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ギルドに戻ってくれば、朝とは大違いで中は大人数でにぎわっていた。
喧噪の中をすり抜けて受付で忙しそうに対応している女性に声をかけて、依頼の紙と探し出した財布を渡せば、彼女は驚いたようにそれを受け取ると感嘆するように息を吐いて別の書類にサラサラとペンを走らせた。
「すごいですね、拾ってきた時間的には多分最速ですよ。今日中には依頼者への連絡と確認をするので、明日以降であれば確認も済むはずです。合っていれば報酬をお支払いするのでまたお越しください」
「そうですか。じゃあ、明日の分の仕事だけもらって大丈夫ですか?」
それが終わったら来ます、と言えば女性はぽかんと口を開けた後にクスリと笑うと「色々、面白い人ですねぇ」と呟いたかと思うと薄い紙束を机に置いた。
「それ全部、後は自由なのでどれだけ受けても大丈夫ですよ」
にっこり笑う女性にはさほど興味もなく、俺はまた、一番上にある紙を1枚取るとこれで、と女性に依頼の紙を見せれば彼女はまた笑う。よく笑う人だ。
手際よく依頼書をまとめた彼女は「あとはお好きに」と、手をヒラヒラ振る。周りを見れば確かに酒を煽る奴も、談笑している奴も、いろんな奴がいた。好き勝手に飲んで食って喋っている。
なるほど、依頼をしなくてもこういう使い方があるのか。昼間から飲んだくれなのは少し気になるが、まぁ勇者と聞いたときからこんなもんだとは予想がついてたし…逆に情報が集まりやすいからいいことにしておこう。そういうことにしておかないと飲んだくれの相手なんて好んでしたいものじゃないしな…。
「あの…」
ふと、ため息を吐いてどこから話を聞こうかと辺りを見回した時、後ろから声をかけられて振り向けば朝に見た、あの疲れた顔の男の子がいた。茶髪に赤い目だったからわりと埋もれてしまいそうな見た目だったけれど疲れた顔と死んだ魚みたいな目はかなり特徴的だったからすぐに分かった。
…え、なんで俺話しかけられたの?新入りなんだから生意気にギルドに出入りしてんじゃねぇとか言われんの?めっさ怖いんだけど。こんな子もカツアゲとか親父狩りする時代になったのかなぁ…おじさん悲しいなぁ…俺おじさんじゃないけどさ。
「俺、お金とか金目のものとか持ってないけど大丈夫?」
冷や汗がだらだら流れる中で笑えば、彼は少しだけポカンとした顔になった後に何を言っているのかわからないのか首を傾げた直後にハッとした顔で、違います!と焦るように両手をぶんぶん振った。
あ、違うの?なら安心なんだけど。
「カツアゲとかじゃなくて、お兄さんはどうして勇者になったのかなって…」
もごもごと話す彼に今度は俺が首を傾げる。
いや、俺勇者じゃないんだけど…?
うーん、と悩んでどうしたものかと思う。多分、この言いぐさを見るにこのギルドのほとんどと言ってもいい人数が勇者なんだろう。まぁ、その情報は重宝します。ありがとう少年。
「いや、俺は勇者じゃないよ」
「…あの!よければ、あの、話をしませんか?」
あれ、これやっぱりカツアゲじゃね?
連れてこられた、というよりは近くのテーブル席に座られてしまったので俺も習って席に着くしかなくなったのだが…。目の前の男の子はお茶を2つ、グラスに注いで持ってくるらしいので、その間にとりあえずは、とリアンには他の勇者からの情報収集を頼んだ。但し、俺の目に入る範囲でやることとギルドから絶対に出ないこと、俺のためだと言ってくる輩がいた場合には俺の元へ戻ってくることを条件にだ。
ほら、色々あるかもしれないじゃん?色々怪しいじゃん?
「あの、僕シロっていいます。お兄さん、は…勇者になりたいって思ってますか?」
お茶を持ってきたシロは、椅子に座るとぺこりと頭を下げる。リアンのことも気がかりで時折ちらちらと見てしまうがなんかもう面倒くさい匂いがぷんぷんしている。もごもごと話すシロは、俯きながら話してくるせいで若干話しがし辛い。何をそんなにもごもごとするのかはわからなくて若干疑問に思うが、個性だと受け取っておこう。
それにしても勇者になりたいって思ってるって質問は色々勘ぐられそうなんだがいいのか?いいことにしておこう。
「いや?俺は俺で必要だったからこのギルドに来ただけ。別に勇者になりたいだとか思ってるわけじゃない。勇者になる必要はないから」
「守りたいとか、思わないんですか?」
即座に返される質問に苦笑いが出てしまう。守りたいもなにも俺は弱い。胸を張って言えることじゃないがこれだけは確かだ。その俺が守りたいとか抜かしたところでせいぜい後ろで応援するのが関の山なわけで、そんなの俺だって馬鹿なんじゃないかと思う。
「俺は、弱いからなぁ」
「弱いのに…ギルドに登録したんですか?」
とてつもなく失礼な言い方をされた気がする。シロはポカンと口を開けて驚いたように俺を見ていて、初めて俺を真正面から見てくれたな、とぼんやり思った。
驚くシロが、なんとなくわかる気がする。討伐関係の依頼しかほとんど出ないと言ってたし、ここはさしずめ力試しのギルドでもあるんだろう。
だから、俺が弱いと自覚することが珍しい。自分が強いと思ってなきゃ殺されるんだろう。
「そう。ダメか?」
ふるふる首を振るシロは「すいません」と頭を下げる。別に謝ることでもないと笑えばシロはホッと息をついてグラスに口をつけた。ごくん、と飲み込む音が聞こえて俺も一口お茶を口に含む。
「僕、小さい時に育ててくれるはずの親代わりの人がモンスターに襲われて…そのせいでその人が狂ってしまったんです。だからそういう人たちも守りたくて勇者に…なったんですけど…」
「けど?」
なんか、含みのある言い方だな、と思いながらも先を促せばシロは泣きそうな顔でグラスを持つ手が白く変色するほど握る。
「僕は、だんだん変だと思ったんです。いつも襲われるところを見た人はいなくて、狂った人がモンスターだ、奴らが来たんだと言うだけでした。それを鵜呑みにしていいのかどうか…彼らは狂っていて、言うこともめちゃくちゃで、何を話しても滅茶苦茶で誰も信じないのにその言葉だけは皆信じるんです」
狂う、ねぇ…。
ふーん、と相槌を打ちながら聞いていれば、シロが持っていたグラスがついに限界を超えて爽快な音と共に割れた。意外に怪力なんだね、と思う暇もなくシロは俺に詰め寄ってきた。
「おかしいと思いませんか!?」
「まぁまぁ、とりあえず座りなさいよ…」
わいわいと騒がしい声で周りの耳に届いていないとはいっても、このままじゃ人の目が痛いから、と座らせれば、シロは少し不満げにしながらもおとなしく座った。
「おかしい、おかしくないは俺にはわからん。そういう意見もあるんだな、としか言いようがない。俺はそもそも勇者でも、このギルドに討伐目的で来てるわけでもないしな。
そもそも、それを俺に聞いてもらって、お前自身はどうしたいんだ」
「わかりません…、王城で勤めるにもあそこは自分で考えて動くこともできない。でも、このまま勇者を続けていても情報は手に入らない…」
項垂れるシロに、俺はため息をついた。多分、俺1か月後くらいまでにケリをつけないとこのまま胃に穴あくわ…。




