クリスマスの過ごし方
2012/12/23 14:00 都内某スタジオ
パソコン画面で撮影した写真を軽くチェックした男性が頷くと、傍に控えていたアシスタントが「お疲れさまでーす」と声を張り上げた。
途端に何処か緊張していた少女たちは一様に安どの笑みを浮かべ、「お疲れさまでしたぁ」と甲高い声をあげる。
「今日の撮影、皆すっごく良かったよー」
画面チェックを終わらせたカメラマンが人の良い笑みを浮かべて、モデルである少女たちへと労いの言葉を送ると、少女たちはキャイキャイとカメラマンの近くに寄ってきた。
「流石、先生ですぅ」
「あたし、この仕事、楽しみだったんですよぉー」
「また、先生とお仕事、ご一緒したいですぅ」
語尾を伸ばし、甘えた色を混ぜた少女たちの言葉に、カメラマンも満更でもない表情を浮かべる。
「そうだなぁ、そのうち呼んじゃおうかなぁ」
目じりの下がっただらしない表情を浮かべるカメラマンが、ニヤリとした笑みを浮かべ、その手を彼女たちの尻に回そうとした時だった。
「お疲れ様です」
ヒヤリとした硬質な声がスタジオの中に響く。決して大きな声では無いが、思わず耳を傾けてしまう美声に、スタジオにいる誰もが作業の手を止めて、声の主を振りかえった。
もちろん、カメラマンも例外ではない。
そこには有名女子中学校の制服に身を包んだ美しい少女がいた。お団子に纏めた髪にキッチリとした隙のない佇まい。生真面目そうな眼鏡姿の彼女は、綺麗な角度で一礼し、スッと身を起こすと、スタジオ中の視線が自分に集中しているのに気付き、首を傾げた。
「帰宅しますが、よろしいですよね?」
「……あ、あぁ」
思わずコクコクと頷いたカメラマンだったが、アシスタントたちの期待の籠った視線を受けて、オズオズと言葉を続けた。
「この後、皆で食事をと思って……」
「参加いたしませんので、失礼いたします」
バッサリと言葉を切られ、口を開閉するカメラマンを一瞥もせず、彼女は帰宅の途に就いた。
彼女がスタジオから姿を消すと、何処からともなくヒソヒソと呆れるような、感心するような言葉が囁かれだした。
「愛想のない子供だ……」
面白くなさそうなカメラマンにおもねるように、彼の傍にいるモデルの少女たちは口々に彼女の悪く罵るのだった。
アシスタントは、撮影した画像が収められたパソコンから部署内のサーバーにデータを移す。小さなサムネイル画面には、花の様にほころぶ少女の微笑みが垣間見えた。
「カメラには、綺麗に微笑むんだけどなぁ……」
普段の愛想のなさからは想像もつかない少女の微笑みに、パソコン周りを片付けていたアシスタントは呟いた。
彼らは知らない。
「カメラの向こうに好きなモノ……例えば、ヒラヒラとしたレエスのリボンがあると思ってみたら如何?」
楽しげに微笑む美女から教えられていた事を。
そして、少女が言われた事を生真面目にこなす性格だという事も。
☆ ☆ ☆
2012/12/23 18:00 都内某ホテル上階レストラン
外国籍の某グループ企業の重鎮を迎え入れた理事会の面々は、にこやかに談笑を始める。
自分たちが運営する学園の出資会社の重鎮である。粗相があってはいけないと、笑みを浮かべながらも緊張の色は隠せない……訳もなく、毎年恒例の食事会とあって、場は和やかに進んでいった。
理事たちにとって気楽な事に、この企業が融資を引き揚げたとしても、学園の財政にはさほど影響を受けない。企業の方にしても、この場には一番気を使わなければならない理事長の姿が無いとあって、多少の粗には目を瞑ってもらえると気楽なものである。
「今年から当学園でも、ミスコンテストというモノを開催しましてね……」
相手方から興味深げな眼差しを送られ、何故か得意そうな顔をする理事。彼が合図を送ると、入口の扉が開き、制服に身を包んだ少女が優雅に一礼した。
「初代女王の生徒で、千住南さんです」
理事の口から少女の名が紹介され、少女はスッと身を起こすと、流暢な英語で自己紹介をする。
まずは、千住の日本人離れした美貌に驚いた重鎮だったが、物おじしない態度と、滑舌の良く透き通った声にも驚かされた。
「とても素晴らしいお嬢さんだ」
「恐れ入ります」
ミスコンの優勝者への賞品に『月一回以上の有名ホテルでのディナー1年分』という微妙に分かりずらいモノがあったのだが、蓋を開けてみると支援企業への接待での添え物扱いだった。
美味しいと評判の料理も、味音痴の彼女には良さが分からず、無意味な拘束時間を過ごす羽目になるのだが、最初の一度は参加せずに済みそうだった。
本物の千住が、『美味しい物』と聞いて喜び勇んで出かけて行ったからだ。 説明を聞いただけで遁走し、彼女に代役を押し付けたのは言うまでもない。
☆ ☆ ☆
2012/12/23 22:00 都内某所
クリスマス仕様の綺麗なペーパーバック。中には包装をされたチョコレートが入っていた。この大きさで数千円するのだろうが、食に興味のない自分には、無用の長物だなとガレーネは肩をすくめた。
ホテルの中は暖かかったが、一歩外に出れば底冷えのする寒さだ。学校指定のコートに身を包み、足早に駅へと向かう。
「お疲れなのぉ☆」
能天気な声に顔を向ければ、一人の少女がヒラヒラと手を振っていた。鮮やかな赤のショートコートに赤いスカート、フワフワの白いパニエがスカートを膨らませている。足元は深い緑のロングブーツだ。何処のホステスだと謂わんばかりの出で立ちにガレーネは額を抑える。
「ラピス……」
「迎えに来てやったなのぉ☆」
駆け寄ったラピスは、ガレーネが持つ高級チョコレートを強奪した。
「くぅ♪ 今回は、有名チョコのクリスマス限定なのぉ! やっぱ、食事会の土産はうまうまなのぉ☆」
ペーパーバックに頬ずりする愛らしい少女に、ガレーネは溜息をついて歩き出そうとしたが、ふと気になり尋ねた。
「ラピス? ガルマンさんのところで、お仕事だったのでは?」
「ん~? また戻るなのぉ♪」
今にも包装をビリビリに破り、この場で食さんとするラピスの状況にガレーネは苦笑して、一言「クリスマスプレゼントは、25日の朝ですよ」と告げる。
ピタリと動きが止まったラピスは、ギシギシとガレーネを凝視する。
「ラピス。悪い子にはプレゼントじゃなくて、お仕置きが待ってるんですよ?」
「らっぴ、イイ子なのぉ☆」
にぱっと笑ったラピスは、手に持ったペーパーバックをガレーネに押し付けた。
「イイ子のらっぴには、たっくさんのお菓子が必要だと思うなのぉ☆」
「25日の朝、段ボールいっぱいのお菓子が届くと良いですね」
「うみゅ☆」
ふふん♪とラピスは鼻歌を歌いながらガルマンの屋台に戻ろうとするが、ガレーネに呼びとめられる。
怪訝そうに振り返るラピスにガレーネは、一枚のチケットを見せた。
「理事の方からタクシー券を戴きましてね……私、学校に忘れ物をしたようです。方角が御一緒なら如何です?」
「らっぴ、ガレガレ大好きなのぉ♪」
ラピスはガレーネに抱きついた。