最終話
「親父は、まだ未完成だった。……能力として完成したのは俺の代になってからだ」
それは親父の外見を見ただけでも分かるだろう。あの色んな生き物の形質の混ざった姿を見れば……。親父は形質の取捨選択はおろか、ただ形質を取り込んで、それを適当に混ぜ合わせる事しか出来なかったんだ。……自己進化型として完成したのは次の世代。もしかすると世代を経る中で最適化されただけなのかもしれないし、完成のための形質を……。親父の頃には不足してた形質を、それまでの戦闘かあるいは別の要因でたまたま俺が獲得できていたとか、何らかの形でどこかで補えたことによる偶然の産物だったのかも知れないけどな……。
「お前も自分の強さが分かりやすいだろ? お前を超えるには、こんなにデカイ体が必要になったんだぜ?」
この巨大な体も俺が意図した物じゃなかった。これまで何回か変身したことはあったが、こんな変な体になったのはカズマの前でだけだ。おそらくは俺の中の怪物の因子が、普通の状態ではカズマに勝てないと判断した結果だったのかもしれない。より強く、よりタフに。この敵に勝てる強さの体になるためには、このくらいの大きさが必要だと判断したんだろう。
「ここまでやらないと勝てないとか、どんな化け物なんだ。お前」
そんな俺の言葉にカズマが切れた。
「ふっざけんなぁあぁ!」
怒りに任せた飛び蹴り。勢いだけの攻撃とはいえ、それなりに衝撃はあったんだろう。足のめり込んだ胸板がわずかにたわんで、打ち消しきれなかったダメージ分ペコンと音を立ててへこんでいた。だが、それも俺が軽く力を入れるとポコンと音を立てて元に戻る。甲殻系の形質と昆虫類の形質のハイブリッド……。硬いだけじゃ駄目なんだ。ある程度のしなやかさと復元力もないとな。そういう意味じゃ、スーツの防御面はまだまだ未完成ってことか。
「なんなんだ! なんなんだよ、おまえ!」
動揺がそのまま動作につながったような雑で隙だらけのハイキックを掴みとって。……これくらい体格差があるのに加えて、中身の作りが向こうは金属と筋肉。こっちは純粋に筋肉だけ。そうなってくると、もはや筋力差なんて考えるまでもない訳で……。パキュっと。あっけなく足は握りつぶされる。それのせいで響き渡った悲鳴はすぐに静かになった。
骨格を無視して真上にまで振り上げられた右足が。その踵の部分に生えた牙のような部位が。明らかに敵に突き刺して攻撃するためにあるような鋭い形をした部位が……。凶悪な筋力によって生み出された速度でもって。振り落とされた踵落としによって。カズマのむき出しになっていた頭に深く突き刺さったからだ。
「……俺の中で永遠に眠れ。カズマ」
そうやって第三世代の強化人間の形質を取り込んで私達の中に紛れ込んだのね。そんなミユキさんの声は、地面に崩れ落ちて動かくなったカズマのスーツから聞こえてきていた。
「……ええ」
たしかにHEROSに入る前、俺は当時に最新型だった強化人間を襲って、その形質を盗みとって。これまで、ただの強化人間のふりをして生きてきた。
『……彼のも?』
「最新型の強化人間の形質に加えて人造人間の形質まで混ざってますからね」
『学ぶべき点は山ほどあるってことね』
強化人間を人造人間にしてみようなんて狂った事考える人、これまで居なかったからなぁ……。“絶対に喰わないと駄目だ”って感じたのかもな……。この体が。
『……これで貴方は、また一歩。最強に近くなったわね』
俺は親父と同じだからな……。
「俺たちは戦うために生まれてきた存在ですからね」
俺の中にも親父の血は流れている。親父の中に埋め込まれていたあらゆる敵と戦い、相手の力を取り込んで最強の存在であることを示すことを強いる因子は、俺の中にもしっかり存在していて……。そのせいで、この姿になったら最後、俺は相手を必ず『喰い殺して』しまう。
──良いか。死ぬなよ、坊主。戦って、戦って、戦い抜け。……そして、いつか皆んなを助けることが出来る男になれ。その時にはお前こそが……。本物のヒーローだ。
親父は敵を殺す事でしか誰かを救う事が出来なかった。だからこそ、俺には自分の出来なかったことを願って……。想いを託して死んでいった。……そんな俺だって、この有様なんだ。そんな事が本当に出来るかどうかは俺にだって分からない。だが……。ただ一つだけ言えることは、この力に頼ってる間は、俺は本物にはなれないってことだろうってことだ。だからこそ、俺は強化人間の形質で人々の平和を脅かす輩の排除に拘ってきた。
『賭けは私の負けね』
そんなミユキさんのどこか「清々した」といった声に、俺の顔には苦笑が浮かんでいたんだと思う。
「負けたんだから俺の言うこと、一つだけ聞いてくれます?」
『……なにかしら』
「生きてください」
そんな俺の言葉に、ミユキさんは暫く黙っていた。
『哀れみ? それとも絶対的な強者の驕りかな?』
「違いますよ。親父から……。彼から頼まれてたんですよ」
前に居た組織でミユキって名前の女の人に色々世話になったから。だから、もし会うことがあったら優しくしてやってくれって。あと……。
「親父が、ミユキさんに良くして貰ったこと感謝してたから。それをどうしても最後に伝えときたかったんです」
親父はHEROSで人間の側に立って戦ってたけど、それでもやっぱり当時はまだ人造人間に対する視線ってのは恐ろしい怪物を見る目ばっかりで……。強がって平気な振りしてたけど、内心じゃやっぱりこたえてたんだと思う。
そんな時、まるで自分を怖がらないで普通に接してくる女の人に出会った。それがミユキさんだった。親身になって色々良くしてくれたり、怪物化……。親父は変身のことを、こう呼んでたことからも内心、自分は化け物なんだって負い目がずっとあったんだとおもうんだけど、そんな親父が感情の波で勝手に変身しちゃうのを抑えることが難しいって悩んでた時期に、自己暗示と訓練で変身ポーズ……。俺がやってたみたいな、掛け声と特定の動作でスイッチを入れるみたいな感じで変身することをシステム化することで、それ以外の時の変身を抑え込む方法ってのを一緒になって考案してくれたりとか……。
「親父、ほんとミユキさんに感謝してたんです。……多分、ミユキさんのことずっと好きだったんだと思う。……それなのに、親父のこと……。これまでどうしても言えなくて、すみませんでした」
そんな俺の言葉をミユキさんは黙って聞いていた。でも、俺の過敏すぎる聴覚にはマイクの向こうでミユキさんが嗚咽を必死になって抑えて泣いてるのが聞こえてきてしまっていた。
『……そんなの、嘘よ。 だって……。だって、私、あの時……』
確かに親父は組織に裏切られた。シャドーの本部に乗り込んでいったとき、秘密結社の幹部がデータを全て差し出すことを条件に助命を願った事で、HEROSは人造人間と改造技術の容認に方針を転換させたんだと思う。
捨てるには余りにも惜しいと感じた上の思惑もあってか、あくまでも全ての人造人間の抹殺と改造技術の恒久的破棄に拘っていた親父が邪魔になってしまったんだろう。HEROSは彼の排除に動いた。……親父は自分の意志で組織を去ったってことにされてるけど、あれは本当の事じゃない。本当は……。最後の戦いの時に仲間に殺されそうになって行方をくらませたんだ。あの時、それを実行させられたのがミユキさんで。そんなミユキさんが相手だったから、親父は本気で戦えなくて逃げることしか出来なかった……。
『だから、あの人は別の人を選んだんでしょ……?』
そんな言葉で俺は肝心なことを言うのを忘れていたことに気がついていた。
「あー……。違います。それ多分、勘違いです」
『……え?』
「俺が親父って呼んでるから勘違いしたんだと思いますけど……。俺と彼、血とか、全く繋がってないですから」
ちょっと計算が合わないでしょ。あの頃、まだ二十歳の半ばだった親父に、こんな歳した子供がいるのって……。余裕で十歳くらいはずれてる計算になるし。
『……どういうこと? ……彼に……。貴方達に何があったの?』
俺はあの日、逃げ出した親父によってシャドーの本部から救い出された子供だ。あの日……。あの時、俺をかばったせいで致命傷を受けちまった親父から“遺産”を貰って。……あの人の想いも、その時に託された。そんな彼の後継者だ。ヒーローの魂を受け継いだ関係ってことで、俺はあの人のことを親父って呼んでるんだけどな。……でも、自分のせいで親父が……。あの人が死んだなんて、ミユキさんに言えるわけない。
「親父は俺を救ってくれた恩人で……。そんな恩人の力を受け継いだのが俺なんですよ」
ミユキさんに知らせるのはこれだけで良い。親父があの時の大ケガが原因で死んだなんて言わなくても良い。最後の最後まで恨んでなかったって。ミユキさんのことを最後まで愛していて……。だから、俺にミユキさんを恨むなって。ミユキさんに優しくしてやってくれって。そう言ってたって事だけを伝えれば、それで良いと思ったから。
『これからどうするの……?』
どうもしない。コレまでどおり、どこかで人造人間や強化人間に困らされてる人がいたら救って回れれば良いなって……。そうしたいのはやまやまなんだけど、俺の存在がHEROSにバレた以上、ちょっとそれも難しいかもなー。
「さて?」
……でも、まあ、あんまり難しく考える必要はないのかもしれないな。この世に悪の目の潰えた試しなしなんて言うし。人造人間と強化人間の技術が世界に存在する限り、俺の出番は永遠になくならない気もするし……。
「またどっかの組織に潜り込んで戦闘員にでもなるかなぁ……」
そんな俺の背中にミユキさんの声が聞こえていた。
『そう。……また、いつか会えると良いわね』
そのときには互いに笑って挨拶できると良いんだけどね。
『あと……。ありがとう。ショウ君』
ありがとう、か……。もしかすると、俺は、この言葉を聞きたかったかもしれない。
「……悪くない気分だな」
ヒーローか……。いつか本物になれるといいんだけどな。
コウモリみたいな羽を生やして空に舞い上がった俺に、空の月だけは、あの日と変わらない光を投げかけてきていた。