42
どれだけ問答していたのかは知らないが、しばらくの間リアンとファシーは色々話し合っていた。内容は俺が聞いてもわからんだろうし、そもそも女同士の話に男が入るっていうのも野暮な話だ。
丁度、リアンとファシーが服を見るのに席を離れたのでそのまま座って2人を見送る。
楽しそうに話す2人の背中を見てなんだか懐かしい気持ちになるが…これはなんだったっけか、どこで見たんだったか。
考えて考えて、いつだったか、どんな時だったかは全く忘れてしまったが、それでも覚えていた。俺が見たその大きな背中を思い出して思わず笑顔になってしまう。
「あ、そうか…」
俺を召喚士に育ててくれた師とも呼べるあの人と買い物に行った時、いつも俺は話についていけなくて置いてけぼりにされたあの時か。
スパルタにもほどがある修行が連日続いた時に、たまに息抜きだと連れていかれたのが買い物だった。まぁ、それもそれである意味一種の修行なのかと思うほど辛いものではあったのは嫌でも覚えているが…。
なんせ絶対に持ち切らない量の食べ物、服、日用品を一気に買うのだから重さもそうだが、大きさが絶対に持ちきれないのだ。それを全部1人で持てと言うのだから理不尽極まりない。それすらも記憶の中では序の口なのだから、高校生の時点で俺は相当の我慢強さを鍛えられたのだろう。
絶対に感謝などしないが。
転移して初めての時、色々教えてもらえと紹介されたのがその人だった。
弱いままの俺を見るやいなや、ぶん殴って一言「死ね」と言うその人を師とするなんて当時の俺は考えもしなかったが、それでも今思えば…まぁ、言いたい気持ちが少しわかる気もする。俺があの人の考えに感化されたのもそうだが、当時の俺は甘ったれた野郎だったのだ。
いざこざは当然あった。そもそも俺とじゃ性格的にそんなに合うような人間じゃなかったのもそうだ。色々あったとも。
けど、なんとなく言葉を理解しようとしたときに弱いままでは理解することはできないのだろうと悟った。強い人間を理解するためには強くなって同じ土俵に上がるしかない。
死にもの狂いで修行して、弱点を埋め、どうにかして強くはなったものの結局、最後まで同じ土俵に上がれたのかどうかはわからなかった。わからないまま、全てが終わって俺は異世界と別れを果たしてしまった。
多分、理解しようと思っても無理なんだろうけどな。
10年経ったと思ってた世界は1000年経っていた。つまるところ、当時の俺を知る人間はおろか召喚獣でさえもみんな死んでしまったというわけだ。
俺が師と思っていた人の死ぬところなんてどうにも想像ができないどころか、例え集団で叩いたとしても恐らく返り討ちにしてしまい、理不尽だと叫びたくなるあの人も死んでしまったのだろう。想像ができなくても年月が経てば人間は死ぬのだから仕方のないことだ。
…それすらも克服してしまいそうなのは、偏見のようになってしまうからやめよう。
とにもかくにも俺の記憶の中には修行最中の記憶はべっとりとかさぶたのように張り付いていた。
それこそリアンとファシーの背中を見て思い出すくらいには忘れずにいて、10年も前だというのに鮮明に思い出すことができる。まるで思い出したくもないものばかりなのには目を瞑ろう、そのおかげで強くなったとは言い難いが扱えるようにはなったのだから。
「ご主人様!」
「あー、いたいた!終わったよ!」
嬉しそうに駆け寄ってくるリアンにファイルを1冊小脇に抱えて歩いてくるファシーを見て、現実世界に戻された。
「決まったか?」
聞けば、リアンは「はい」と元気よく返事をする。自分が気に入ったものがあったらしい。
ファシーはパラパラとファイルを見ながら近づいてくると、パタンと閉じてアハハと軽く笑った。紙を1枚取り出し、それにサラサラと書き込んでいくと俺にそれを渡してくる。
「いやぁ、私が思ってたのと随分イメージが違ってて時間がかかっちゃったよ。
それが決まったイメージ図ね、とりあえずリアンが確認してほしいみたいだから渡しておくけど…大丈夫そう?」
見れば少しフリルが付いているものの、後はスカートにポーチと普通のものだった。防具らしい防具は胸当てくらいだろうが、それでも特に不自然さはない。
そういうデザインだと言われれば納得してしまうだろう。
問題ない、と紙を返せばファシーはしっかりと頷きながら唇の横を小さく痙攣させる。
…多分、嬉しくて笑顔になりたいんだが、仕事上あんまりよろしくないと思っているんだろう。残念ながら全くもって隠せてないぞ。
少し吹き出して笑う俺に、ファシーはハッと気づくとキュッと口を結んで咳ばらいを一つ。さっきとはうって違って、凛々しくなる目の前の彼女にまた笑いそうになるが、これは気合いで我慢。
「じゃあ、作るから。ええと…座って寛ぐなり好きにしてて。すぐ終わるから」
冷や汗をだらだら流して言ったファシーは、すぐにクルリと背を向けて書いた服の紙の裏に猛然と何かを書き込んでいく。それを不思議そうに見ていたリアンだったが、それもすぐに飽きたのか俺の隣に座ると「楽しかったです」と一言呟いた。
「楽しかったなら、よかった」
楽しくないことなど誰も好き好んでやったりしない。楽しいことがあるならばなによりだ。まぁ、その楽しい体験をできたのもあの宿のおっさんのおかげなわけで…帰りに何か土産でも買っていこうかと考えた時、まぶしい光が俺の視界を覆う。思わず手を目に被せた時。
一瞬にして俺の視界は白く染まり、何も見えなくなった。




