18.5
「召喚士たちは寝ましたよ、大婆様」
テントのような作りの中に一人の青年が入ってきたのを白髪の老婆は振り向かずにそうか、とだけ言うと。書いていた書類から顔をあげた。老婆の眼はここではないどこか遠くを見ているようで、青年は声をかけようとして言葉に詰まる。カタン、と席を立つ老婆に青年は俯いたまま、「あの、」と声をかけた。
「大婆様、あの…あの召喚士は妙です。おかしい。どこか変だ。ちぐはぐな部分が多すぎる。確かに貴方の言った通り優しい人です、それは魂を見ればわかる。けど、その魂がまるでちぐはぐだ。人だけど人じゃない」
青年の主張に大婆と呼ばれた老婆はゆっくり青年の方へ振り向くと、「そうさなぁ…」と呟く。青年の家族が勇者と呼ばれる人間に殺されたのを老婆は知っていた。青年が、人間自体を嫌っていることも知っていた。殺されぬように人間に化けなさい、と命じた時もこの青年だけは嫌がった。
『僕は、人間に混ざる気も人間に媚びを売る気もない!奴ら全員殺してやるんだ!人間に化けるなんて御免だ!!』
そう、暴れていたのをなんとか説き伏せ、人の姿をとらせた。だから、老婆は自分の知っている事実を話すことが誰かの得となるだろうか、と悩んでいた。あの召喚士は恐らく原因を知りたがっている、知識を欲している。ヒントだけでもつかみ取ろうと模索している。
「かわいそうなお人だ、本当に」
老婆の言葉に青年はため息をつく。老婆は見えているものが多すぎるが故にこうして1人で悩むことが多かった。何を話すかを常に考え最善の行動が取れるよう指揮を執り続けた。こうして自分たちの住処が誰にもバレず平穏で暮らせているのも老婆の眼があってのことだと青年は知っている。だから、だと思っている。話してくれないのは。余計な心配をかけさせまいと老婆が必死になって自分の考えを隠すのは。
今の言葉だってそうだ。もう、老婆は全てわかっていた。いや、青年が自分で思っているだけで全てではないのかもしれない。けれど老婆は確実に何か重要なことをその眼で『見てしまった』ことに変わりはなかった。
「なぁ、大婆様。教えてくれよ。何が見えたんだ」
せめて、老婆の心が休まるようにと思ってかけた声だった。その声に老婆は少しだけ口を閉ざして、開く。老婆は、青年にしか聞こえない声で、その顔に憐みの表情を浮かべてただ一言を口にした。
「この世界に異変をもたらしたのは、あの人だよ」




