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「あっち」
「こっちか」
ボロ雑巾のようになった子供を腕に抱き、鬱蒼と茂る森の中へどんどん進んでいく。案内を申し出てくれたのは腕に抱かれている子供である。道をあっち、こっち、と指さしながら案内をしてくれているがどうにもつく気配が見られない。今日で何度目かわからないくらい頭を傾げたがそれに対して腕の中のやつが頭を傾げる。クソ可愛い。
そして、そんなことをしながら歩いて数十分、2本の木の間を指さして、「ここだよ」と子供は言う。2本の大木の間にできている空間は広いがその先は普通の森が広がっているとしか見えない。
「いや、ここって…何もないじゃないか」
「あるよ、木の間に触ってみて」
そう断言されれば何も言えず、おとなしく木の間に指を突っ込もうとして、思わず「うおっ」と情けない声が出た。突っ込んだ指は消えていて、入れた指を中心に波紋が広がっていた。「ほー」と声を出しながらツンツン付いてやれば水で遊んだように空間は歪む。こんなもんよく考え付いたもんだ。
「これ、普通に入って大丈夫か?」
「大丈夫。中に入れば僕らの住む場所に出るよ」
即答で言われて少し躊躇う。本当に大丈夫だよな?と思うが入らなきゃここで一体何が起きたのか何もわからないままなのだ。ゴクン、と喉を鳴らすと決意を固めて、恐る恐る腕をその空間に突っ込んだ。
「ぐおおおおお、なんか抜ける瞬間がスライムみたいで気持ち悪っ…!」
ずももももっという音と共に抜け出せば、そこに広がっていたのは眩いくらいの空、その空を映すキラキラとした湖、そしてその周りをうろつく銀色の狼たちだった。
そして、その狼たちは俺の叫び声に全員こちらを向いて、そして一斉に叫んだ。
「に、に、に、人間だあああああああああああああああああああああ!!!???」
そこからの彼らの動きは分身でもするんじゃないかという動きだった。泉の周りに十数匹いた狼たちは1匹もいなくなった。そのあまりの速さに唖然としながらも「お、おい…」と声をかけるけど一向に出てくる気配はない。どこかヒソヒソと、声がするだけだ。
「みんな!この人は敵じゃないよ!僕を助けてくれたんだ!」
腕の中で叫ぶ子供の声にヒソヒソ声は一層強まる。どうしようかと悩み始めた時、その中でたった1匹の狼が近づいてきた。俺の腕の中を見、そして俺の顔を見て、やがて狼はその口を開いた。
「ようこそ、召喚士様。はるか昔の英雄よ。子を救ってくれたことに感謝を、そしてまたこの世界に来てくださったことに運命の悪戯を感じます」
「は…?どういうこ」
「召喚士様…!?」
「召喚士様だ!」
「救世主だ!」
「は?お、おい待て!何が何やらさっぱり…」
あれだけ怯えるように身を隠していた狼たちはたった一言で俺の周りを取り囲んだ。口々に嬉しそうな言葉を吐き、嬉しそうに顔を綻ばせている。
俺としては何が何やらさっぱりだ。前に来た時とまるで違うじゃないか。前に来たときこんなに歓迎されたことなかったぞ。
「待ってくれ!俺には何が何やらさっぱりわからない!前に来たときから何が起きてる!?俺の記憶じゃ全員平穏を約束してくれたはずじゃ…」
声を張り上げれば、狼たちはピタリと声を上げるのを止め、離れたところに座る最初に声をかけてきた狼に視線を移す。その狼は、一度、ゆっくりと瞬きをして「来てください」とだけ言うとゆっくり歩き始めた。
「立ち話もなんでしょう、小屋の中でお話しします」
ついていけば、人が4人ほど入れる家屋に案内された。昔、このあたりにあった廃村を修復しこうして雨風しのげる場所を作って暮らしているそうだ。
家屋の中は中心に果物や木の実が置かれ、地面には葉が大量にしかれていた。そこに狼が腰を下ろすので習って俺も座る。少し間を置いて、狼は
「まずは子を救ってくれた礼を、本当にありがとうございます」
そう言って頭を下げる。気にしなくていい、といえば狼はぐっと押し黙った。そして俺と視線を合わせないようにすると「大変申し上げにくいのですが…」と切り出した。
「今、この世界に召喚士はおろか我ら召喚獣を必要だと思う人間はいなくなりました。
貴方様が統治を行った第1次世界危機…それより1000年経った未来が今、現在なのです」
目が点になった。1000年?ありえないだろう、だって俺は10年しか…
「あなたのことは、先祖代々召喚獣の歴代長によって語り継がれています。ですが、貴方と共に旅をし、戦い、貴方が使役した者たちは残念ながら数百年前にもう…」
ふるふる、と頭を振る狼に「そうか、」と呟く。全部、わかっていたことだ。なんとなく、頭の隅で、心の奥底で、俺があの草原に着いて異変に気付いた時から。だからこそ心構えはできたいた。できていたけど…案外、悲しいもんだ。
「…教えてくれ、何が起きてる?1000年の間で何が起きた?」
だからこそ知りたかった。いつからここはこんなにも空気が悪くなったのか、いつからこの世界の召喚獣たちは生きづらくなったのか。
「そ、れは…」
狼が言いよどんだ瞬間、
ダァン!!!!!!!!!!!!!!
と、耳を劈く爆音と、家屋を吹き飛ばす爆風に襲われた。