3
「あの」
「なんだ?」
話しかけてくる小さな召喚獣に言われて俺は返す。そうすれば恐る恐るといったようにその子は「僕を殺すんじゃないんですか?」と聞いてくる。その問いに思わずハァーと長い溜息をついた。
今のやつはこんな難しいこと考えながら生きてんのか?こいつらって子どもの頃はもっと能天気でアホみたいな感じだったと思ったんだが。
「お前美味しいの?それとも殺されるような何かでもした?それか娯楽みたいに人に殺されたいのか?そういう奴は俺あんまり好きじゃないんだけど」
隣にどさっと座ってその子を見れば「ち、違くて!」と必死に否定される。ぶんぶんと振った顔から涙が飛び散って、柄にもなく綺麗だななんて思った。というか、俺が意地悪いのか。
「助けてくれる人なんて初めてだったから…」
「そう、俺は殺されかけてる奴なんて初めて見たよ」
タバコに火をつけて一服すれば子供の召喚獣はしばらく黙ってしまう。それを見ているとなんとなく感じる既視感にうーん、と頭を悩ませた。その子供は体全体が銀色になっていて、あちこち体から出血しているとはいえ綺麗にすれば体毛はキラキラと日の光で照らし出されるだろうと思えた。かといって、今のこの暗さじゃ無理だろうけど。見た感じは犬?だろうか、少し大きな子犬みたいなやつだ。
タバコを吸いながらうんうん唸っていれば隣の子供がまたこちらを見ているのがわかる。つか視線をとんでもなく感じる。そんなに見るな恥ずかしいから。そんなことを思いながらもタバコは吸いきってしまって、ぽとりと灰が地面に落ちる。ポケットから携帯灰皿を出してその中に入れれば、やることもなくなった。
「おじちゃんは、なんで助けてくれたの?
僕みたいなのはみんな消えればいいって人間達は言うし、さっきみたいに理由がなくたって勇者に倒されるのがみんな当たり前なのに」
ポツポツ話すその子供は今にも泣きそうに涙を浮かべていて、まるで俺が悪いことをした気分だ。俺が原因じゃないとしても子供を泣かせる趣味はない。子どもを泣かせて楽しむとかどこの変態だ。俺は断固としてそんなことはしないからな。
さて、どうして助けたのか、と聞かれれば俺がこいつらが悪いことをする奴らじゃないことを知っているからだ。それは信頼とか期待ではなく確信して言えることである。こいつら召喚獣は基本的に人間と同等の知能を持っている。この異世界の人間には魔力があるのだが召喚獣も魔力を持っているのだ。魔力と知能は比例する。当然子供から大人になればこいつらは話をすることも可能なわけだ。
そして、肝心の話だが、召喚獣というのはその約100%といっていいくらい知能が高いものが多い。
知能が高ければ、犯罪をした後の自分のことをより鮮明に考えることができる。その行為によってもたらされる影響、周囲の自分への認識、それらを全て考える力があるのだ。
当然、考える力があればやる奴などいるわけがない。わざわざやらずとも野生で生きていくこいつらに犯罪行為は無駄であることだ。犯罪をやるのは馬鹿の役割だからな。
それよりも気になったのは倒されるのが当たり前、という話だ。倒されるのが当たり前なわけがない、召喚獣の地位は俺が10年前ここを去るとき上がっていたのは確実だったはずだ。それがどうして下がっている?何か要因があるとしか思えない。たった10年の間だ。人間側で話を聞くよりもこの子の仲間に聞いた方が何倍も手っ取り早い。そうと決まれば…。
「…なぁ、詳しく話がしたい。家に連れて行ってくれ」
頼む意味で顔を合わせれば、そいつは少しだけ不安そうな顔をして訝しむように俺の顔を覗き込む。しばらく、値踏みをするように俺の目を見続けたその子は小さなその口を開く。
「おじちゃん、悪い人じゃない?」
「あぁ、あと俺はおじちゃんじゃねぇ、お兄さんと呼べ」
あれ、なんで俺泣きそうになってんだろなぁ…。俺、そんなに年取ったかなぁ…。