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オカルト探偵・須世理琴音の不可思議事件覚帖  作者: 硯見詩紀
第三章 悪夢を現実にしてはならぬ
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第4話

 いやはや、さすがはお金持ち。八上の家は、家と言うより屋敷や館って言った方が割に合っているほど大きな建物であった。


 運転手の手引きで、リムジンから降りた俺と須世理はポカンと口を開けて、そんなどこかの貴族や諸侯が住んでいそうな洋風の大きな屋敷を見上げる。


 俺と須世理――特に俺が呆然としていると、その屋敷の大きな両開きの門戸が開き、そこからぞろぞろっと数人のメイドさんが出迎えにやって来てくれた。メイド喫茶にすら行ったことのない俺にとって、これが初めて見る実物のメイドさんである。すげーよ。メイド服だよ。初めて見るメイド服だよ。シックで古風で……リアルメイド服だよ。濃紺のワンピース、白いフリルの付いたエプロンに、頭にはフリル付き白カチューシャ。思っていた通りのメイド服だ。


 ……うーむ。ふと思ったのだが、このメイド服、須世理が着たら絶対似合うだろうな。黒髪のロングの美少女のメイド姿と浴衣姿はマジで可愛いと俺は思っているから。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 と、目の前に並んでいるメイドの一人が八上に対してそう言って、深々とお辞儀をした。それに合わせて、他のメイドもお辞儀をする。みんな息ピッタリである。頭を下げるタイミング、頭を上げるタイミング。どっちも揃っていた。


「うん、ただいま。二人が泊まるのは聞いているよね?」


「はい」


「じゃあ、お部屋に案内してあげて」


「かしこまりました」


 メイドはお辞儀をした。


「じゃあ、二人とも。彼女について行って。今日泊まる部屋まで案内させるから」


 八上にそう言われ、俺たちはメイドについて行くことにした。メイドの背を追って、八上宅へ足を踏み入れる。玄関を潜ると、そこには三和土――つーか、エントランスがあった。上を見上げれば豪奢なシャンデリアがぶら下がっていた。


「デカっ」


 そのシャンデリアを見て、思わず呟いてしまった。豪奢で、そして大きなシャンデリア。今にも落っこちてきそうである。あれの下敷きになったら、まず死ぬな。


「杵築くん。早く」


 と、シャンデリアを眺めていたら、須世理にそう声を掛けられた。俺はハッと我に返り、急ぎ足でその場から離れて、須世理とメイドに追い着く。


 そして、メイドについて行くこと数分。


「ここでございます」


 メイドは一つの部屋の前で立ち止まり、そう言った。そして、その部屋の扉を開け、


「どうぞ、お入りください」


 と言ったので、その言葉に従って俺たちは部屋に入る。


 その部屋にはダブルベッドがドンと一つ置いてあり、テレビ、冷蔵庫、クーラーが完備されていた。もはや、ちょっとした高級ホテルである。……で、どうして俺たちはダブルベッドのある部屋に連れてこられたのだろう。


「あの、え? なんで、ダブルベッド?」


 俺が問うと、メイドが毅然とした態度で口を開く。


「お客人はあなた方お二人ですので、ダブルベッドでさして問題はないと思いますが?」


「いや、問題あるでしょう」


「はて? どのような問題があるのでしょうか?」


「年頃の男女がダブルベッドで寝るのはどう考えてもおかしいでしょう?」


「お年頃の男女だからこそ、ダブルベッドでお眠りになるのではないでしょうか?」


 ……このメイドには常識が通用しないのですか?


 大体、俺と須世理がカップルに見えるのですか、このメイドは? そりゃ、俺たちがカップルだったらそういう配慮もアリなんだろうけど、生憎、俺と須世理はそういう関係ではない。だから! 部屋は別々にするべきだと思います!


「あの、部屋って別々にできないんですか?」


 俺はメイドにそう問うた。するとメイドは頭を下げて、言う。


「申し訳ありません。あなた方をこの部屋にお通しするようにおっしゃったのはお嬢様です。使用人の身としてはお嬢様のご命令に逆らうことはできません。なので、この部屋で我慢なさいませ。……大丈夫でございます。この部屋は防音仕様ですので、どのようなお声を上げようとも誰にも気付かれる心配はございません」


 ……は? 何言ってんのこのメイドさん。絶対の絶対で、変な勘違いしてるよね。


「では、わたしくしは失礼させていただきます。何かありましたら、そこの鏡台に置かれてあります電話機を使って、わたくしどもをお呼び付けください。遠慮はいりません」


 メイドは一礼して、静かに扉を閉め、去って行った。


 ……まったく、八上にしろメイドにしろ、変な気を遣い過ぎではなかろうか。


 俺は須世理の方を見遣った。須世理は俺の方を半眼で睨みつける。


「なんだよ?」


「この際、同室で同じベッドに寝るのは致し方ないとして……あなた、如何わしいこと考えてないでしょうね?」


「そんなわけないだろ。俺がそんなに信用ならんのか?」


「だって、あなたには前科があるじゃない。お風呂場を覗いた前科と歌恋の胸に欲情した前科が」


「どっちも不可抗力だ! 安心しろ。俺、こう見えて度胸ないから」


「それ、胸を張って言えることじゃないよね」


「うるせー」


 俺がヘタレなのはほっとけ。仕方ないだろ。スクールカースト的には中の下くらいの俺なんだから。カースト上位のチャラチャラした奴みたく、両手に女をはべらして酒池肉林を貪るなんて真似はできないのでございます。


「杵築くんがヘタレかどうかはさて置いて、早速調査を始めましょうか」


 あ、さて置くんだ。まあいいけど。


「で、調査って具体的に何すんの?」


「そうね」


 と言って、顎に手を当てて考える仕種をする須世理。そして、一考の後、口を開く。


「まあ、訊き込みをするのが妥当ね。普通に考えて、八上さんに嫌がらせをしているのは、八上さんに何かしらの憎しみを抱いている人間でしょうから」


「八上を恨んでる奴か……」


 なんか、いっぱいいそうだな。だって、あいつ金持ちじゃん。金持ちって、基本的に低所得家庭の人間から見れば羨望を通り越して憎悪の的だからな。


「で、誰に訊き込みするの?」


「メイドとかの使用人をまず当たりましょう」


 ――と、矢庭に。コンコンと、扉を叩かれる。


「はい」


 と、須世理がそのノックに対して返事をした。


 すると「失礼します」と扉越しに声がして、扉が開く。入ってきたのはメイドだった。だが、先ほど俺たちをここへ案内したメイドではない。さっきのメイドよりも若いメイドで、見た感じ俺たちとそれほど年齢は変わらないのではないだろうか。メイドは俺たちに一礼して、言う。


「お嬢様がお呼びです」


 須世理が、メイドを見て「ちょうどいい」と呟いた。


「ちょっと、いいですか?」


 と、須世理は丁寧に尋ねる。


「なんでしょうか?」


 メイドもメイドで物腰柔らかに首を傾げる。


「あの、私たち、八上さんにあることを頼まれてるんですよね」


「あること、でございますか?」


「はい。八上さん、最近悪夢にうなされているようで。それを解決するために私たちが呼ばれたんですよ」


「そうですか。ええ、確かにわたくしどももお嬢様が悪夢に悩まれていることは存じ上げております。あなた方は、お嬢様を助けるために?」


 八上は、俺たち以外にも悪夢のことを相談しているらしい。でも、どうにもならなかったんだろう。でなければ、俺たちの所へ来ていないからな。


「そうです。それで、私たちはオカルト的見地からもこの現象を調べています。なので、あなたにまずお話を訊きたい」


「オカルト……」


 メイドは目を見開いた。一瞬、動揺によるものかと思ったが、たぶん違う。彼女はただ訝しんでいるのだろう。まあ、訝しむのは当たり前の反応だよね。いきなりオカルト云々言い出せば、「なにこいつ、あたまおかしいの?」なんて思っちゃうのは当たり前だ。もう少し、言葉を選びましょうね、須世理さん。


「いいですか? お話訊かせてもらって」


 と、須世理が再度問うと、メイドはハッと我に返り、


「あ、はい。よろしゅうございます。なんなりとお尋ねください」


 そう言って、会釈をした。それを確認した須世理が口を開く。


「あなたは、八上さんのことをどう思っているんですか?」


「……」


 その質問を訊いてメイドは目を細めて首を傾げる。


「あの、その質問は一体どのような意図で?」


「言ったでしょう。私は、オカルト的見地から今回の現象を見ている、と。ですから、八上さんの身の回りで起こっている現象も何かしらの呪いか何かかと思っています。もし、そうであれば、八上さんを恨んでいる誰かが呪いを掛けていると考えるのが普通です」


「それは、つまり、あなた様はわたくしを疑っている?」


「すみません」


「いえ、とんでもございません。それは致し方ないことでございます」


 刑事は人を疑うことを生業としている。探偵だって同じだ。人を疑うことを生業としている。だってそもそも、疑うことから始めないと何も始まらないではないか。故に、須世理琴音はすべてを疑っている。八上卯白の周囲にいる人間を、身分とかも関係なくみんなを疑っている。


「それで、わたくしがお嬢様をどう思っているか、という質問でございましたね」


「はい」


 そして、メイドは話を始める。


「わたくしから見て、お嬢様はとてもお優しいお方だと思われます。ご主人様と奥様、御兄妹との仲もよろしいようですし、我々のような卑しい者にも平等に接してくださいます。お友達付き合いも卒なくこなしておるようですし、学校での評判もよろしいようです」


「つまり、憎たらしいところは何一つない?」


「さようでございます。そもそも、わたくしのようなメイドがお嬢様に憎悪の念を抱くなど、畏れ多くてできることではございません」


 まさしくメイドの鑑とでも言える答えであった。まあ、実際に憎悪の念を抱いていたって、メイドならお嬢様――主人を褒めちぎるのは至極当然のことだろう。仕える者は、主に従順でなければならないからな。


「ありがとうございました。非常にいいお話が聞けました」


 そう言って、須世理が頭を下げた。つっても、お前、内心では『いい話が聞けた』だなんて、そんなに思ってないだろ。だって、参考になりそうな話じゃなかったんだから。


「いえ、お役の立てたのであれば、光栄でございます」


 そう言って、メイドは柔和な笑みを見せてくれた。


「それでは、お嬢様の所へご案内させていただきます。お嬢様を待たせるわけにはいきませんので」


 ついて来てください、と言って、メイドが先陣を切って歩き始める。俺たちはメイドの指示通りにした。


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