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未だに地響きは続いていた。低い音と共に上から砂埃がたち、パラパラと細かな石が降り注いでくる。これだけの地響きがありながら崩れないこの場所に感謝をしつつきょろきょろと辺りを見回しながら出口を目指した。
奴らは俺達が来た方向へ走っていった…ということは、件の問題の何かはそっちにある、もしくは出口がそっちにあるということだ。
パタパタと軽い足音が石畳を伝い、足音が空間に響く。わずかな光を頼りに進み、先の見えない空間に少しだけ不安が募るが、それでも走っていれば今までよりもひと際大きい地響きがついに地に付けた足にまで響いてきて思わず走っていた足がふらりとよろけた。
「とっ…おわわわっ…!」
体がよろけてそのまま横に倒れていけば、壁が迫ってくる。空中で抗えるはずもなく、横向きから体を捻って壁に背を向けるのが精いっぱいの抵抗だった。ガツン!と大きな音と共に後頭部を思い切りぶつけると、一瞬視界が白く染まって鼻に何かツンとしたものがくる。
痛いとか、そういう表現じゃない。もはや衝撃に近い何か。涙すら出ないまま、後頭部を押さえて悶絶していれば、追い打ちをかけるように右手の手のひらがズキンと痛んだ。
「……っ!」
あ、待ってダブルで痛い。本当に痛い。頭と手がどっちもそれなりに痛いもんで声すら出なくなった。頭の方は衝撃がすごいだけで、すぐに痛みも引くが、手の方はそうもいかない。衝撃がない代わりに、鈍い痛みがじわじわと手を襲っていた。
痛みはやがて熱を持ち始める。熱は手の感覚を奪い、指先はビリビリと電流が流れた時のように震え始めた。背中からタラリと冷や汗が流れ、額にも大きな汗が浮かぶ。
あぁ、もう…どうして俺はこう忘れっぽいんだか…。
最初に傷を負った時から2週間、血は出なかった。だが、実際はじわりじわりと俺にも気づかない速度で傷自体は開き、痛み、2週間かけて血が出る状態になっただけで感覚で感じる痛みは何日かの猶予があるだけの話だ。
手袋をひっつかんで手のひらまで引き上げれば、手のひらには線が1本引かれていた。血も何も変化はないが、手は腫れたように真っ赤に膨れ上がる。腫れあがった手は、一見すればただ腫れているだけの手だがそれでも知っている身からすれば手の傷は、最初に付けた時からすればやはりほんの少し開いている。
血が出なければ大丈夫だが、かなり深いのは痛みからしてわかる。とすれば、問題があるならば出血量にあることになる。血が流れる期間が長いからといって俺の身体の血の量が多くなるわけじゃあない、俺の身体の中の血の量は決まっているし、その量は周りの人と同じ分しか蓄積されず生産もされない。
まだ大丈夫だ、と手袋を嵌めなおせば左手で右手首を押さえつけるように握り込む。痛みはひどいがまだ我慢できないほどじゃない。これで更に手を踏みつけられたりしたらさすがに叫び声をあげるなりなんなりしそうだけどな。
走った疲れと痛みの我慢で口は開いて、目は自然と垂れていくのがすぐにわかる。すぐには治らず、呼吸を整えることに集中した。
蹲っていた身体を立ち上がらせれば、ひよこは俺の心がわかっているかのようにピィ!と大きく鳴いて先を指差す。
これじゃあどちらが主人かわかりゃしねぇな…。
思わず苦笑いが零れて、俺は不安で垂れた目に力を入れて見開くとその先を睨みつける。疲れて口呼吸をするために開けられた口は、歯を食いしばって無理やり鼻で呼吸をさせた。
その俺を見て、ひよこはピッ!と鳴くと俺の頬に翼をぐいぐいと押し込んでくる。
…いや、痛くはないけどどうしたお前。
「ピッ!」
「頑張れって?」
「ピィ」
答えれば、ひよこはそうだと言わんばかりに頷く。
なにやってんだかな、と苦笑いして立ち上がり、地響きを確認すればさっきよりも落ち着いていた。これならさっきみたいに転倒することもないだろう。足に力を入れて地面を後ろ足で蹴れば体は自然と前に出た。
当然のごとく息はまた切れる。酸素が少なくなって視界が狭まるのを感じたが、今は前以外に向く必要がない。足をひたすら動かし続けた。
やがて、薄暗いその空間に光が見えてくる。今までの心もとない光とは違う眩しいくらいの光だ。外だ、と思って走る速度を上げればすぐにその光は目の前までやってくる。その光に当たった瞬間、眩しくて思わず腕を前に翳して光を見えないようにした。
見ていられないくらいに眩しいのはすぐに目が慣れる。うっすらと目を開ければ、その前に広がっていたのはなんてことはない、ただの廃墟だった。あちこちはボロボロでかろうじて立っているような建物、機材や資材が散乱し毛布がそこら中に散らばっている。
なにより、建物自体が風化し恐らく俺がいる場所は建物の中なんだろうが光が漏れ出している。そして、風化とはまた違う誰かが意図的に開けたとしか思えない人2人が通れるくらいの大穴もいくつか見つける。
「は…?どこだ、ここ…」
いくつか、問題があるとするならばそこは俺が知らない場所であっただけ。どこかもわからないその廃墟のことは見たこともない。そして、もう1つの問題は…。
「さむっ!?おい、ひよこ大丈夫か!」
めちゃくちゃ寒い。俺が最後にいた村じゃ適温に近い温度であったし、長袖1枚で充分なくらいであったのにここじゃあ吐く息は白く、着ていた服だと寒すぎる。慌ててコートを羽織って服の首まであるところを少しだけ下げると、そこにひよこを入れた。
「ピィ…」
ひよこも寒かったのか、俺の体温で温まると気の抜ける声を出す。それをホッと一安心しながら周りを見回したその時だった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
突然、ビリビリと空気を揺らし耳を劈くような、地響きをも伴う何かの声が聞こえた。




