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敵か味方かもわからないその影が何十にも膨れ上がって俺達がいた方向へと走っていく。その足取りは急いでいるようにも見えて、俺が来たことがばれたのかと思いついた瞬間にぶわりと汗が噴き出した。いつばれた?
「おい!急げ!奴がきてる!」
「止めろ!ここを壊されちゃおしまいだ!」
が、俺の考えとは裏腹に聞こえてくる声は特定の誰かを示唆するもので、肩の力がふわりと抜けていく。焦りと混乱、少しの絶望が混じった声は色んなところから聞こえてきて、それを促すように聞こえてくる地響きに、走っていた奴の数名の足が止まる。
「急げ!あいつだってやりたくてやってるわけじゃない!」
「でも…」
「いいから!」
足が止まっていた奴らの足がもう一度動き出す。それでも動かない奴は今日制定的に他の奴らが手を引っ張るようにして連れて行った。
バタバタと足音が過ぎ去っていくのを待ち、実際のところは数分の出来事ではあったのだが、それが何十分も続いたかのように思えた。聞こえる足音は次第にその数を減らしていき、ついには連続して聞こえていた足音は途切れ途切れでしか聞こえなくなる。足音が少なくなるのにつれて、人影も当然のように数を減らしていった。
さて、ここで物陰から出て出口を探すか、ここでまだ隠れているかと選択する余地がでてくる。地響きもそうだが、言っていたことも気になってくるが…まぁ、俺には関係のないことだから少し罪悪感はあるものの放置が安定だろう。
リアンがいない今、俺が行ったところでなんの解決にもなりはしないんだからな。
申しわけないが、今この状況での最優先事項はここからの脱出であり、他所の手助けじゃない。優先順位をきちんと決めろと師も言っていた。
…だけども、まぁ、気になるのも事実なわけで。
見えた影は4足のものもいれば、2足のものもいた。明らかに人でないもの、動物とはまた違ったもの。予想が正しければ、全員召喚獣のはずだ。
最優先は一刻も早く脱出をし、ここがどこであるかを知ることなのは間違いない。それは分かっていることだ。それとはまた別に、これは道徳的で倫理的な問題だった。
召喚士である俺が、召喚獣をはたして見捨てても良いのかどうか。
道徳的に考えれば見捨てることに対してふざけるなとぶん殴られているところだろう。助けるということなら当たり前だともう一回ぶん殴られている。逆に自分の目的を最優先するのであれば、普通のことだと殴られるだろう。
…どのみち殴られそうなのは俺の師匠のせいだろうな、絶対そうだ。実際には殴られるわけがないからどっちだっていい。
さて、目の前の問題に戻ろう。道徳的な問題であって、ひよこしか見ていないこの空間じゃあ俺がどう行動したところで誰に何を言われるわけでもない。見捨てようが、俺がとやかく言われるわけでもない。
本当に俺の道徳心が試されている気がして無意識にため息が出た。こういうのは本当に精神的にくるからやめてほしい。
「ひよこ、どう思う?」
チラリと黄色の塊になっているひよこを見れば何の変化もない。関係ないってか、まじかお前。いや、関係ないんだけどさ。俺にだって本当なら関係のないことだ。
引き留めているのは相手が皆、召喚獣だという事実。あと俺の良心。
くだらないことだろうが、俺がここからただ逃げるのを阻止するのには充分すぎる内容だった。が、俺にできることなどほとんどない。ここにいる奴らが協力してくれれば話は別だが、今この空間で俺と契約してくれる召喚獣がいるとも限らない。
賭けに近いだろう。
絶対的な確信がないだけに動きづらかった。元々自分でも優柔不断なところがあるのは知っていたが、リアンがいないことが更にそれに拍車をかけている。おかげで判断をすることに迷いが出てこの有り様だ。
「…とりあえず、様子見で…」
うん、そうだ。少しだけ様子を見て陰から手助けできそうであれば助けよう。あれだけの地響きだったんだから少なくとも相手は大型か、大規模な魔法をかけられるとわかる。それと比べて小さなあの召喚獣達だったら象とアリみたいなものだ。解決したとしても怪我をするか、最悪死ぬことだってあるかもしれない。
だったら、少なくともその人数をできるだけ減らしたりすることくらいはできるだろう。まぁ…、そのためには手の中で黄色の塊と化しているこいつの力が不可欠なわけだが。
「協力してくれるか?」
「…ピ」
「いや、本当に頼むから」
「ピィ」
「いいのか?」
「ピ」
黄色の塊は、手のひらで独りでにコロコロ転がると器用に腕を伝って肩まで登ってくる。羽が生えて足が伸びると、俺の横を羽で差してピィ!と大きく鳴いた。
まぁ、協力してくれる意思があるといいう風に思っていいんだろう。大いに助かるので有りがたい限りである。
思わず緩んだ頬をきつく結ぶ。ここからは、頭と判断力の勝負だ。いつの間にか止めていた息をゆっくり吐きだして、力の入る自分の拳を解いていく。凝り固まる手首を回してゴキゴキと音が鳴れば自然と肩の力も抜けた。
「さぁ、行くぞ」
「ピィ!」




