39
「服が欲しいです」
翌日、そのリアンの一言で一日の一番最初の動きは始まったと思っていいだろう。
昨晩リアンと別れ、宿の主人に適当な話をつけてもう1部屋取ってもらったのだが、ここの宿の主人もタートの街の宿のおばちゃん同様いい人であった。おばちゃんもそうだったが、この世界で恰幅のいい人は善人説を是非とも推していきたい。
あと俺があの人たちを騙しているように見えるが、別に騙してはいない。あの黄色の塊のことだって大切なものが壊れてしまったから慌てて処置をしなければならなかったと説明している。ほんの少しだけ濁してるだけだから。嘘は言ってないから!
まだセーフ、いけるいける。
まぁ、そんなわけであまり派手な行動は慎んだ方がいいのだが、にしたって1日何もしないのも変に思われそうだし何より必用なものが多い。だからリアンの言葉で最初の行動が決まったのだ。とにかく一番最初に服、その後はバッグやらを買えばいい。
…召喚士でよかったと思える瞬間はこの装備の少なさだ。剣士なら剣が必要だし、戦士なら諸々と金がかかる。魔術師なら杖が絶対にいるしな。その点、召喚士はこれといって必要なものがない。なんとも便利な職業である。
「そういや、昨日俺のところにこいつがいたんだが」
リアンの部屋で今日の予定を立てるがてら、肩に乗せている黄色の塊を見せればリアンは首を傾げる。視線をベッドに向けるので俺も習えば、そこにも黄色の塊があった。
「…………」
「…………」
え、増えてる?
驚いてリアンも俺も固まったが、しばらくして顔を見合わせる。リアンの顔は本当に意味がわかっていないような顔だった。ポカンと口を開けたまま俺の顔を見て、手を震わせながらベッドの上にある黄色の塊を指差し、その後ゆっくり俺の肩の黄色の塊を指差す。
「…召喚士様、いったいどういうことでしょうか…」
いや、俺に聞かれても。
まぁ、考えることもなく大方こいつの能力だろう。それが分身なのか分裂なのか、それとも分散なのか、それは俺が知ることはできないことだが、この3つのうちのどれかには必ず当てはまる。実際、こいつがリアンの場所にいながら俺の元へ来たことが最大の証拠だ。どこまで増えるのか、それが問題だが。
「こいつが目を覚ましたら聞いたらいい。先に下行って店とか聞いて来るからリアンは忘れ物とかないかチェックしてから来てくれ」
「え、あっ、はい!」
リアンは、相変わらず不思議そうに黄色の塊を見つめているので部屋を出ることにした。慌てて返事をしたかと思えば、やはりまだチラチラとベッドの上が気になるようで視線を戻しては確認、戻しては確認の繰り返し。相当気になることは見ていてわかるが、俺には関係のないことだ。
「この辺で食える所と、服か何か買える場所ってありますか?あと飯が食える所も」
番台で、もう1泊分する追加料金を払いつつ鍵を渡せば、おっさんは白髪の混じる髪を手で掻いて「そうだなぁ」と呟く。脇汗見える白のYシャツが素敵だよおっさん。
「お前さんらは旅人かい?それとも旅行?」
「旅人。どっかいいとこあります?」
「旅人って…それにしちゃあ軽装だなぁ」
「だから欲しいんですよ」
俺の服装は、ジーパンにポロシャツ。確かにこれじゃあ軽装だよなぁ…と自分で苦笑いしてしまう。納得したのか、そうかそうか、と笑うおっさんは番台の下に引っ込むと俺からは見えなくなる。何かをごそごそと漁っているように見えてソーッと覗き込めば…うん、中は見てもわからないくらい物がごちゃごちゃしててよく見えなかった。
仕方なしにおっさんの捜索が終わるのを待っていれば、3分程経った頃におっさんが番台からひょっこり顔をだして嬉しそうに俺に紙を一枚手渡してくる。受け取って見てみれば、村の案内地図だった。
「これこれ!これよ、これが俺のいる村の地図だ。そんで、俺の宿がここ」
番台から身を乗り出し、俺の持っている地図に指を差しながらおっさんは説明を始める。ふむふむ、と聞いていればおっさんはいきなり赤ペンを取り出すと地図でいう、ここから少し先の建物と思しき場所に2つ丸を書き込んだ。
「こっちが服な、勇者とかも使ってるらしいから旅人にゃあ持って来いだ。そんで、こっちが俺のおすすめの飯屋。暇があるならいってみてくれ」
おっさんは地図の空白にペンを走らせると、ここがおすすめ!おすすめはでっかいステーキ!などと書き込んでいく。おっさんが楽しいなら何よりだ、と好きなようにさせると気を良くしたのか他にもここが身に着けるもので良いものが多い。と、ガンガン地図に丸を書きこんでいる。あっという間に各地が赤丸だらけになった。…どこがどこだかわからんな、これ。
「あ、兄ちゃんはどのくらいこの村にいるんだ?」
「多分、2日、3日程…おすすめの場所を回り切るまではいると思いますよ」
気付いたように言うおっさんに返せば、おっさんは嬉しそうにまた赤丸を追加する。
あぁ…また増えた…。
「ふむ、こんなもんか。店の名前とか書いてやるからちょっとそれ貸しとけ」
返事をする前に俺の手から地図を取ると、ご機嫌でおっさんは地図に書き込んでいく。ペンの色を黒に変えてペン先が細いものに変えてくれていることが唯一の救いだ。何もすることがなくて、退屈に思いながら待っていればパタパタと走ってくる1人が見えた。リアンだ。
「しょ…ご主人様!お待たせしました!」
「ん、もうちょい待って。今色々教えてもらってるから」
俺の隣で不思議そうな顔をするリアンに、おっさんを指差せばリアンは納得したように頷いて「あぁ!」と小さく声を上げる。その後すぐに書き込んでいる量が分かったらしく、少しげんなりとした顔をしたが、俺は悪くないので当然スルーだ。
「いくつ書き込んでいるんですか…」
「結構書き込んでたぞ。回る場所が多くなって助かる」
呆れたようにため息を吐くリアンに俺は笑いを噛みしめる。そんなに大きくない村で助かった、大きい街とか王国レベルだったら本気で回り切れなかっただろう。
まぁ、ここまで丁寧に教えてくれる人も中々いないから珍しい、本人が楽しんでいるのならなによりだがな。なにより、色々なものが必要な俺達には嬉しいサービスである。
「よし、できた!ほれ、旅人の兄ちゃん!これだ!」
「ありがとうございます」
おっさんは嬉しそうに俺に地図を渡す。受け取った地図は達筆な文字と赤丸で埋め尽くされていて、もう立派な観光地図に様変わりしていた。その場で斜め読みをしただけで相当の量が書きこまれているのがわかるくらいに詳細に書かれている。
嬉しくはあるけれど、なんかちょっと申しわけないような…いや、別に何かとは言わないけどさ。
地図を覗き込むリアンに見えやすいように地図の位置を変えてやれば、リアンは「おぉ!」と声を上げると楽しそうに目で文字を追う。リアンに地図を渡せば、喜々として地図を受け取り読んでいく。
「また何かわからないことがあるなら聞きなよ、兄ちゃん」
番台に肘をついてニカッと笑うおっさんに、俺はもう一度ありがとうございます、と頭を下げた。
…とりあえず、回り切れるか問題だな。まぁ、うん、できるだけ頑張ろう。これからが楽しみで、ほんの少し心が浮足立った。




