鬼の手
登場人物紹介
鬼一 竜胆
凍傷により両手を失った若き侍、失った柊の目を求めて吉備津桃花の行方を探っている最中、日向にある依頼を受け、寺に隠されたものを調査に向かう。
坂田 金次郎
竜胆と柊を救った大男、武術に長けており両手を失った竜胆に脚を使った武術を教え込む。
吉備津 桃花
鬼殺しの名を持つ吉備津家の現当主、『鬼』集めに執念している。
吉備津 桃木
吉備津家の中でも桃花に腕の立つ侍、戦いことが侍の本能と考える。
ある都でひとつの流行り病が広がった、その病はまるで狂ったように人を襲う奇病が瞬く間に都の人間を襲い多くの人々の命を落とした。
流行り病と同時に都の一角にある寺に封印されている『邪悪なる物』それが解けてしまったのではないかという噂が流れ、多くの者が問い詰めた、だが多くの僧衆に阻まれ知られることなかった。
「このままでは都は全滅だ、お願いだ、助けてくれ、報酬なら―」
「報酬は頂きません、ただし例の件をお願いします」
「申し訳ない、武将貴族でありながら自ら剣を持つことさえ許されない立場なのだ」
一人の貴族がそう頭を下げた。
「分かっております、日向様、貴方がどういった立場でどういった選択をしなければならないのなか、重要なのは『なにを選択し覚悟を決める』わが師からいつも言われておりました」
「立派な師であるな、尊敬に値する、こちらで用意できる物ならなんでも用意しよう」
屋敷を出る、ある程度の病人は駆除されたらしいがこの都にどんなものが潜もうか計り知れない、それが『鬼』であることを今は望むばかりである。
寺の周りは大きな塀で隔てており、頻繁に武器を持った僧衆が見回りに来ている。
「さて、どうしたものやら」
極力、人を殺したくはない、虐殺だけが目的なら日向の軍勢をだせばよいだけで、それでも個人の侍に依頼するということはそれだけ攻め入るだけの情報が少ないというのが見て取れる、いや日向自身が迷っているだけのかもしれない、虐殺なんてよほどの大義か気の狂った人間にしかできないものだ。
潜入する方法を考えていると数人の僧衆が見回りを連れ神殿の方へと駆けて行くのが分かる。
監視の目が無い隙に素早く中に駆け込む、それと同時に悲鳴が響き渡る。
「なにやつだ!名を名乗れ!」
「これから死ぬ奴に名乗る必要など無い」
まるで布切れを切り裂くが如く何人もの僧衆を切り裂く、その様子だけでもその侍が達人であることが伺える。
「おい、出て来い、ネズミめ」
殺気を向けられ一瞬、強張る、全身が力む、一呼吸置いて、物陰から踏み出す。
その瞬間の太刀筋はほとんど目で追える速さを遥かに超えていたが紙一重でかわす。
「この太刀筋を避けるとは大したものだ」
「その剣術には覚えがある、1度見れば避けるのは簡単…さて刀を交える前に一つ聞いても良いか?桃花という侍を―」
「知らぬな」
再び一閃のような斬撃、羽織っていた道中合羽が切り裂かれ宙に舞う。
「…手の無い侍とは恐れ入った、だがどうやって戦う?」
「以前の俺は物事を固く考えていた、文字を書くには紙と筆を、明かりを灯すなら油と火を、剣術で勝つなら技術と力を、だが両手を失い気が付いた、文字が書けなければ言葉にすればいい、明かりが必要なら朝日を待てばいい、剣術で勝ちたければ貪欲になればいい」
侍が飛び込む、放たれる刃に足を向ける甲高い金属音が鳴り響き、足に覆っていた布が剥がれる。
「鉄靴か」
膝まで覆う金属、音を抑えるための布が取れガチャンと重厚な鉄の擦れ合う音が鳴り響く。
踏み込み、木の床がめり込み、足の間合いに入ると左足を突き出す、刀で弾かれ激しく火花が散る。
「厄介な物だな、その速さ、その硬さ、その戦い方…いいぞ、これこそ武人の戦いだ、お互いが本気で殺気を飛ばしあい、血を流してこその武人なのだ…嬉しいぞ、これほど本能に従える戦いできるとは!」
「それで武人だと、笑わせるな、技を持って力を有し、力を持って正義をなすのではないのか!」
「分かってないな、若き武人よ、俺たちは生まれながらの武人なのだ、技術を持って力を示し、力を持って正義を掲げるのだ」
「お前と一緒にするな」
激しく火花と金属音が鳴り響く、戦えば戦うほど異様な侍のその気迫に必死にも対抗しながら、火花を散らす。
「何をされている、桃木殿」
その言葉に2人が静止する、その男は血の付いた古びた箱を脇に抱え2人を見た。
聞き覚えのある声だった。
あのころから決して忘れることのできないその声の持ち主に向かってその名を叫ぶ。
「こいつは驚いた、桃花様のお名前を知っているとは」
駆け出し、踏み締め、突き出す、蹴りという一連の動作が桃花の目の前で止まる。
「だけど、感情に任せて動くのは良くないな」
胸に突き抜ける鋭い痛み、貫かれた刀の刃先から真っ赤な血が滴る。
刀を引き抜かれ、地面に膝を着く。
「お前だけは………お前だけは!」
そう地面に倒れこむ時、地面が蠢く感覚を覚えた、巨大な何かが地面を這いずるようなどす黒いそれは淀んだ声で言った。
これが死ぬ感覚なのだろうか?これが地獄なのだろうか?何もできず死んでいくのだろうか?
「まさか…これほどとは…」
桃花がボロボロになった刀を握りしめ、そいつを睨みつける。
「桃花様、ここはいったん引いた方が」
「黙れ!桃木、ようやく集められた鬼の一部なのだ、集められなければ意味を成さない!」
桃花が刃先をそれに向ける。
そこにかつて剣を交えた若き侍はなく、化け物となっていた、言うならば人の形をした常闇のような化け物だ。
「やつは鬼に取り込まれまれたんだ!私たち2人だけじゃどうにもならん!」
「ならば、助太刀致そう」
そう言って、一人の大男がそれを殴りつけた。
「貴様は…」
「これは失礼、金次郎と申す」
金次郎はそう言って巨大なこぶしを構えた。
ゆらりと立ち上がり、金次郎を睨みつける。
「今の竜胆は鬼の手を媒体にされているに過ぎない、かといって竜胆を殺すには鬼の気で刃が通らないならば―」
向かってくるそれに金次郎は重たく、早い一撃を放ち、寺まで殴り飛ばし、埃が舞う。
「拳で脳を揺らせばいい」
埃が落ち着いた時、粉々になった木の屑の下に気を失った。
その気迫、その力、その殺気に鬼の手の脅威が無くなった時、桃木は咄嗟に刀を向ける。
「待て桃木…お初にお目にかかる『坂田家の現当主』金次郎殿、『吉備津家の現当主』桃花と申すこちらは同じく吉備津家の桃木」
「これはご丁寧に、竜胆はどうなさるつもりか?」
「鬼の手を封印します、切り離しが出来なければ…人体のまま封印を…」
「やり方としては正しいであろう、だが竜胆は素質のある侍、このまま殺すのはおしいな」
「だが、この者は私を目の敵にしている、その上、素質のある侍と金次郎が言うほどの者を生かしておけようか」
「それならば、策があります故、これより北の地に柊という目の無き娘がいます、その者を使えば必ず竜胆は従えるであろう」
金次郎は竜胆を拾い上げ、桃花の前に放り投げ「どうする」と問い詰めた。
「分かった、だが鬼の手の脅威がある以上、金次郎殿は我々と行動を共にして貰おう、吉備津家の者が北に向かわせる、異論はないな」




