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 うっすらと目を開ければ、目の前には胸を張って満足そうに頷いたファシーが立っていた。


 うんうん、と頷いてメジャーを持って俺の周りをちょろちょろと動き回ると、何かをぶつぶつ言いながら色んなところを測っていく。それも、数か所測れば納得ができたようで、手元のメモ帳に何かを書き込むと、その手を腰に置いて反対の手で親指を立てて見せる。


「うん、すごく似合ってる!いやぁ、私いい仕事したなぁ…。

鏡が見たかったらそこにあるから、リアンが終わるまでちょっと自分で確認にしてみてね!」


 鏡はあっち、と指差した方を見ればそこには俺がいいと言った服を丸々着た俺がいた。サイズも、重さも気にならない。完璧に俺に合わせて作られたものなのが分かるが、服を作る魔法なんて見たことがない。

 まぁ、そりゃ1000年あれば魔法も色んな方面に進化してくよなぁ…。それにしては俺でも知ってる魔法が多かった気もするけど、昔ながらのものも大切にされてることで納得しておこう。疑問に思っても今の世界じゃ答えてくれる奴がいない。



 ふと、手に違和感があるのに気づいて見てみれば頼んだ覚えのない黒の皮手袋が両手にはまっていた。

見覚えはない。外で見た時にもモデルの人形はつけていなかったはずだ。これじゃ殺人犯か、良くて暗殺者みたいな…、いや、どっちにしろあんまりいい印象にはならない。外してもらおうか、と手袋を半分くらいまで外そうとしたところで俺は一気に手袋を戻した。


 半分くらいまで外そうとしたときに見えたのは自分の手のひらだ。そうだ、血も出なければ痛みもない、不思議に傷だけがあるそこに全くもって外見以外は関係がない。




 けれど、問題は外見でもなんでもない。ただ、この傷がいつ怪我に変わるのかとそれだけが問題だ。


 10年前、ここを去った後に急激な変化なんてなかった。急激な変化がなかったから気付かなかったとも言える。

気付いたのは帰って高校生に戻り、ごく普通の生活を始めてしばらくした頃だった。



 料理中に包丁で指を切ってしまったことがある。

 最初はやってしまった、と思ったくらいだった。が、すぐに血が出ないことに思考が止まった。何かの勘違いだろう、綺麗に切れたものだからすぐに血が出ると考えて待っても、10分、20分と時間が虚しく過ぎるだけ。

 この時初めて俺は自分の異変に気付いた。

 何かがおかしいと気付いて、なにより不気味に思った。自分の身体に何が起きているのかすらわからない、それが目に見えているのもそうだったし、人と違っていることが明確に表れていることが更に頭を混乱させた。



 それから、この指の傷から血が出たのは2週間後。1週間は血が止まらなかったのも、また恐ろしかった。大きな怪我は死の危険があると言われているようで、そこから怪我をしないようにすることを第一に生きていた。今もそうなのは変わらない。


 そこだけならまだしも、変わっていたのはそこだけではなかった。

 緩やかに、誰にもわからない程度だった変化は年齢を重ねるにつれて顕著に表れていたのだ。まぁ、俺が会社を辞めて投資家になったのもそれが原因なわけだが。



 外見が変わらない。

 たったそれだけ、だがそれでも人から異様に思われることは避けられなかった。




 最初こそ若いですね、いつでも元気で羨ましいですね、などと言われたが20後半になるにつれてヒソヒソと言われるようになった。

 変化があるならまだいい、全くもって変化がなかったのが問題だったのだ。顔つきは幼く、卒業アルバムを見ても差はなかった。


 正直、ずっといることは最初から無理だと思ってはいたがそれでも多少なりとも良い会社には愛着が沸く。辞めることは必然と遅くなっていたが、それでも周りの人間の愛想笑いも落ち着かない様子も見るに堪えなかった。



 原因がもしあるのならば、俺が飛ばされたここにしかない。そう思って来てみれば…。


 ため息が出た。来てみればここは1000年後、召喚獣は殺されまわってる、こちらに来たら頼りにしようと思ってた人間はおろか召喚獣さえも残らず死んだ、勇者とかいうわけのわからない存在はいる。


 過労でハゲそうだ。



 手袋をはめた手を握ったりして確かめ、一つため息を吐けばガチャン!と大きな音と共に誰かが入ってくる。見れば、初老と言った外見だろうか?眉を寄せ、難しい顔をした少し小太りな男が店に入ってきた。


「…店の者は?」


「奥にいると思いますよ」



「…ふむ、やはりけしからんな」



 少し驚いたものの答えれば男は、近くの椅子にどかりと座ると腕を組み「全くこれだから…」と何かをブツブツと呟く。

 とんでもなく気まずいのでファシーさん早く帰って来てくれ…。

 怒っている人間がすぐ近くにいると自然と気まずさを感じ、空気が重くなると感じるのは俺だけでもないだろう。すぐ近くにいるのだから完成したばかりの服を楽しむこともなんだか気持ち的に憚られて、さっきまで考えていたことも相まって更に空気が重く感じた。



「お待たせしてごめんねー。今ちょうど終わったと…こ…」


 笑顔でひょっこり顔を出したファシーが今は救世主のように思えるが、その救世主の顔もすぐ近くにいる男の存在に気付くとだんだんと表情は険しくなっていく。最終的に額に手を置いて、俺がさっき吐いたため息にも劣らない深さでため息を吐いた。


「何の用です?先日のことなら売り上げを叩きつけたら黙ったでしょう?まだ何か言いたいことでもあるんですか?」


 その言葉を聞いた瞬間に、あきらかに男はムッとした表情に変わる。

 あぁ、これは確実にわかる。面倒くさいことになることがパッと見でもすぐに分かる。早めにリアン引き連れて逃げよう。


「だからなんだ!

服を魔法で作るなど前例のないふざけた真似をしおって!服というものは人が1つ1つ丁寧に作っているから心がこもっているんだ!貴様のような奴には何もわかっておらん!昔ながらの製法の良さというものを…」



 バン!と机をぶっ叩いた男の行動で、俺のリアンを連れて逃げようという行動は残念ながらおじゃんになった。更に、男は席を立つとファシーを指差しながら近づいていく。

 それにファシーは臆することもなく真正面から明らかに作り笑いだとわかる笑顔で応対した。


「私は私の得意な方法で、大好きな服作りをしているんです。なにもかにも昔に沿っていたら新しいものは生まれない。貴方が、正しさを証明したいなら売り上げを上げて見せろと言ったので私は貴方に売り上げを見せたんですよ。

その顔に叩きつけたのにもうお忘れですか?役所の人間というものはその程度の記憶力でなれるんですね、村の皆さんに言っておきますね」



 おぉ…煽りよる…。

 俺でもわかる分かりやすい煽りにも男はぶるぶると震えながら顔を真っ赤にさせて黙る。鼻の穴が開いて、目を見開き、まるで赤鬼だ。


 ここまで、誰も何も言わないでいれば男はいきなりぐりんとこちらを向いてドスドスと歩いてくると「おいお前!」と俺を指差す。

 そのまま近づいてきて、俺をジロリと睨むとニタァと嫌な笑みを浮かべる。


「お前も、昔の服のほうがいいと思うだろう?

昔の服はそりゃあ良かった。人が1枚ずつ丁寧に作り、さらに安価で着やすい。今じゃ一種のブランドものだ。いいと思わないか?」



「はぁ…確かに昔のものはいいものが多いですけど」


 そうだろうそうだろう、と力強く頷いた男はどうだ見たことかとファシーを嫌な笑顔で見るが、俺には関係のないことだ。


「けれど、ファシーの服もすごく気に入ってますよ。すごい技術ですよね、魔法で服を作るなんてよっぽど才能と発想がなきゃできない」


 正直、時代によって服なんて変わるものだ。変わる物をどうこう言う趣味はないし、そもそもファシーの技術自体がすごくて言うことも何もない。

 正直な俺の感想を言えば、男はギリッとこちらにもわかるくらいの音で歯ぎしりをしていた。荒い鼻息と共にふぅーふぅーと声が聞こえる。


 あ、これは俺が言葉の選択を間違った感じですね。



「この、若造が…馬鹿に…しおって…!」


 グッと胸倉を強くつかまれて引き寄せられる。視界いっぱいに男の顔が映って、あぁこれはダメなやつだなと他人事のように思えた。男が握りしめた手を後方に引く。あとは力いっぱいに前に出せば俺の顔面にジャストヒットするだろう。



 いや待て、なんで俺殴られそうになってるんだ。

 生きてきた中でこれ以上ないほどの理不尽を受けている気がする。未来の俺が見ても納得できない案件だ。意味がわからん、というかお前は役人じゃないのか、ここで俺を殴ったらやばいんじゃないのか。


「………っ!」


 あ、言いたいことあるのに胸倉掴まれてて言えない。

 チラリとリアンがとんでもない形相で近づいてくるのが見えたのと、男の拳が俺に飛んできたのは同時だった。

 ギュッと目を瞑ろうとしたその瞬間、大きな黄色が俺の視界を覆う。目を瞑った時、瞼の裏で何かがチカチカと光る。


 とても近くで小さな甲高い声が聞こえた。

 その声は確かにこう言ったのだ。




「ピヨ!」


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