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オカルト探偵・須世理琴音の不可思議事件覚帖  作者: 硯見詩紀
第一章 Qが意味するクエスチョン
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第9話

「私たちは、林檎にとらわれ過ぎたのよ」


 と、須世理琴音は口を開いた。


 様々なものが乱雑に散らかった結祈の部屋で、須世理の謎解きが始まる。聴衆は俺一人だ。


「それは、どういうことだ?」


「これは林檎の絵じゃない」


「……ぇ?」


 口を開きあっけらかんとする俺を見て、須世理は結祈の机からメモ帳とボールペンを拝借する。そして、そのメモ帳に何やら書き込む。


「これを見て」


 須世理はメモ帳に書き込んだものを俺に見せる。メモ帳には、絵が描かれていた。これは……結祈の部屋の壁や鏡や窓に乱雑に描かれているのと同じあの林檎の絵であった。


「林檎の絵?」


「この部屋に描かれているものを模写したものよ。あのね、杵築くん。これは林檎の絵ではないの」


「林檎の絵じゃなかったら何なんだよ?」


 俺には林檎にしか見えない。それに、これを林檎と称したのはお前だ。


「ほんと、ごめんなさいね。これを林檎と言い出したのは私なのに、その私がそれを覆すのだから」


 須世理はそう言って、持っているメモ帳を半回転させる。


「さて、杵築くん。もう一度訊くわ。これは、何に見える?」


 メモ帳を半回転させたことにより、そのメモ帳に描かれていた林檎の絵はその意味合いを変えた。俺は、それを見て、ふと浴場の洗面台の鏡に書かれていたあの文字を思い出す。


「……あ」


 つっかえが取れたような気がした。メモ帳に林檎の絵はない。そこにあるのは、一つの文字。


 メモ帳を半回転させたことにより、林檎の絵を半回転させたことにより、その林檎の絵は林檎の絵ではなくなった。絵は、文字になった。


「……Q」


 『〇』の上部に『/』を浅く突き刺したようなマーク――林檎の絵は、アルファベットの『Q』だったのだ。


 須世理は、俺の納得した顔を見て、満足そうに微笑んだ。


「その通り。これは、アルファベットの『Q』よ」


 とはいえど、それが分かったところで、俺にはまだ分からないことがある。


「それで、ポルターガイストの原因はなんなんだ?」


 俺は、そう訊いた。須世理は答える。


「オカルトを信じないあなたに、こんな説明をするのもあれだけど……」


「もういいよ。オカルトを目撃した以上、信じざるを得ない」


 今さら、信じないとは言えない。まだ少し懐疑的ではあるが、からっきし信じていないわけではない。俺はこの目で見てしまったのだ。誰の手にもよらず、物体が動くその現象を。……もしかしたら、オカルトは実在するのかもしれない。


「じゃあ話すよ。このポルターガイストは、グレムリンでも座敷童でも、ましてピクシーでもない。この現象を引き起こしたものは――クイックシルバーよ」


 さすがの俺も、その名前は聞いたことのないものだった。クイックシルバー? はて、何ものだ?


 俺が首を傾げると、須世理が口を開く。


「クイックシルバーは、英語圏の民間伝承の一つで、ポルターガイスト現象を起こす女の霊よ。このクイックシルバー、並はずれて悪戯好きで、箪笥の中身を外へ放り出したり、電気を点けたり消したりという、なんともはた迷惑なポルターガイストを起こすの。そしてまた、クイックシルバーは自分の頭文字でありトレードマークの『Q』の字を書き残すの」


「じゃあこの壁の『Q』の字は……」


「クイックシルバー(Quicksilver)の『Q』よ」


 あの洗面台に書かれていた『Q』の字。


 あれは、これを指していたのだろう。問題を提議していたわけではない。後で俺に質問をするという意味でもない。須世理は浴場で、これを考えていたのだ。考えて、辿り着いた。林檎の絵は絵ではなく、『Q』という文字。そう解き明かしたのだ。


 だから、か。


 だから、妙に長風呂で、挙句に俺と鉢合わせをしてしまったわけだ。須世理は『Q』というキーワードから、このクイックシルバーの伝承に辿り着いた。こいつのことだ。『Q』の字が分かった時点で、ポルターガイスト現象の原因がクイックシルバーだと理解したのだろう。こいつの豊富なオカルト知識なら、充分に頷ける。


「よかった。これで、結祈も安心する。それじゃあ、早速そのクイックシルバーを追い払ってくれよ」


 言うと、須世理は神妙な顔で言う。


「私は霊媒師じゃない。だから、それはできない。そもそも、この部屋にはクイックシルバーなんて住み着いていない」


「は? ちょ、ちょっと待て、この現象を解消してくれるんじゃねぇのか? 追っ払ってくれないと、クイックシルバーはまたここを荒らすじゃねぇか?」


「だから、ここにクイックシルバーは住み着いていないと言っているでしょう。これは、遠隔地からクイックシルバーを用いて、荒らしているに過ぎない」


 どういうことだ?


「だから、あれよ。これは、一種の魔術なのよ」


「まじゅ……」


 魔術、だと?


「クイックシルバーの伝承を基にして構築された魔術を毎日律儀に〇時前後に、行使しているのよ。遠隔で」


 魔術などというものが、あるのか。もうそんなの、オカルト過ぎるよ。


「じ、じゃあ、このポルターガイストは、そのクイックシルバーの伝承を基にして作った魔術を使って起こされたもの?」


「そう。だから、元を断たなければこの現象はやまない。クイックシルバーの伝承を基にした魔術を行使した魔術師を突き止めないとね」


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