第8話
結祈の部屋でポルターガイスト現象が起こるのは、いつも大体深夜〇時前後のことだ。結祈が、リビングで寝始めてからも、この部屋からは零時くらいになるとごとごとと音がする。
現時刻は、一一時四五分。そろそろポルターガイストが起こるかもしれない時刻だ。
俺は、須世理琴音と結祈の部屋にいた。須世理はベッドに腰掛け、俺は床に散らばった衣類やら本やらを退けて、胡坐を掻いている。
「で、ポルターガイストの原因って何なんだ?」
俺は須世理を仰ぎ見ながら、そう訊いた。どうやら、須世理はこの不可思議現象の原因が分かったらしいのだ。そして今からそれを説明するらしく、俺をここへ呼んだとのこと。
「まあ、そう焦らないで。まずは、実際にポルターガイスト現象を見てみましょう」
そう言って、須世理は自身のスマートフォンで時間を確認した。
「にしても、なんで結祈を呼ばないんだ? この原因を一番知りたいのは、結祈の方だ」
「でも、この依頼はあなたから受けたものよ。あなたには、最初に知る権利がある」
そういうものなのだろうか。
「心配しなくても、後でちゃんと結祈ちゃんにも報せるわよ」
「当たり前だ」
そうでなくては困る。早く、妹の結祈を安心させてやりたいのだ。
須世理は再びスマフォで時間を確認し、口を開く。
「ポルターガイストは零時前後に起こるのだったわね?」
「ああ」
「そう。なら、そろそろかもしれないわ」
その言い振りだと、もう少しで〇時になるのだろう。
――と、直後、矢庭に。ごとごと、という音がした。結祈の言っていた、あの音だ。ポルターガイストが起こるときに聞こえる音。
見回してみると、本棚が揺れ、箪笥が揺れている。箪笥に至っては、その引き出しが開いたり閉じたりしていた。それらの音は、表現するならまさしく『ごとごと』だ。初めは地震かと思った。でも、地面は揺れていない。揺れているのは本棚と箪笥だけだ。
「始まったわね」
目の前の不可思議現象に驚いている俺を尻目に、須世理が落ち着いた声音で言った。
「杵築くん。ベッドの上に来ておいた方がいいわよ」
言われて、俺は「お、おう」とおどおどしく頷き、ベッドに乗る。俺がベッドに乗ったその直後、騒々しい音は増幅する。
ごとごとごとごと――っ!! と。本棚と箪笥は、倒れないのが不思議なくらいに大きく揺れる。床に散らばっていた衣類や本は、どういうわけか宙に浮き、上下左右斜めあっちこっちに飛び回る。その中には壁にぶち当たり、どん! と音を立てるものもあった。
びちぃばちぃ! と。電気が点いたり消えたりもする。そして、一本のペンが宙に浮いているのが見えた。宙に浮いたペンは、凄まじい速さで壁や窓にあの林檎の絵を描き殴る。雑然と、丸を描いて、ぴょんとヘタを描いていく。風景が、俺の見ているその風景が俺の目の前で目まぐるしく変化していった。
宙に浮いたペンは、林檎の絵を一〇ほど書いたところで、無造作に床に落ちた。それが合図だったのか。他のポルターガイストもピタリと止まる。本棚や箪笥は揺れることをやめ、衣類や本も飛び回ることをやめていた。
実のところ、俺はポルターガイスト現象を見るのはこれが始めてだ。正直に言って、怖かった。誰の手も加えられず、物が揺れたり、飛び回ったりすることは、本当に俺に恐怖を抱かせた。そこにはいない誰かがそこにいるということはとても怖い。今知った。他人の体験談を見聞きするだけなら、楽しい。でも、実際に体験するとなると……怖い。怖いとしか言えない。
俺は恐怖心で身体を震わせる。
「杵築くん。いい加減、私の肩を力いっぱい掴むのはやめてくれる? 痛いんだけど?」
と、須世理の声がして、ふと俺は我に返る。知らないうちに、俺は須世理の肩を思いっ切り掴んでいたらしい。
「あ、わ、悪い」
俺はゆっくりと須世理の肩から自分の手を退けた。須世理は「別にいいわ」と一言。気に留めていないらしくて安心した。
須世理はベッドから降りる。
「杵築くんは、ポルターガイストを見るのは初めて?」
「あ、ああ。つーか、こういうオカルト現象自体見るのは初めてだ」
「そう。なら怖がっても仕方ないか」
言いながら、須世理はまた新たに書かれた林檎の絵へ向かう。そして、それを見つめる。グイッと、首を九〇度近い角度に傾いで、見つめる。俺はその姿勢を不審に思い、訊く。
「何してる?」
俺がそう訊いたのを無視して、須世理は――
「――なるほど。やっぱりね」
と、呟いた。
「だから、何してる?」
もう一度訊く。すると、須世理は黒く輝く美しい瞳でこちらを見て、言った。
「今から、このポルターガイストの原因を説明するわ」