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下は石ではあったものの、俺が歩いたところでは若干土が敷かれていたこともあって、鼻というか顔面に激痛が走り一瞬視界が真っ白にはなったものの、俺の鼻も顔面も無事であった。
痛いけどな、一応無事だけど痛いけどな。
手の中のひよこの動きは一切ない。俺が掴んでいたとしてもさっきのクチバシ攻撃を受けた身からすれば、掴まれたことに対してとんでもない動きで暴れると思っていたから少し意外に思えた。
じゃり、と土の音を聞きながら立ち上がると額と鼻がジンジン痛む。大丈夫だよな?俺の顔変形してたりしないよな?
「いてぇ…」
鼻をさすり、衝撃でちょっとだけ出た鼻水をすすりながら手の中を見れば黄色の塊はポカンと間抜けな面をして俺を見ていた。
しばらく、俺と手を交互に見比べると小さくピィ、と鳴く。なんだと返してもひよこはピィと鳴くだけで一切喋らなかった。
困った…、まさか喋れないとは思わなかった。言葉の表でもあるといいんだが、こんなところにあるはずもない。魂が見れるリアンがいればどうにか意思疎通もできそうだが、リアンもいない。
準備が足らなかったなぁと苦笑いしていれば、ひよこが手の中でじたばたといきなり暴れ始めてそこまで手に力を入れていなかった俺はあっさりひよこを離してしまう。
ひよこは地面に落ちるかと思いきや、スタッと綺麗に着地をするとジッと俺を見つめてその両羽を必死にパタパタさせた。
ばたつかせながら、ピィ!ピィ!と鳴くと俺の足にぐりぐり頭をこすりつける。
「????お、おい…」
突然の行動に驚きながらも混乱して、思わず止めに入るとひよこはピィピィとまた鳴き始めた。そのまま羽の先を綺麗に少しだけ丸めてクチバシを閉じて、まるで悔しがるようにんぐぐぐぐぐと上に伸びる。
…ん?これ、よく観察したらわかってこないか?
器用なそのひよこは小さなその体を丸めて伸びてを繰り返す。終わったら鳴く。悩んでいれば、ひよこも俺の意図を感じ取ったらしく、必死にそれを繰り返す。
薄暗い地下で、男がしゃがみ込んで1匹のひよこを真剣に見、そのひよこはといえば他から見たら不思議な動きを繰り返しながら鳴くというおかしな図が出来上がっているわけだが、そんなことはどうでもよくなるくらいには真剣だった。
「んー、助けてくれてありがとう?」
「ピィ!」
なんとなくで読み取ったことを言えば、ひよこは地面にクチバシを叩きつける。
あ、違いましたか、そうですか。
またもや考え込む俺にひよこは両羽をよこにすると、器用にはぁ、とため息を吐く。そのままピィと鳴いた。
…いや、今のは呆れただろ、今お前完全に呆れてただろ!それは分かるぞ!今のは分かったからな!馬鹿にしてやがるなこいつ!
「もう一回!もう一回やれ!次は絶対に当ててやるからな!」
「ピィ」
本当に?とでも言いたげなジト目で俺を見るそのひよこはもう一度両羽をばたつかせようと小さな羽を精一杯広げた瞬間、ずぅん…と鈍く地響きのような音がした。
地響きは音が止んだかと思いきやもう一度低く、ずぅん…と音が響く。その音と共に上からパラパラと砂が降ってきて、俺は慌ててひよこを手に救い上げた。砂が降ってきたと思ったのもつかの間、進行方向からばたばたとまばらな足音がこちらに向かってくるのがわかる。石造りの場所だけあって音がよく聞こえるのはありがたいが、隠れられそうな場所は…と、探したところで足音の方向の少し先、薄暗くて見にくいもののおおきな影になる物が散乱しているのが目に入った。
ここで、少し悩む。先に行ったら見つかるかもしれないが、隠れる場所は多少なりともある。逆に今ここで戻れば足音はこちらに向かっているのだから奴らの仲間に鉢合わせになる可能性がある。
よく考える暇もなく前者を選んだ。
足音は聞こえるもののまだ遠いと踏んだのだ。それに、隠れる場所が元来た道を戻ったとしてあるとは限らない。どちらにせよ賭けになるのは仕方のないことだが、それでも勝率が高い方を選ぶのは当たり前のことだ。
手に持っているひよこを握りつぶさないようにしながら急いで前方を目指す。息が切れてもお構いなしに走り続けていれば、目的地はすぐに見えてきた。
木材や石材の他にも何の用途で使われるのかさっぱりわからない機材のようなものもそこら中にたくさんある。なんの空間なのか考える暇は、前から明らかに大きくなってくる足音にかき消されていた。
とにかく隠れなきゃならない。
そう思った俺はコートを一度脱ぐと、そのまま丸め込んで黒いタートルネックの長袖1枚になって石材の陰に隠れた。青いコートはこの空間だと目立つ、俺は何がなんでも見つかりたくない。ならば脱ぐしかなかろうに。
幸い、陰になっているのもそうだが、薄暗いため俺の服は見事に石材と同化してくれる。ひよこの顔を見ると、不思議そうな目でピィ、と鳴くので口に人差し指を当ててシィーとすれば、ひよこはすぐに理解して丸まるとあの、最初に見た黄色の塊に変貌する。なるほど、あのときの形はこうしていたのか。
感心する暇もなく、やがてバタバタと聞こえる足音はついにすぐそこまで来ていた。耳を澄ませ、呼吸を落ち着かせて、そっと影からそいつらを見た時、目を見開いて絶句した。
そいつらの姿は、明らかに人とかけ離れていたのだ。




