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「着いた…」
昼をとっくに過ぎた夕刻、『タートの街へようこそ!』と書かれたアーチ状の看板にほへぇ、と口を開けて見上げる。見た目は素朴な街で夕刻を過ぎたからか夕飯の買い物をする主婦や子供で溢れかえっていた。家は全てレンガ作りで石畳の道を子供が走り抜けていく。小さい子供が好きな俺としてはそれを見ていたいのだが、いかんせん目標がある。チラリとリアンを横目で見ればリアンはきょろきょろと辺りを見回して何かを見つけると顔をパッと明るくして俺の方へ勢いよく振り向いた。
「あ、宿がありますよ!行ってみましょう!」
「は?おいっ!」
いきなり走り出すリアンの後ろを慌てて追いかければ、目的だと思われる宿はすぐに見えた。看板には簡単に『宿泊』とだけ書かれていて人も多く入っている様子はない。あれならば当日にいきなり押しかけても部屋は空いているだろう。
まぁ、問題は俺の前を走るわんこ狼だ。村に着いたのはいい、宿を見つけたのもいい、けどこいつが俺を呼ぶ召喚士様と言うその呼び方が問題だ。1000年前とはわけが違う、召喚獣が敵とされる今のこの世界において召喚士はもう存在しないはずとなっているのだ。その中で俺が召喚士と呼ばれれば、もうそれは勇者含めた連中に敵がここにいると言っているようなものだ。
変装なりもできればいいんだが生憎俺にはそれをできるほどの技量も魔力もないんだ。苦肉の策として道中眼鏡をかけてみたがこれは…真面目にふざけてるんじゃないかと自分でも思う。だが、何もないこの状況ではこれくらいしかできることはないのだ。
「ここです!ここですよー!しょうk…モガガガガッ!」
「アホかお前ッ!」
危惧していたことを早速やらかそうとするリアンにダッシュで近づくとその口を慌てて抑える。もがいて抜け出そうとするリアンをとりあえず口を抑えたままきょろきょろと辺りを見回して家の裏手に続く路地にずるずると引っ張っていくと、その形のいい頭に思い切りチョップをかました。
「この時代、召喚士なんて俺しかいないんだぞ!?大声で「召喚士様」なんて読んだら勇者どころか一般人にもバレて面倒くさいことになんだろうが!」
「で、では…ご主人様と…」
「あ、そこ俺の名前聞くとかじゃないのね」
頭を押さえながら顔を上げ、提案をするリアンにがっくり項垂れてしまう。いや、まぁいいんだけどさ…色々周りが俺のことを見る眼が変わるってか変わりそうってか…俺の趣味を疑われそうってか…。名前聞けよまじでお前…。
「契約を結んだ以上、主人に変わりはありませんから!これからはそうお呼びしますね!」
にっこり笑ったリアンに俺は何も言えなくなる。だってお前、こんな明るいいい笑顔で言われたら何も言えねぇよ…。苦笑いも出ない俺に返事を待つリアンがこちらをじっと見てくる。それにうっ、と息が詰まってため息を吐いた。
「好きにしてくれ…」
ぐしゃぐしゃっとリアンの頭を撫でれば、リアンは「はい!」と元気よく返事をする。スキップをしながら宿に入っていくリアンを見て、俺はもう一度大きなため息をついた。どうすっかな…。
宿の中に入れば、「いらっしゃい」と気のいい笑顔を向けながらなにやら忙しそうに仕事をこなす、いわゆるおばちゃんと呼ぶべき女性が番台のようなところに座っていた。書類という書類を捌きながら、なおこちらを気に掛けるその姿に感嘆していれば、リアンがひょっこりと番台へ顔を出し。「宿泊ですー!」と声を張り上げた。その声に反応したおばちゃんは、部屋は2つちょうど空いてるよと宿帳を差し出す。
「ラッキーだったねぇ、ちょうどラスト2つだったんだ。今日はあんた達で満室さ」
サラサラと宿帳に書き込んでいるリアンを見ながらおばちゃんは満足そうに微笑む。俺も宿帳に書き込んでおばちゃんに渡せば、おばちゃんはそれを見てにっこり笑うと部屋の鍵を2つよこした。木製のキープレートのついた少し古いが決して汚くない鍵だ。2人分の料金は前払いらしく、値段を聞いたが正直疑うレベルで安かった。本当に大丈夫なんだろうな?と呆れるほど確認しても、おばちゃんは「タートの街で大金持ってる奴の方が少ないよ、ここは物価も全部安いんだ」と何度も笑い飛ばした。
料金も全て払い終わり、ひとまずは作戦会議だとリアンが張り切るので俺の部屋で集合することになり、休憩がしたかった俺はもはや苦笑いしかでてこない。いや、作戦会議は大事だしそれは早めにやることに越したことはないんだが…なんというか、こう、休憩したいなっていう思いがね…?やる気満々のリアンの前で言うのは申しわけないんだけどね?
「では!ご主人様、明日へ向けて会議をいたしましょう!」
ドンッ!と床に持っていた荷物を落としたリアンはにっこにこの笑顔でこちらに向けて笑ってくる。とりあえずは、と椅子を持ってきてそこへどかっと座り込むと、リアンにもベッドへ腰かけるようにと指示した。多分こいつは座れと言われるまで立ってるだろうしな。
「さて、俺は明日中には一度ギルドに行きたい。そこで情報収集と金稼ぎで働くつもりだ。リアンは個人でギルドに登録をしてもいいが、あそこは勇者の巣窟だからな、できれば2人一緒に行動したほうがいいと思ってるんだがどうだ?」
俺の提案に、リアンは少し考えるように黙ると「そうですね」と呟く。いつもの笑顔は消え失せ真剣そのもののリアンはふと、顔をあげると
「私も2人一緒の行動の方がいいかと。個人の方が情報は集まりやすいけれど何かが起こったときに対処ができません。まぁ、せめて一緒の行動ができるように手配してもらえれば問題はないかと思われます。私の人間時の姿を知っている人間はいないでしょうし、召喚獣を討伐できる勇者自体、勇者のごく一部…1%にも満たない奴らです。問題はありません」
は?と声を上げた俺にリアンは「言ってませんでしたっけ?」と目を丸くする。召喚獣を討伐できる勇者がそんなに少ないなんて情報は1ミリも聞いてないぞ。
「えと、とりあえず説明するとですね。私たち召喚獣は確かに貴方と契約を結ばない限り魔力を思う様に使うことはできませんが、それは逆を返せば使えるということです。私の場合はほとんどを生命力や周りの環境除去に使っていましたが、蛇婆のように幻覚を見せたりする軽いものであれば私達召喚獣だけでもできます。契約は、おそらくその魔力を倍増させ、より強力なものへと変えるものであると私は思っています。
元々が強力な私達であるわけですから、当然勇者側も強くなくてはいけません。ですが、私たちは魔力が少ないとは言えど人間には負けませんし、そもそも勇者側にはある程度鍛えた時の限界があります。その限界を超えたものが私たちを討伐するほどの力を持つ。ですので、私たちを完全に討伐するのは恐らく、1000年や2000年では不可能です」
言い切るリアンにどこか納得した。そりゃあほいほい強い勇者が出てきてしまったらこいつらが1000年生き延びてきたのが不思議だ。
ふぅ、と息を吐けばリアンは備え付けのポットで茶を沸かし、俺に渡す。一口飲めばなんとなく気分が晴れた気で、思わず笑みがこぼれた。リアン、お前いい嫁になるよ。
「さて、召喚士様。作戦はこれからでございます」
リアンの真黒な笑顔を俺は見なかったことにしたいんだが、できますかね?




