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オカルト探偵・須世理琴音の不可思議事件覚帖  作者: 硯見詩紀
第一章 Qが意味するクエスチョン
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第5話

 そして、俺は初対面の女子を家に泊まらせることにした。


「ただいまー」


 言って、玄関を開ける。リビングの方から、「おかえりー」とエプロン姿の結祈が迎え入れにやって来た。


「お邪魔します」


 と、須世理は言って、頭を下げた。


「いえいえ、お構いなく。話は、兄から聞いてまーす。あたしの部屋にいるよからぬものを追っ払ってくれんですよねー?」


「ええ。まあ、そんなところね」


「ほんと、よろしくお願いします」


「はい、善処します」


 二人のそんなやり取りを傍目に、俺はそそくさと靴を脱いで家へ上がる。キャリーバッグは、廊下の脇にでも置いておこう。リビングからはカレーの匂いがする。もう晩飯は用意できているようだった。


「ささ、琴音さん。どうぞお上がり下さい。ご飯はできてます。……お兄ちゃん! ご飯の用意しといてねっ!?」


 背後から、妹の指示が飛んできた。


「りょーかい」


 俺はそれに気怠く答えた。



 ******



 食後、須世理は早速結祈の部屋が見たいと言い出す。


 結祈は食器を洗うので手が離せないらしく、俺と須世理で結祈の部屋を見に行った。


「ここが、結祈の部屋だ」


 言って、俺は扉を開けてやる。


 部屋の中は汚かった。これには理由がある。最初のうちは、荒らされてもまた片付けていたのだが、片付けても片付けても荒らされるので、最終的には放置することにしたのだ。そのため、現在妹はリビングで寝ている。


「これは……」


「片付けても結局荒らされるから、片付けずにいるんだ。悪いな、汚くて」


「いえ、それは別にいいのだけど……これは、酷いわね」


「ああ。まあな」


 床には衣類や本が散在し、壁や姿見には落書きがされまくっている。誰がどう見ても「酷い」としか言えない風景だろう。


「で、どうだ。何か、感じるのか?」


「別に、私は霊感があるわけではないのだけど」


「そうなのか?」


 俺は、てっきり霊感的なものを持っているのかと思っていたが。


「まあ、知り合いに何人かそう言う人はいるけど、私は全然そんな力持っていないわ」


「じゃあ、どうやって、これを調査するんだ?」


「そんなの、こうやって手探りで手掛かりを探すのよ」


 言いながら、須世理は壁の落書きに注目する。


「ねえ。あなたはこれ、何に見える?」


 と、矢庭に質問された。俺は須世理の傍まで行き、彼女の見ている落書きを見る。その落書きは、ほんとに落書きでなんの意味のないように見える。表現するならば、『〇』の上部に『/』が浅く刺さっていると言えばいいだろうか。文字と言うよりは絵に近いかもしれない。もしかしたら、絵文字かもしれない。何だろう? これは。


「何だ?」


 俺がそう問うと、須世理は答える。


「私には、林檎に見えるわ」


 ……林檎。言われてみれば、そう見える。『〇』の部分が果実で、『/』の部分がヘタだな。


「ポルターガイストって聞いたとき、私はグレムリンや座敷童の仕業かなって思ったわ」


 須世理がそう言った。グレムリンと座敷童。それなら聞いたことがある。でも、


「グレムリンっていうのはあれだろ? 機械を故障させる妖精だろ。でも、ここにある電子機器類は一切壊れていないぜ。座敷童にしてもそうだ。悪戯ばかりが起こって、幸福なんて一向にやって来ない。だから、それはないだろ」


 俺がそんなことを言うと、須世理は目を瞠って、こちらを見る。


「驚いた……。あなた、オカルトを信じていないくせにオカルトのこと結構知っているのね?」


「言ったろ? 俺にだってオカルトを信じていた時代があったんだよ。それに、信じていないとは言ったが、嫌いだとは言っていない。娯楽として嗜む程度には好きだよ」


 北欧神話とかギリシア神話とか、そういう〝カッコいいもの〟は一通りかの有名なインターネット百科事典で勉強をしたことがあるのだ。声に出して言えることではないが、俺は中学生――厳密に言えば中学二年生のとき、そういう人間だった。まったく、今思い返してもあれはだいぶ迷走してたよな。自作の神話体系とか作ったこともあったっけ。あー、思い出すだけで恥ずかしいっ!


「そうなんだ」


 須世理はそう相槌を打ち、話を戻す。


「それで話を戻すけど、あなたの言った通り、この現象はグレムリンや座敷童の所為ではなさそうね」


「じゃあ何なんだ?」


「たぶんこの林檎の絵がキーなんじゃないかな。林檎って言うのは、神話や伝承でよく取り上げられるものよ。アダムとイブが食べた知恵の実は林檎だと言われているし、ギリシア神話や北欧神話にも黄金の林檎というものが出てくるわ。アーサー王伝説に出てくるモーガン・ル・フェイは、林檎の島――アヴァロンを統治する九姉妹の長姉であるという記述もあるわね。あとは……イングランドの民間伝承に出てくるピクシーっていう妖精は林檎が好きみだったみたいよ。ああ、それと、まあ関係ないんだろうけど、ハロウィンではダッグ・アップルという水に浮かべた林檎を、手を使わずに食べるっていう余興が行われる」


 開いた口が塞がらないとは、まさしくこういうことを言うんじゃなかろうか。先ほど、須世理は俺がそれなりにオカルトの知識を持っていたことに驚いたが、俺も彼女の持っている知識に驚いた。俺なんかが学んだ知識以上の知識を須世理は有している。その知識の豊富さに、俺は尊敬の念を抱くぞ。中二病の域を超えている。先生! って呼んでいいですか?


「すげーな……」


 俺は感嘆した。その感嘆をどう捉えたかは知らないが、須世理は不意にポッと頬を林檎が如く赤く染め、


「あっ、ご、ごめんなさい。さすがに呆れたわよね……」


 そう言って、俯いた。


「いや、呆れるっつーか、普通に尊敬できるレベルだろ、その知識の豊富さは。ほんと、すげーよ、お前。え、なんなの? 魔法使い? それとも錬金術師?」


「……ま、まあ、そう言うのに近しい存在であることは確かね」


「そうだろうな」


 オカルト専門の探偵なんだ。ある種、霊媒師だとか魔法使いだとかの如何わしい類ではあるのだろう。


「で、この現象に心当たりはあるのか? ていうか、そういうことならポルターガイストの正体はピクシーなんじゃねぇの?」


「その心は?」


「え? だって、ピクシーって悪戯好きの妖精だろ? 確か」


「そうね。でも、ピクシーは、怠け者に対してポルターガイストを起こすと言われている。あと、ピクシーは、貧しい人には優しくて、そういう人の味方をするの。そのとき、ピクシーに助けられた人はピクシーにボウル一杯のクリームもしくは林檎をご馳走する。ピクシーは、林檎を与える妖精ではなく、林檎を頂く側の妖精なの。もし、この絵の意味が『あなたに林檎を差し上げましょう』という意味で描かれたものなら、ピクシーの線はないわね。それにそもそも、結祈ちゃんは怠け者なの?」


 結祈ちゃんって……。いつの間にやら、結祈と仲良くなっちゃってるよ。この人。


「ま、まあ、あいつはそんなに怠けてはいないよな。怠け者の定義は知らんが……まあ、普通に頑張り屋さんだろう」


「そう。なら、尚更ないわ」


 じゃあ、何が原因なんだよ。やっぱり、オカルトは関係ないのか? やっぱり、こいつは期待するに値しない探偵だったか?


 俺の傍らで須世理は、顎に手を当てて考える仕種をしている。まだ、他に何か原因となるオカルトがあるのだろうか。


 俺は須世理から目を逸らし、なんの気なしに壁に書かれた落書き――林檎の絵を見る。須世理は先ほど、この林檎の絵の意味を『あなたに林檎を差し上げましょう』と称した。林檎を差し上げる者とは一体誰だろう? ……と、考えて、あることを思う。


「『白雪姫』の魔女、とかは?」


 俺はそう言った。須世理がこちらを見る。その目は、あまり期待していなさそうだった。


「何故、そう思うの?」


 須世理が凛然とした声で、俺に訊く。吸い込まれそうな黒い瞳とその凛然とした声に少し萎縮しながらも、俺は答えた。


「いや、だって、毒林檎渡すじゃん。あの魔女、白雪姫に」


「でも、『白雪姫』に出てくる魔女はポルターガイストを起こさない」


「魔女だからそのくらいできるだろ?」


「『白雪姫』に出てくる魔女ということに意味があるの。魔女そのものならそうかもしれないけど、『白雪姫』の魔女は違う。『白雪姫』の魔女にポルターガイストを起こす力はない」


「何故そう言い切れる?」


「白雪姫の物語にそういう記述はないでしょう。魔女――つまるところの王妃は白雪姫の美しさに嫉妬して、白雪姫殺害を企てたが、それは悉く失敗した。それだけよ。どこにもポルターガイストめいた現象は出てこない」


 とにかく、俺の推理は呆気なく一蹴された。


 ――と、そこへ。


「お兄ちゃんー。お風呂上がったよー」


 首に掛けたタオルで髪を拭きながら、妹の結祈が部屋に顔を出して、そう言った。皿洗いを終えて、結局そのまま風呂に入ったのか。


「ん、ああ」


 俺は頷く。そして須世理の方を向き、


「お前、先入れよ。俺は最後でいい」


 そう言った。さすがに、男が入った後の風呂に、赤の他人の女を入れるわけにはいかないだろう。


「そう。じゃあ、お言葉に甘えて、先に頂くわ」


 言って、須世理は黒髪を翻しながら、部屋を出て行った。後を追うように俺も部屋を出る。出たところで、


「なんか分かったの?」


 と、結祈が問う。俺は答える。


「さあ。今のところは何も分かってないみたいだぞ」


「ふーん」


 結祈は素っ気なく相槌をした。さてはこいつ、さほど期待していないな。まあ、かく言う俺もさほど期待はしていない。でも、たとえ須世理がこの事件を解決できなかったとしても、俺は彼女を責めないし、むしろ感謝するだろう。オカルトの可能性を排除してくれれば、あとは科学的な可能性が残る。そうなれば、どんな人に事件解決を促せばいいのかが、分かるのだから。


 俺は、荒らされたままの結祈の部屋を一瞥し、その扉を閉めた。


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