第6話
さて、そろそろ須世理も風呂を上がった頃合いだろう。
そう思い、俺は風呂に入ろうと浴場へ向かった。何の気なしに、いつものように浴場の扉をガチャリと開ける。ぶわっと、湯気が立ち込め、暖かい風が包み込むようにして顔全体に触れた。そして、目の前には女の子――って!? え? 女の子っ!?
「……ぇ」
「……ひっ!」
俺は開いた口が塞がらない。相手も、開いた口が塞がらない。
俺の目の前には、風呂上り、下着を付けた状態の――須世理琴音がいた。なんだよ、まだ風呂入ってたのかよ!? ……まあでも、正直、下着姿でよかったと思いました。これが全裸だったら大事だ。――って、今はそういうことは問題ではない!
「あ、いや、こ、これは……っ」
弁明する時間があるのなら、さっさと扉を閉めて逃げればよかったと思った。でも、もう遅い。
目の前の須世理は、風呂上りで桃色に染まった頬をさらに真っ赤にして――次に、怒りの形相でこちらを睨みつける。そのとき、俺の背筋にはぞぞっと悪寒が走った。刹那、須世理は洗面台に置いてあった父親が三日でやめたと言っていた育毛剤の容器を持って――
「最っ低!」
――それを投げつける! それは一直線に、俺の方へ向かい――
「ぎゃん!?」
――俺の額にジャストミートっ!! 俺は後ろによろけて、尻餅をついた。須世理は鋭い視線で俺を見下し、バン! と、荒々しく浴場の扉を閉めた。
騒ぎを聞きつけた結祈がやって来る。廊下で尻餅をついて額を押さえている俺と床に転がっている育毛剤の容器を見て、結祈はすべてを察したのか、こちらに寄ってきて、俺を見下ろしたままこう言った。
「ばーか」
*****
須世理がちゃんと風呂を上がったのを確認して、俺は浴場へ赴いた。
脱衣をしているとき、俺はふと洗面台の鏡が目に入る。鏡は、湯気により曇っていた。その曇った鏡には――
「ん?」
――文字が書かれていた。たぶん前に入っていた須世理が書いたものだろう。鏡の曇りは取れかかっていて、文字も消えそうだった。でも、その文字がなんなのかはかつがつ分かった。
一文字だ。そして、アルファベットだ。
「Q?」
そこに書かれていたのは、アルファベットの『Q』だった。
これは何だ? 須世理が、俺に何かしらの問題を提議しているのだろうか。いや、問題を提議するなら、問題文も書いてくれよ。それとも、後で俺に質問したいことがあるという意味なのか? それなら、口で言えよ。わざわざ、鏡に書いて伝えようとしなくてもいいじゃん。
「何なんだ?」
俺は、『Q』というQuestionを気にしながら、とりあえず風呂に入って、今日一日の疲れを落とすことにした。