第4話
そして、その翌日。カワセミの別名が、何なのかを考えながら、俺は学校へ向かった。
昇降口で靴を履きかえていると、背後から何やら視線を感じた。おかげで、背筋に悪寒が走る。
振り返ってみると――
「うぉっ」
――須世理琴音が悪魔のような黒い瞳でキッと俺を睨んでいた。
「あ、えと、おはよう……」
「うん、おはよう。杵築くん」
「あの、怒ってます?」
「別に、怒ってはいないわ。少し機嫌は悪いけど」
……いや、怒ってるだろ? 少しも目が笑っていないぞ。むしろ、その目は冷たいものだ。ていうか、機嫌が悪いってことは、怒っていると捉えてもさして問題ないよな。
「ねぇ、杵築くん」
「は、はい?」
「別に、休むのは構わないのよ。休むのはね。でもさ、休むのなら、それなりに連絡とか入れてくれると嬉しいのだけれど? 連絡もなしに休むとか、どこのゆとり社員なの?」
「俺もお前もゆとり世代だよな?」
つーか、そもそもお前の連絡先知らないし。だから、連絡できなかったんだし。
「それは今関係ないのよ。大体、ゆとり社員なんてものの喩えに過ぎないわ。とにかく、どうして昨日は来なかったの? 理由を述べなさい。三文字以内で」
「無理だよ」
「今のは四文字。私は、三文字で答えろと言ったわ」
「だから、そんな文字数で理由を述べるのが無理だって!?」
「じゃあ、理由は述べてくれるのね?」
「三文字以上で述べられるのならば。俺としては、文字数無制限が好ましいところだ」
俺がそう言うと、須世理は柔和な顔になる。
「そう。なら、理由――言い訳を言いなさい」
「――オカルトに遭遇した」
言うと、須世理の顔つきがガラリと変わる。
「どういうこと? 詳しく聞かせて」
そもそも、そのつもりだった。なので、俺は話を続ける。
「初めに遭遇したのは一昨日で……」
俺は、須世理にくだんのオカルトを話した。誰もいない場所で、天の声が聞こえきて、クイズが出題される。それに答えられれば問題ないが、答えられなかったら目的地に行けない。この場合の目的地は、須世理探偵事務所だ。
「なるほど」
俺の話を聞き終え、須世理はそう呟き顎に手を当てた。
「それは、つまり人を迷わせる類の伝承に基づいた魔術ね。日本では迷わせ神なんかがあるけれど……クイズを出題するというから、迷わせ神ではなさそうね。迷わせ神は人を迷わせるだけで、そこでクイズを出題するなんて聞いたことがない」
須世理は一考し、また口を開く。
「杵築くん。その出題されたクイズってどんなのだったの?」
「ああ。一番初めに出されたのは、コイはコイでも泳げないコイはなんだ? ってやつで、次に出されたのは、カワセミの別名はなんだ? だった」
「ていうことは、一問目の答えは恋愛の恋で、二問目の答えはヒスイね。杵築くんが間違えたのは、二問目の方かな」
「あ、うん。っつーか、よく分かったな。カワセミの別名」
一問目の方はまだ分かる。でも、二問目の答えをそう簡単に答えられるとは。感服である。
「簡単よ。翡翠という漢字には、二つの読み方があるの。まずはそのままヒスイと読む読み方。そしてもう一つは、カワセミと読むの。それに、カワセミの色は翡翠色だから、そういうこともあって、カワセミにはヒスイという別名があるわ」
それにしても、と須世理が言う。
「一体、どういう意図があって、そんなクイズを出題するのかしら?」
「知らんよ。大体、なんで俺がこんな目に遭ってるんだ?」
「それこそ謎ね」
「……あ。そう言えば」
――と、そこで俺はあることを思い出す。
「どうしたの?」
「いや、あの天の声、俺がお前の助手であることを知っていたような口ぶりだったんだ。俺のことをワトソン君なんて呼んでいた」
「それはつまり、この不可思議事件の犯人が私の知り合いであるということ?」
「訊かれても困るんだが? まあでも、そういうことになるのかな」
「でも、あなたが私の助手をやっているなんて、私、誰にも言っていないわ」
「じゃあ、誰なんだよ? 犯人は」
須世理がぐむと黙り込んで考え込む。そして、
「杵築くん」
と、俺を呼ぶ。
「なんだ?」
「おそらく、あなたは今日もそのオカルトに遭遇するわ。だから、そのときのクイズの答えを私に教えてほしいのよ。たぶん、この犯人はクイズの答えを通じて何かを伝えたがっているんだわ」
「まあ、それは別に構わないぞ。でも、もし俺が不正解になったら、俺はお前の所へ行けない。そうなったら、どうやってお前に答えを伝えるんだ」
「だから、連絡をしなさいよ」
「連絡先を知らないよ」
「あ、そうだったわね」
言って、須世理は掌をこちらに向ける。え、何? 俺にお手をしろと? それとも、お金ちょーだいって言う意味か? 須世理よ、まさか妹の結祈から教えてもらったのか。俺から金を巻き上げる方法を!
だが、
「お前にやる金なんてないぞ」
お金ちょーだい戦法で俺から金を巻き上げられるのは、結祈だけなんだよ!!
「何を勘違いしてるの? ケータイ、寄越しなさい」
「は、なんで?」
「いいから」
言って、須世理は俺のズボンのポケットに手を突っ込む。おい! と、一言言ってやろうと思ったが、思ったときには彼女は俺の制服のポケットから俺のスマフォを取り出していた。
そして、ひとしきりスマフォを操作して、
「はい」
と、スマフォを返される。
「連絡先、入れといたから。これで問題はないわよね?」
「あ、ああ」
かくして、俺は須世理琴音の連絡先を手に入れた。……嬉しくないことは、ない。そんな俺であった。




