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リアンが見たという店が目の前に来たとき、リアンが美味しそうだと言ったのが俺にもよくわかった。とても美味しそうな、いい匂いが俺の鼻にも届いてきたのだ。肉のジューシーな匂い、香辛料のような少しピリッとした匂い、油と共に何かがジュージューと焼ける音。思わずごくりと唾をのみ込んでしまう俺だったが、隣のリアンは涎を垂らす勢いで店を見つめている。
確かに美味しそうな店ではあるが、リアンをこのまま『待て』の状態にしておくと店にすら入れん、と判断し1歩踏み出せば、リアンの待てが解除されて一目散に店の中に駆け込んでいく後ろから俺も一緒に店に入っていく。
カランカラン、と扉についている鐘を鳴らして中に入れば店の中はごくごく普通の店だった。外から見えたレンガの作りの店は外見だけで、中は木造の温かみのある作り。店内もシンプルで木の机と椅子が立ち並び、カウンターからは多分厨房が見える作りだ。ランプが店内の細かいところを照らし、中心は大きな照明が店の全体を照らしていた。
「おや、見ないお客さんですね。ようこそ!」
店内から出てきた男は、俺達にそう言うとにっこり笑った。まだ、若いだろう。その男はコック帽に白いコックコート、サロンを掛けた服装で、一目でこの人が料理人だということがわかった。ずいぶんと人のいいことが見ただけでわかるくらいには悪意のカケラも見られない笑顔に俺も思わず笑顔になる。
「どうも、美味しそうな匂いが出ていて気になって来てしまったんですが、やってますか?」
正直に、その旨を話せば男はチラリと俺の隣を見るとプッと吹き出す。不思議に思ってその視線の先を見れば、涎を垂らさんばかりに男に視線を注いでいるリアンがいた。ギョッとしてリアンに声をかけようと思ったが、これはもうだめだ。俺の声なんて完全に聞こえないだろう。男に苦笑いをする俺に、男はクスクスと笑って「あぁ、すみません」と言う。
「随分とお腹が空いているようですね。開店まではあと10分ほどなので特別にサービスです。お腹が空いているお客さんを締め出すようなことはしませんよ」
話を挟む暇も与えずに、ちょっと待っててくださいねーと厨房に入っていく男を見送り、後に残されたのは俺とリアンだけだった。その場から動こうとしないリアンを引きずり、適当にテーブル席に座らせると俺も向かいに座って料理ができるのを素直に待つ。そうすれば、厨房の中からひょっこり女の子が顔を出した。真っ青な空色のショートカットの髪を揺らしてこちらをジッと見つめると、一旦奥に引っ込んですぐに駆け足で出てきた。手には丸いトレーを持ち、その上にはコップが2つ乗っている。それを俺たちのテーブルに置くと女の子はにっこりと笑って、「ゆっくりしていってくださいね」と笑った。
「私、ミーアって言います。お客さんはギルド関係で来たんですか?」
「今日登録しようと思って、近くの宿からこのお店を見つけてすごい美味しそうだったから寄ったんですよ」
そう言えば、ミーアはにっこり笑って「そうなんですね!」と嬉しそうに笑う。確かに自分の店が美味しそうだと言われたら嬉しいか。少し納得しつつ待っていれば、奥から男が出てくる。その両手には、1プレートの朝食が合わせて計2つ。
「初めてだろうから普通にしてみました。何か追加で食べたいものがあれば言ってください。喜んで作りますよ」
男はそう言って奥へ引っ込み、習う様にミーアも奥へ引っ込んでいく。それを見届けてから俺は改めてそのプレートを見て、感嘆した。輝く金色の卵は、半熟でトロリと生の部分が溶け出すスクランブルエッグで、パンは外はカリカリ、中はふわふわのフランスパンが3切れ、野菜は、みずみずしいレタスやきゅうり、ブロッコリーに細く切ったパプリカのような野菜が入ったグリーンサラダで、横に小さなミニトマトのようなものもある。メインは…ウインナーで合ってるのか?ウインナーに比較的近いがその色はどことなく灰色に近い。そのウインナーは茹でられ、スクランブルエッグの横で湯気をあげて大きく2本横たわっていた。
「美味しそうだな、リア…」
おいしそうだ、とリアンの方へ顔を向けた瞬間に俺の口が空いたままふさがらなくなる。リアンは、行儀もなにもあったもんじゃなくパンとウインナーに齧り付いていた。まぁ、うん…お腹空いてるらしかったので目を瞑ろう、と俺もスクランブルエッグを1口食べて動きが止まった。とんでもなく美味しいのだ。
ふわふわではあるが、半熟のおかげでとんでもなくなめらかで口の中で溶けていくように食べることができる。それと一緒にパンを食べると、ふわふわのパンにしっかり卵が絡みついて味がバラバラになることなく食べることができる。
そこまで来たらもう、止まらなかった。リアンのように速くは食べることはできないが、リアンと共に無言でひたすらプレートの中の飯を口に入れる。ウインナーも皮がパリッとしていてこれ以上ないほどの肉汁が口の中に流れ込んでくる。野菜もシャキシャキでかけられている透明なドレッシングは手作りなのかレモンの風味が効いていて食欲がガンガンに沸いてくる。そのままサラダをもぐもぐと口に含んでいた時だ。リアンが「おかわりください!」と叫んだのと同時にカランカラン、と鐘の音が響く。
「おはよう、やってるか?」
10代くらいの、鎧を着た男が2人の女を引き連れ店に入ってきた。ミーアは慌てて出てくると、「やってますよ。ご注文ですか?」と笑顔で応対する。それに男は2,3言交わすとミーアは頭を下げて今度はこちらに向かってくると、リアンの皿を手に持ち、お代わりですね!と笑顔で言い、奥へ引っ込んでいった。
その様をゆっくりとサラダを食いながら見ていたわけだが、こちらに気付いた鎧の男がこちらに歩いてくると、「よう」と軽く片手を挙げながら話しかけてきた。男は、まぁ月並みに言えばイケメンに入るだろう。それも相当な。まぁ、これじゃあ女はより取り見取りでしょうなぁと心で思いつつ返事を返す。
「…おはようございます」
形だけでも、とサラダを1回置き頭を下げれば、男はにっこり笑ってリアンを見る。その視線が、どうにも気持ち悪くて眉間に皺が寄りそうになるが相手の手前だとなんとか我慢する。どうにも、気持ちが悪いのだ、なんとなく値定めをされているような。
「よく食う女だな、君の恋人か?」
「…いいえ、彼女は仲間です」
その瞬間、男がニヤリとその綺麗な顔をゆがめたのを俺は見逃さなかった。あぁ、なんで朝からこんな面倒ごとに巻き込まれるんだ…。この後の予想ができてしまった俺は頭を抱えたくなる。男は、俺の予想を見事にそのまま再現するかのように口を開いた。
「なぁ、その女…俺と一緒に来ないか?」




