気になる人
ふと思いついたので。たぶん王道な話。
最近、とても気になる人がいる。
そう幼馴染のトモくんに話すとトモくんはなんだか複雑そうな顔をして、「誰?」と聞いてきた。
「あのね、私も良くは知らないの」
「お前…よく知らない奴のことが気になるのか?」
呆れ顔をするトモくん。でも気になるんだもん。すーっごく気になりすぎて最近勉強も部活も疎か気味だ。今年は受験なのにこんなことじゃダメだと思うけど、どうしても気になってしまう。
「だってね、毎朝見かけるの。それも毎日同じ時間に。いつからかわからないけど、その人を基準に自分が行動してしまうくらいなんだよ?」
「………なんだよそれ、そんなにそいつのこと気になってんの?」
「うん。かなり」
真剣な表情で頷く私にトモくんは複雑な顔から不機嫌な顔になっていく。でも嫌そうなわりには話を振ってくる辺りトモくんは私に甘い。私が話したがっていることをよくわかってくれている。
「そいつの何がそんなに気になるんだよ」
「うん、その人さ、すっごい綺麗なの。目に入った瞬間圧倒されるような!」
「…へぇ。他には?」
「あとはー、見てるとちょっと心配になっちゃうんだよね、大丈夫かなぁって」
「……ふぅん」
「そうそう、なんかミステリアスなところもあってさー。どうにも目を離せない人なの」
「…………」
気になる人について一つひとつ説明していくと段々トモくんのから表情が消えてしまった。ついに無言なってしまったトモくんを不思議に思いながらも、話しながら気になり加減が上がってしまった私は止まらない。
「その人、毎日毎朝同じところで見かけるからその人を見ないともう一日が始まらないんだよね。
たまーにいないと何かあったのかなぁとか心配になっちゃったりして…、次の日またいつも通りいるとすごく安心したりしてさ。
その人を見るだけで、気分が明るくなって今日も一日がんばろー!って気になるんだぁ。
それにね、雨が降ってるとまた違う綺麗さを持ってて、ほんと不思議な魅力を持ってるんだよー」
「………そんなにそいつが良いのかよ!!」
それまで黙って私の語りを聞いてくれていたトモくんが急に顔を上げて怒鳴った。トモくんが怒るなんて初めてだ。私はびっくりしながら拳を固く握ってワナワナ身体を震わせいるトモくんを見る。
トモくんは怒っているような悲しんでいるような悔しいようないろいろと感情が混ざった顔をしていた。
いきなりの変化についていけていないが、トモくんがどこか辛そうにしているのに気づいた私はおずおずと声をかける。
「と、トモくん?ごめん。私なんか怒らすこといった?」
「違うっ!別に怒ってる訳じゃねぇっ…」
怒っていないと言っているわりにはトモくんの表情は晴れない。
「怒ってないの?じゃあなんでそんな、
泣きそうな顔してるの?」
「…それはっ、」
「それは?」
「………………お前が、」
「私が?」
「……俺以外のやつを好きになんてなるからっ!」
私があんまりにもしつこく問い掛けるからか最終的に投げ出されるように吐きつけるようにトモくんが言った。
「……………………えっ?」
「……えってなんだよ」
「いや、だってそんな話してたっけ?」
「そんな話してただろ」
「えっ?」
「えって、さっきからお前なぁ。なに今更トボけてんだよ」
「トボけるもなにも…急な展開に私頭が追いつかないよ?
どうして最近すごく気になる人の話が、トモくん以外の人を好きになる話になるの?」
頭にハテナマークを浮かべ本気でわかっていない私にトモくんは呆れたように息を吐いた。
「だから、お前最近気になるやつができたんだろ?そいつのことが好きだから気になってんじゃねーのかよ。
……俺なんかずっっと前からお前のこと、気になってんのに」
「ごめん、最後の方良く聞こえなかったんだけど…」
「…いい、なんでもない」
「えーなにそれ気になる。って、いや、今はそこよりその前。私、その人のこと好きなんて言ったっけ?」
「気になるんだからそうなんだろ」
「違うよ!それは違うって。トモくんだって私の立場になったら絶対気になるもん!」
「男の俺でも気になるようないい男って意味か、ああん?」
なんだかトモくんと私の間には誤解という溝ができているようだ。
「そういうんじゃないの!」
「じゃあどういうんだよ!」
「あーもう。ちゃんと説明してない私が悪いのか」
「なんだよ。まさかもう本当はそいつと付き合ってるとかいうんじゃねーよな」
「ぜっんぜん違うから!」
「ならなんだっていうんだ」
「…もう。いいから聞いて」
完全に頭に血が上ってしまっているトモくんを落ち着かせるように、私もひとつ深呼吸してからゆっくり話し出す。
「トモくんは、デンショクオジサンって、聞いたことない?」
「は?そんなのしらね、……いやこないだタカシたちが噂してたような」
まだ腑に落ちない顔をしつつも、少し冷静になったトモくんに安心する。そして加えて説明するため私は再び口を開く。
「そう。デンショクオジサン。その人私たちの最寄りの駅前広場にいつもいるの。トモくんは朝練で早いから私と最寄りは一緒でも見たことないかもしれないね。デンショクオジサン、私の登校時間から30分しかいないらしいし」
電飾おじさんとは五十代から六十代前半ほどのおじさんで、薄い頭髪に透明のレインコートを着てそこへ名の通り電飾を巻きつけ光らせているおじさんのことだ。
行動の意図がまったくわからない上に漂うアブナイ人オーラ。とはいえおじさんはいつも広場に設けられたベンチに座り電飾を光らせているだけ。
「この間日直で早く行かなくちゃいけなくていつもと違う時間に電車に乗ろうとして見かけたの。
噂は前々から聞いてはいたんだけど、それまでは30分遅かったから見ることもなくて」
「で、実際見かけたら、ホント衝撃的で、それから忘れられなくて登校時間変えておじさんを見に行ってたの。ただそれだけのことだよ。さすがに私デンショクオジサンは恋愛対象外」
そのファンキーするぎる格好のデンショクオジサンは、他は普通のおじさんと変わらない。だからこそ、とても気になるのだ。お仕事はどうしてるのとか、何故電飾を身にまとっているのとか、電飾の電源はどこからきているのとか、雨の日は感電したりしないのとか。
なんの目的かまったくわからない辺り、ものすごく気になってしまうのだ。と、今度はちゃんとトモくんに言った。
「誤解は解けた?」
「………あぁ。
……俺の早とちりだったんだな」
「そうそう。だいたい私がトモくん以外好きになるわけないじゃない。人生のほとんどトモくんが好きなのにさ」
「だよな、あはは。ごめん。………………って、は?今好きって」
「うん。私はトモくんが好きだよ」
「それっ幼馴染として、なんて言わねー?
ちゃんと男として?」
「疑り深いなぁ。だからそうだよ。一人の男の人として、トモくんが好き。
もうっ私にばっかり言わせないで!トモくんは?」
「俺だってお前が大好きだよ!お前以外の女なんて視界に入んねーから!!」
顔を真っ赤にしてそう言ってくれたトモくんに、たぶん私もおんなじような顔をしてるんだろうなーと思う。でも嬉しくて嬉しくて、満面の笑みをトモくんに向けた。
「やっぱり一番気になるのはトモくんだけ!」
「俺もだよ、ナギサ」
大きくなってからはなかなか呼んでくれなくなった名前を呼ばれ、高まった私はトモくんに抱きつきホッペにちゅーをした。一瞬狼狽えたトモくんはそれでも、少し身体を離して唇にちゅーをくれた。
その後のお話は二人だけのひ・み・つ。なんてね。
※この作品はフィクションです。デンショクオジサンは実際の人物ではありません。