狩るものと狩られるもの(赤ずきんヒズキ視点)
本当に狼は単純でバカだ。すべて計算のうえだというのに。
私は町への帰路、堪えきれずにほくそ笑んだ。
最近『赤ずきん』は町で迫害されつつある。
理由は『狼が弱体化して利用価値がなくなった』から。
狼を狩る立場から、今度は狩られる立場になるなんて、あまりの皮肉に涙が出る。
だけど、私はむざむざ狩られる立場になる気はない。
ようは『赤ずきん』にまだ利用価値があると思わせればいいわけだ。
そこで一計を案じた私は、ある作戦を決行することにした。
それは、単純でバカな狼を騙し、町へ行くように仕向けて、ある程度町中を走り回らせた後、みんなの見ている前で『赤ずきん』が見事に狼を仕留めてみせるというもの。
そのためには、しばらくここに通って、あのロルとかいう狼と仲良くなる必要がある。
面倒だが、絶対にやり遂げてみせる。
なんせ、私の未来がかかってるんだから。
それから数日後。
私はあのロルとかいう狼に意外と手こずっていた。
初日にあっさりとドアを開けたからチョロいと思ったのに、それ以降は絶対にドアを開けようとしない。
今までこいつに掛けた時間が勿体ないけど、そろそろ別の狼を探したほうがいいかも。
でも、別の狼の居場所を探すのも骨が折れるしなあ。
そして、今日もドアが開かないまま、私は帰路についた。
それからさらに数日が経ち、もはや日課となった狼ロルの家へ通う道すがら、私はふと思った。
『赤ずきん』との戦いに敗れ、こんな森の奥深くに身を隠して、孤独に生きていくしかない狼。
それは他人事ではなく、明日は我が身かもしれないんだ。
「ねえ、ロルさん」
私はいつものようにドアの前に座り込み、返事がないことを知りながら、閉ざされたドアに向かって話し掛けた。
「こんな森の奥深くで、たった一人で暮らしてて、寂しくないんですか?」
返事はない。
だけど、ドアの向こうに気配はある。
「私なら無理です。こんな森の奥深くで一人きりで生きていくなんて、私にはできません。きっと寂しくて、死んでしまいます」
遠くない自分の未来を想像して、涙がこみ上げる。
こんな森の奥深くで、誰にも知られないように、誰にも会わないように、ひっそりと孤独に生きていくなんて、私には耐えられない。
「もし、私が今の狼のように狩られる立場になって町を追われたら、その時は一緒に暮らしてもらえますか?」
自然と零れた言葉は自分にとっても意外で、私は動揺を隠せないままロルに別れを告げると、逃げるようにその場をあとにした。
その日を境に、私はロルの家へ通うのをやめた。
このままでいいのか、今までの時間を無駄にするのかと葛藤はあったが、どうしても足がロルの家へ向かなかったのだ。
「さようなら、ロルさん。今までごめんなさい」
ロルの家がある森の入口で、私は誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
それで終わったと、思っていた。
それから数日後、狼が襲ってきたと町中がパニックになるまでは――。
まさかと思いながら、私は猟銃を抱えて町に侵入してきた狼の姿を探す。
ロルさんのわけがない。
でも、だったら誰?
グルグルと頭の中で答えのない問いが回り続ける。
もしロルさんだとしたら、どこに向かっているの?
私、何をロルさんに話したっけ?
必死で頭を働かせ、連日の一方的な会話を思い出す。
その時、近くで銃声が鳴り響いた。
まさかロルさんが?
一瞬青ざめたが、すぐに「逃げたぞ」「追え」と怒声が聞こえてきて、ホッと息を吐いた。
でも、このままじゃ、私が見つけるよりも先に誰かが見つけて殺してしまうかもしれない。
どうすれば、他の人よりも先に狼を見つけることができる?
そして私は、ある賭けにでることにした。
みんな狼の出現に気を取られていて、それを行うことは容易だった。
私は家畜の山羊をナイフで刺し殺し、死骸をめちゃくちゃに切り刻んだ。
ナイフを振り下ろすたび、私の身体は鮮血で赤く染まっていく。
そして全身に十分血を浴びると、私は急いで西通りに向かった。
ロルとの会話で町について話したのは、私の家が西通りにあるということだけだと思い出したからだ。
人目につかないように注意して西通りについた私は、物陰に身を潜めた。
狼は鼻が利く。
近くまで来たら、私が全身に浴びた山羊の血に反応するはずだ。
血の匂いにひかれるのは狼の本能なのだから。
息を殺して潜んでいると、息遣いの荒い何者かが、私の隠れているすぐ近くに駆け込んできた。
荒い呼吸を整えようと、何度も息を吸ったり吐いたりしている。
私は意を決すると、猟銃を構えてその人物のもとへと、ゆっくり近付いて行った。
「ロルさん」
背後からいきなり声を掛けられて驚いたのか、ロルの身体がビクッとする。
しかし、すぐに声を掛けたのが私だとわかったらしく、ロルが振り返りながら私の名を呼んだ。
「ヒズキ!」
しかし次の瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
目の前の光景が信じられないとでもいうように何度もまばたきをしたあと、乾いた声がかすかに漏れる。
「ヒズキ……。その血」
「ああ。これですか?」
私の思惑を悟らせないように、感情のない声で淡々と説明する。
「これは家畜の――山羊の血ですよ。貴方に殺された、ね」
「ヒズキ? 何を言って……」
「すみません。私、貴方に嘘を言ってました。本当は私、見習いじゃないんです。本物の『赤ずきん』なんです」
そう言うと、驚きでロルの目が大きく見開かれた。
「現在『赤ずきん』は危機に瀕しているんです。脅威であるはずの狼が弱体化したいま『赤ずきん』が存在する意味があるのかと。――わかりますか? 今度は『赤ずきん』が狩る立場から狩られる立場へと変わろうとしているんです。だから『赤ずきん』達は……私は、どうしても必要だったんです。人里を襲い、家畜を喰らい、人間さえも襲いかねない恐ろしい『狼』が。――わかりますか? 私の気持ちが!」
泣いちゃ駄目だと思っていたのに、それでも涙がこみ上げてくる。
「やっぱり、狼は単純でバカなんですね。こんな所まで、わざわざやってくるなんて。……本当にバカ」
涙を振り切るように、私は銃口をロルへと向けた。
「さようなら。単純でバカで、寂しがり屋の狼さん」
次の瞬間、銃声が辺り一面に鳴り響いた。




