行動をしているうちに俺の隣にいた白い奴…もうなんかあだ名つけてやろう。
シロだとあの勇者の子と被るし、ハクでいいや。お前は今日から俺の中でハクだ。
ハクが俺が見ていた穴に気付いたのか、恐竜を目の当たりにしてギリッと歯を食いしばった。恐竜を親の仇のように睨みつけ、これ以上ないほどの低い声で呟く。
「今あいつがいる場所は昨日まで俺達がいた場所だ…!俺達を探してるんだ…!」
「探してる?」
確かに、あいつの動きは誰かと戦っているわけでも、ましてや大きな図体で破壊活動をしているわけでもない。探し物を探すようにキョロキョロと周りを見回し、また歩く。その繰り返しだった。
「あいつが、もう元に戻って貴方方を探してるっていうのは?」
ありえないことじゃないだろう。誰か知らない人間は十中八九勇者だとしても召喚獣に勝てる可能性だってまだ残されている。そもそも、1握りの勇者しか召喚獣に叶わないのならそう考えた方がよっぽど現実的だ。
その俺の発言に、ハクは俺の方にぐりんと首を回し、顔を近づけると、「ありえない!」と叫んだ。胸倉を掴んで噛みつくようにまた言う。
「ありえないんだ!あの人は元々、小さなトカゲだった!それがどうしたらあんな大きな怪物になるっていうんだ!どうして俺達を襲うんだ!」
「トカゲ?」
「そうだよ!あの人の本来の姿は少し大きいくらいのトカゲだ!それがあの人間どもが来てからあんな…。
俺達が何したって言うんだよ!どこにも身寄りがなくてやっと信じられるのがあの人だったのに!なんでこんなことになるんだ!俺は…なんで何もできないんだ…」
だんだんと弱くなる声色と胸倉を掴む手の力に何を言うこともない。励ましを言うことも今のハクには逆効果になるだろう。が、見る限り今群れのリーダーであろうこの人にこんな調子でいられては困るのも事実。
どうするべきか、と頭を悩ませることになった。俺達が騒いでいたからか、群れの奴らはみんな俺達から1歩下がったところで喧噪を見学しているし、恐竜の地響きと鳴き声で俺達の声は遠くまで届くことはなく、恐竜がこちらに来る様子もない。
そもそも届くかどうかも怪しいところではあるが、届いていないのならそれに越したことはないだろう。
さて、問題はあの恐竜が本当にハクが思っているように操られているか、そうでないかの差だ。操られているのなら本体を探すのに苦労するだろうが大元を叩けばいい。だが、恐竜が傷つけることは極力避けたいところもあるので戦闘には少し厳しいところもあるだろう。
が、そもそもあの恐竜が偽物だったとしたら根本から違ってくる。
まず、この戦いを通して何も得るものがないことが1つだ。リアンがいるならまだいいものの、戦力に差がありすぎる。ここを出て早めに次の住処を見つけたほうが全員が助かる確率はぐんと高くなるだろう。ひよこの転移魔法も制限をかなり緩和できるはずだ。
次に、純粋な問題として勝てる確率が低すぎる。
俺と契約をしていないのだから当たり前だが、ここにいるのはリアンと比べ物にならないくらい低い魔力の召喚獣達だ。
弱い者たちが身を寄せ、互いを守りながら生きているのは想像に容易い。守ることを主軸にしていたのを急に攻撃に転じろと言っても無理なことだ。
「あのでっかいのは操られてるだけ。そうなんだな?」
だから、もう1度確認することにした。口頭だけで伝わるかわからないが、それでも確認作業は大事なことだからな。
「そうだよ…あれは、絶対に兄貴だ…」
ぽつりと呟くハクに俺は考え直した。
多分どころか絶対的にこの道は選ばないほうがいい道だ。限られた人数と限られた魔力でやりくりするために最低限必要なことと必要なものを揃えなきゃならない。
向こうが得意な土俵で勝負をさせず、こちらの得意な土俵にまであいつらを引きずり降ろして勝負を持ち掛けなければ勝ち目は絶対にない。
勝負事は頭が大事だと常々師に言われていた。勝負をするのに楽をしろと、同じラインで勝負をするなと。勝負だって、仕事だって、なんだってそうだ。楽をするために頭を使う。なんだってひたすら頑張るのは馬鹿のやることだと。
「なら、作戦を立てるぞ。あのよくわからん2人組の人間からお前らの兄貴を取り戻す。協力は惜しまない」
「……」
眉根を寄せて渋い顔をするハクに、まぁそうだよなと表情には出さないものの納得する。こいつらの大事な家族と言われる存在を奪ったのは人間だ。俺だって召喚獣だったなら、ここで立場は違うとはいえ、いくら同じ家族の助言があるとはいえ、理解はできても納得できるかと言われれば即答で否と答えるだろう。
だが、群れのことを考えれば返事は良いものでなければならない。恐らく群れの全員が慕っている兄貴と言われる存在を救いたがっている。ハクとて同じこと、自分たちでは救えない。だからひよこを狼族に行かせて伝言を届けようとしたのだろう。
…来たのが俺で少し悪い気もするが。
なにはともあれ、こいつらが自分たちには救えないと分かった上で俺は言っているのだ。弱みに付け込む少し汚い方法だったが、今はこれしか救える方法がない。良とする返事が分かっているのだから待つのも容易かった。
しばらく経ち、やがて渋々とハクが顔を上げる。その手には力が入り、声は震えていた。その声で、頼りないが、それでもはっきりと言い切ったのだ。
「わかった。よろしく、お願いする」




