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 …冷たい。寒気がしてぶるりと震えたのと同時に、自分の頬に何か暖かいものがぺたりとくっついていることに気付いた。

 視界は真っ暗。目を瞑っていたからそりゃあそうだと言いたくなるが、それでも今現在、俺は目を開けたくなかった。今目を開ければ多分、俺が嘆きたくなる光景が広がっていることに違いない。

 さっきまでいたファシーの店の心地よい体感温度とはかけ離れた寒い環境、リアンや殴りかかってきた男がいてうるさいくらいなはずなのに全くの無音、更に言えばどこからか匂ってくる腐敗物のような恐ろしい匂い。

 この時点で俺は目を開けないという現実逃避を続行させることに戸惑いはなかった。



 目を開けたくはない。が、匂ってくる腐敗物の匂いがそろそろ限界だ。限界を感じてうっすらと目を開ければ、そこに広がっていたのは何もない空間だった。

 ただひたすらに真っ黒な壁と床、それに小さな明かりが所々に付けられている。足で床を叩けば、コンコンと硬い音がした。石だ、と直感でわかる。

 頬にはあの黄色の塊が乗っていて、感じていた暖かいものはこれだったのかと感心した。いつもの定位置である肩にソッと乗せてきょろきょろと周りを見回しても特に何か物があるわけでもない。




 いや、待て。ここはどこだ。



 ツゥ、と背中に嫌な汗が伝う。一瞬で喉がカラカラに乾いて、どうするかと頭をフル回転させる羽目になった。


「飛ばされた…?」


 呟いてゾッとした。俺が自分で転移ができるわけもない。誰かが飛ばしたと考えるしかないだろう。やはり目を開くべきじゃなかった。受け入れたくない現実がいつも目の前には広がっているんだ。嘆くには充分すぎる環境である。


 さて、ここで考えるべきはここがどこかということだ。

 ここが召喚獣を殺している奴らの拠点だったら?いるかもわからないが、俺の存在を知っている奴らがいるとしたら?

 リアンがいない状態でどう戦う?どう逃げる?



 お世辞にも俺は強いなんて言えない。弱い俺がどう立ち回る?

 リアンが今どこにいるのか…召喚士には本来関係のないことだが、俺は別だ。大いに関係がある。


「まじでどこだここ…」


 明かりも心もとないが、ここの明かりは全て火を使った原始的なもので電灯なんていうものじゃない。電気を使えよ、時代遅れかとツッコミを入れたくなるが言ったところでどうしようもない。今は明かりがあることに感謝をしようと目を凝らした。



 目を凝らせば、なんてことはない。倒れていたのは普通の場所ではなかった。

 石畳に石の壁、窓なんて1つもありゃしない。地下室だと気付いたのはそう遅いことじゃなかった。

 しかも部屋じゃなくて…なんだ、なんかこう、空間が広がっているだけで部屋なのか廊下なのかすらもわからない。


 腐敗物の匂いはそこら中に蔓延していて、リアンがいないと匂いがどこから来てるのかもわからず、コートの袖で軽く鼻を覆うと向かって右手に歩き始めた。



「せめてさぁ、異世界に来たときくらいは勇者さんみたいにハーレムで敵なしで?天才で?才能があって?そういう人間になりたいわけだよ」


 誰が聞いてるのかもわからない空間で俺は愚痴のように喋り始める。独り言のそれは誰の返事もなく、だだっ広い空間に溶けていった。それすらもなんだか気に食わなくて、更に愚痴が溢れだす。


「味方依存の強さってなんなんだろうなぁ、そりゃあ仕方のないことだって思うけど俺が弱いからリアンが苦労することだってあるわけでさ。

味方を集めるところから始める時点で前準備が誰よりも必要なんだよ。今勇者が俺のところに来ました戦ってくださいっても無理な話だし」



「ピヨ」



「おぉ、わかってくれるか。しかも俺が来たのは1000年前で仲の良かった人間も召喚獣もみんないないんだよ。正直悲しいよな、俺だって人並みに感情あるんだから悲しいよ。でもそれと同時に実感がわかないのも確かなんだ。

あの俺の師匠が死んだんだぞ?殺しても死ななそうな人が死んだって言われたって実感涌かないだろ?俺の周りはそんな奴らばっかりだったし…って、は?」


 自分でも間抜けだと思う声が出た。

 返事をするような奴はいないはずだ。ここには俺しかいないし、というか返事がピヨ?ピヨって言ったか?

 すぐ近くで聞こえた気がするその声は聞き覚えがある。俺がファシーの店で殴らせそうになった時に聞いた声だ。


 返事は自分の肩からした。肩にはあの黄色の塊しか乗せた覚えがない。

 何か別の生き物が俺の肩に乗った?それはない、いくら俺でも別の何かが肩に乗れば嫌でも気付く。俺の肩がしゃべった?それもない、俺は人間である。

 つまり、喋っているのは…。


 恐る恐る自分の肩を見る。

 ゆっくりと視線を動かし、自分の肩に視線が動いたところで目に入ったのはいつもの通り黄色の塊だった。


「…は?」


 逆に怖い。声は自分の肩じゃないのか?おかしい、本気で頭がおかしくなりそうで思わず髪を手でくしゃりと掻いた時、何か髪ではない別の何かの感触が手に当たる。

 柔らかく、羽毛のようなその感触。思わず引っ掴んで目の前に持って来れば黄色の塊。すぐさま自分の肩も確認すれば同じものが自分の肩に乗っている。



 混乱していれば、手に持ったその黄色の塊はコロリとひとりでに転がり、2つの小さな羽が塊の脇から左右に生える。飛び出すように2足のオレンジ色の先に延びる小さな3つの爪、黒い小さな点が2つ、そのすぐ下にオレンジ色の小さなクチバシ。



「ひ…よこ?」



 その名前を口にすれば、ひよこはピィ!とファシーの店でも、さっきも聞いた声で鳴く。そして、数歩歩くと俺の手のひらの上に乗っていることにすぐに気づく。トン、と小さなクチバシで俺の手のひらを押すと少しくすぐったく思った。


 それもすぐに豹変する。ひよこはすぐに俺を見ると後ろへ顔を少し反らせる。



 ドスドスドスドスドスドス!



「いってえええええええええええ!」


 とんでもない勢いでクチバシを俺の手に叩き込むひよこを見る暇もなく絶叫した。小さなクチバシとあなどれない、勢いだけでかなりの威力が増しているらしく咄嗟にひよこを手放してしまう。


「あ、やべっ」


 ひよこが手から離れた瞬間に声が出て、もう一度手を伸ばした。伸ばした手は見事にひよこを掴む。が、無理をして伸ばした手のせいでズルリと足元が滑った。

 あ、これは…。思う暇もなく地面が迫る。




 俺が顔面からすっ転ぶのに、1秒もなかった。


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