第五話
無駄口を叩いていられるのは、互いに余裕のある間だけだったのかもな。特に、俺みたいな前提条件レベルで倍近い性能差があるような相手を前にすると、間合いを測るための軽めの一撃であっても、かなり本気でかわさなければならない。それくらい性能差が開いてしまっているという有様であって……。
──ミシ。
……一つだけ言えるとしたら長期戦は無理ってことだな。そう小さくため息をついてしまうのは、緒戦で右腕に致命的なダメージを負う羽目なっていたからなのだろう。
普通なら、ああいった打ち方をした場合には衝撃が相手の体を突き抜けるはずだったのだが、何故だか衝撃がかなり跳ね返されてしまっていて。その跳ね返された衝撃のせいで右腕が全体的に歪むレベルの大ダメージを受けてしまっていて……。右腕はフレームレベルで挙動がおかしくなってしまっていた。
無論、ヘキサの防御力に加えて攻撃時の四肢の補正機能もあるし、モーションの補助機能で攻撃軌道の適正化とかも行なってくれているので、実際のところではそこまで大きな問題になってはいないのだが……。それもヘキサのダメージが軽い間だけの話しだった。
これから戦いが長引いてヘキサの機能に問題が生じ始めれば、スーツの補助機能に頼っている右腕の挙動はいずれ思った通りにいかなくなる。そうなればカズマの攻撃をさばき続ける事も難しくなってくるはずだった。それにしても……。
──早い。それに鋭さが段違いだぜ。
なんなんだ、この変貌ぶりは。流石は完成品のオクタというべきなのか……? これまでのテストロットのオクタとは根本レベルで色々とカズマの動きが変わってしまっていた。……早い。あらゆる動きが早くなっている。それこそ全部の攻撃が驚異に感じるほどにスピードが段違いだ。
──だが……。まだだ。まだ、この程度なら問題ない。
どれだけ早くても当てられなければ意味はないんだ。動きは早くなっても中身は変わってない。攻撃が直線的すぎるし、何よりもパターンが素直すぎる。攻撃の仕方も、回避の仕方も、俺が仕込んだだけあってか、全てが俺の予測範囲内……。多分、こういった組み合わせになるだろうなという想定の範囲内に留まっている。それ以前に、スーツの性能に頼りすぎてるのか、攻撃の中身の方も、ごくありきたりで、モーションそのものも素直過ぎて意外性がない。
これなら予測は簡単だ。そして、予測が簡単ということは、それに合わせる形でのカウンターも取りやすいということだ。
──ほら。一発、二発、三発っと。皮一枚の距離で避けて、避けて、避けて、避けて。お次は大振り、ほらまたきた。よっと……。この一発にカウンターを合わせるかな……っと!
ズン。
……強ェ。予想以上の威力だな。こっちのカウンターはまともに入ったんだが、スーツの基本性能が段違いなせいか、あまり通じてる風じゃないな。ちょっと目が回った程度かよ。……こっちが食らった方は威力は殆ど“殺して”あるのに骨にまで衝撃が通ったんだぜ?
「ちったぁ堪えろよ。ズリィだろ」
「ハハッ。流石先輩ッスね。……でも、その程度じゃ、このインフには通じませんよ」
面倒臭すぎだろ、オクタ改!
「しっかし、当たりませんねェ……」
「……その程度の腕で俺に勝てると思うなよ」
「ハハッ。流石に強いッスね。……でも、今の攻撃、覚えましたヨ」
戦ってる内に次第にカズマの動きが良くなってきていた。……なんだこれ。スーツの補正機能か何かか? そういぶかしんでいると、本人から早々に種明かしがあった。
「他のヤツがテストしてたらしいんスけど、僕のテストしてたスーツには付いてなかったガイド機能って奴ッス。次の先輩の動きを予測して、ああした方が良いョ、こうしたほうが良いョって。瞬間、瞬間に指示して教えてくれてるんスョ。……まあ、それに従っても先輩の動きって複雑すぎて追いつけてないんスけどね」
おそらくは俺の回避パターンとかを学習させているんだろう。カズマの攻撃は次第に複雑さを増してきていて、段々と完全に避けるのが難しくなってきていた。そして、完全に回避出来ないということは最新型の強化人間とオクタの化け物じみたパワーの組み合わせを、ほぼ真正面から受け止める羽目になるという事で……。
ドォン!
フェイントを織り交ぜた緩急の効いた動きからの一撃を避けきれずに、まともに受け止めざる得なかった。そんな前蹴りが俺の十字受け突き破って体に突き刺さっていた。
──ぐぅっ。
喉の奥から熱い固まりが込み上げてきて。次の瞬間には喉の奥から灼熱が噴き出してきていた。……やべぇ、アバラが逝ったか……。
「ようやく一撃入ったッスね」
そう満足そうに血反吐を吐いて地面にうずくまった俺の前で胸を張ってみせる。
「もうちょっとインフの解説しとくと、このスーツって戦ってる相手のデータ集めるために色ンなセンサーとかが組み込まれてるんスよ。それで、集めたデータとかをリアルタイムで通信衛星経由で本部のマザーコンピューターに送られてるんス。そこでリアルタイムで分析と解析が行われてるンすヨ」
すげぇっしょ? そう胸を張るだけのことはあるのかもしれない。俺はカズマのアホだけを相手にしているつもりでHEROS全体を相手にしてたってことか。
「そうしたリアルタイムの分析と解析でスーツの学習機能ってヤツの効果が最大化されてンのと、戦術コンピューターとかいうのが外部にでっかい脳みそ持ってるのと変わらなくなるんで、すっごく指示が的確になるってことらしいッス。ほかにも多人数で一人と戦う時とか、波状攻撃とかの攻撃パターンで、このスーツの性能が最大化されるとか? 負けても再戦の時には負けた直後の状態から再開できるし、それを別個体に受け継がせることが出来るのが最大の性能とか何とか……ま~、全部、ミユキさんの受け売りなんスけどネ!」
そう技術の進歩ってスゲーッスョ!と、たぶん意味、半分くらいしか分かってないんだろうなって感じの顔しながらも胸を張ってる残念な馬鹿チンは置いておくとして……。これが次世代の正規採用型の真の実力って訳か。カズマみたいな性能は突出してるが経験が不足してるようなユニットを外部からデータを与えてやることで足りない経験情報をサポートしてくれるって訳だ。……それに、データを別個体も共有できるってことは一人目が負けても二人目は学習済みの状態から再開できるってことで、そいつが負けても学習の成果は次の奴に引き継がれるわけで、それは延々と追加要員を送り込むことでいつかは必ず勝てるってことを意味してる訳で……。なるほどな。オクタが別名で∞、インフィニティなんてふざけた名前で呼ばれてるのも分かる、圧倒的な性能だな。だが……。
「技術に振り回されるのがオチだと思うがな」
そう都合よく永遠の成長なんて真似が出来るとは、どうしても思えないんだよな。こんな中身の地力を上げていかない方法じゃ、いつかは中身の方がスーツの求めてくる性能を提供できなくなって、求められる動作速度とか挙動に追いつけなくなって、最後にはスーツに振り回されて自爆して終わりって結果が見えてると思うんだが……。
「先輩みたいなシーラカンスにはヘキサがお似合いッスョ。でも、これからの時代を担う僕たちみたいな若者には、ハイテク満載なインフの方が相応しいっショ?」
ハン。……若造だ? 小僧の間違いだろ。
「……まあ、先輩には感謝してるンすョ? これでも。イチオーわ」
インフの戦術データベースの構築には、俺とカズマの戦闘訓練の時の組み手の成果がかなりの割合でフィードバックされていたらしい。つまり、俺は一生懸命カズマを鍛えてるつもりでインフの研究に手を貸してた訳だ。……それで、その報酬がコレじゃ、割に合わねぇだろ。どう考えても。
「習うもん習ったら絞りカスのロートルはもう用なしってか」
「ホントは今後も色々手伝って欲しかったンスけどネ~。……色々悪口も言ってたけど、僕も先輩のこと、そんなに嫌いじゃなかったし?」
いちいち暑苦しいし、精神論ばっか言ってくるのは時代遅れの証明だと思って我慢しなくちゃいけなかったのがウザかったっちゃ、ウザかったけど。そんなある意味、いつもと何も変わらないカズマの言葉に俺も口元に苦笑が浮かんできていた。
「まー、悪く思わないくださいヨ。僕達も霞を食って生きてる訳じゃないんでネ。生きていくためにはどうしてもコレがいるんスよ」
指で作るワッカのポーズ。……金の力は偉大だな、おい。無敵じゃねぇか。
「コレには王様だって、大統領様だって、大首領様であっても敵わないんスからネ?」
ふざけちゃいるが、ある意味では正論だな。人は正義の誇りだけで生きるにあらず。何はなくともまずは金、金、金ってな。……世知辛いけど、これって真理なんだよな。
「ほんっと、ろくでもねぇな!」
互いに無駄口を叩きながらも、それでも手を抜いてるはずのカズマの攻撃が俺をジワジワと追い詰めていく。少し前まではカスる事すら許さなかった俺の回避も、もうカズマには通じなくなってるみたいで、五回のうち一回くらいしかまともに避けることが出来なくなっている。
ズガン!
互いの腕が交差する形で絡み合い、一撃がカウンター気味に入った。相打ちに近いが、地力が違いすぎるせいか、向こうはのけ反るだけなのに、こっちは吹っ飛んで壁に突き刺さっていた。……クソッ! パワーが違いすぎるだろ! なんで、こんなに差があるんだ!
「いくらベテランでも、二世代差は流石に荷が重いみたいっスね~」
先輩、もう楽になっていいんスョ? しょせん第三世代の強化人間じゃ、どんだけ頑張っても僕達みたいな最新型の強化人間には勝てないんスから。そう地面にはいつくばってゲホゲホいって血を吐いてる俺に向かって、諦めろと口にする。
「……うるせぇ。古強者の怖さって奴、みせてやんよ」
「ポンコツの間違いっショ」
「うっせぇ。御託はいいからかかってこいや!」
もうまともに動ける時間も残りわずかだ。これ以上スーツにダメージを受け続けたらいよいよ動けなくなる。経験上、それが分かってるだけに、こんなジリ貧の状況をひっくり返す起死回生の一撃って奴を叩き込む必要があった。だが……。
──全うな方法じゃ駄目だ。普通にやってもオクタ改には通じない。それこそ骨を断たせて肉を絶つくらいの相打ち覚悟でいかないと駄目だ……。
今の俺に出来るか? 今のカズマを相手に。この化け物じみたオクタ改を相手に……。考え出すと迷いしか浮かんでこなくなる。全身のダメージレポートはそろそろレッドゾーンをこえてスクラップ置き場に片足を突っ込んでしまっているだろう。スーツのエネルギー残量だって心許ない。全力稼動を続けながらオクタ改みたいな化け物相手に互角以上にやりあってんだ。ゲインを使っても、そろそろ限界に近いはずだ……。
──スーツがぶっ壊れるか。エネルギーが切れるか。はたまた中身が逝くか。
たとえ不安しかなくてってもな。男には引けない時があるんだよ!
「こい! カズマ! 俺の最高の一撃をくれてやる! ……これが俺から教え子に贈る最後のプレゼントだ!」
そんな俺の気合にアイツも答える気になったのかもな。それまでのどこか緩かった雰囲気を捨てて、冷たい殺意を漏らして身構えて見せた。
「りょーかい、いくッスよぉ……。センパイ!」
わずかに足を後ろに引いた。どれだけ指摘しても治らなかったあいつの悪癖の一つだ。だが、この状況では、そのことに感謝すら感じていた。この動きの後には……。アレだ。アレが来る。全身を使ったぶちかまし……。タックルからの超接近戦だ。狙い通りに組み技にでも持ち込まれたら、スーツの絶望的なパワー差で良いようにやられかねん。そんな危険な技だった。そして、それはアイツの嫌っていた地味だが堅実で……。ある意味、確実に敵を仕留めるための基本中の基本……。教本どおりな技の一つでもある。……コレ一つとってもアイツの本気度具合が良く分かるというものだ。
──野郎……。俺が最初に教えた技じゃねーか……。
上体の重心を僅かに前に傾けながら、さり気ない動作で膝をたわめて……。突っ立った姿勢のまま全身に力をためたかと思うと、次の瞬間には残像すら残りそうな速度で一気にトップスピードへ。俺めがけて一直線に突っ込んでくる。……まさに、予想通り。俺が教えた通りの攻撃だった。
──俺への感謝の気持ちか何か知らないが、教えた本人が肝心の対処方法を知らんとでも思ったか?
普通ならタックルの潰し方は、足を後ろに引いて上半身をかぶせて、手で足を刈られるのを防ぎながらタックルも押し潰すってのが定番なんだが、これほど絶望的にパワー差が有る場合には、組み付かれたら最後、良いように弄ばれるのが確定しているので『捕まらない』のを基本にするしかない。
俺はわずかに踵を地面に打ち付けて。直立の姿勢のまま膝を使わないで垂直に飛んでいた。ヘキサのサポートがあれば、訓練次第ではコレ位はどうにか出来るようになる。アイツのまだ知らないヘキサの持つ可能性の一つだ。初見では、この動きには対応できまい。その一瞬の虚を突く形で、折りたたむようにして膝を抱え込んで……。そんな俺の真下をカズマが通過しようとする瞬間を狙って。いっきに体を伸ばす!
ドゴォン!
無理やり空中で軌道を捻じ曲げられ、背中から地面に押し付けられる形で斜め下に突っ込んで。自分のパワーのせいでアスファルトに激突して、その表面をえぐりとりながらめり込んでいく。その反動を利用して俺は空に飛んで……。
──狙いはただ一点! ラストチャンス!
ヘルメットとスーツの接合部。強化スーツの構造上、どうしても強化しきれない場所。首と頭部のつなぎ目、延髄の部分。そこは、今まさに俺の右足の踵がめり込んだ部分だった。……手ごたえ十分。衝撃が綺麗に頭部を突き抜けて、カズマの頭がアゴの部分から地面にめり込んでいくのを感じていた。
──アバヨ。……悪く思うなよ、カズマ。
これで仕留めた。終った。……そう、思ってしまった。それが運の尽きだった。
──な!?
何者かに足首を掴まれた。それを理解した瞬間には、もう空中に力ずくで放り投げられた直後だった。訳が分からず混乱していた俺に、カズマがアスファルトもろとも土を吹き飛ばして突っ込んでくる。不味い。空中では回避できない。ヤバイ……。直撃コース!
ズドム!
回し蹴り。カズマが一番愛していた攻撃方法だった。全身の力を、ただ一点に収束させる。そんな美しいモーションで弧を描いて見せた足が……。まるで自分が一本の鞭のようになったかのようにしなりながら……。余計な力みを抜いて、必要最低限にしてこれが限界って程度の力をこめるのがコツだと笑いながら。いつも特注品の頑丈なサンドバックを『爆発』させてたっけか……。そんな蹴りの形をした凶器が。凶悪な威力を誇るカズマのフィニッシュブローが俺の体に綺麗に突き刺さって。次の瞬間には、背中の装甲ごと下の表皮までまとめて吹き飛ばしていた……。
──やられた。蹴り抜かれた。
一撃で戦闘不能に追い込まれた俺に更なる追撃が迫る。衝撃の大半が俺の背中を巻き込んでぶっ飛んでいったせいで俺自身が吹っ飛ぶことが許されなかったせいだろう。空にかち上げられた俺は、まだカズマの間合いの外に出ていなかった。
そこに追撃の連続蹴りが迫る。空中で上に、下に、右に、左にとまるでリフティングのボールの如き勢いで蹴り上げられ、一撃ごとに意識が吹っ飛びそうになりながら、次の瞬間には骨がきしむ程の衝撃で目が覚めていた。
「ジッエンドォ!」
頭から落ちて行こうとしていた俺に、とどめの一撃とばかりに。右手を大きく引いて、握りこぶしを作るカズマの姿が見えた。
ゴォン!
……頭蓋骨が空の彼方にまでブっ飛んでいったかと思ったぜ。……くっそぉ。流石に、もう動けねぇ。……全身が重い。スーツも、あちこちが火花を上げてるのが分かる。ヘルメットがあったら全身の状態異常のアラートで耳がおかしくなってたところだ。……そんな致命傷状態のスーツの挙動もかなり怪しい。何の力も入れてないのに、全身がビクンビクンと痙攣を繰り返していやがる。そんな衝撃で全身に激痛が蘇ってこようとしていた……。
「……イッテェ」
「まだ生きてるンすか」
ガシャ。俺は動くなよとばかりに盛大にへこんだ胸の部分を踏まれていた。
「僕の勝ちッスね」
「……ああ、お前の勝ちだ。クソッタレェ……
そんな俺の敗北を認める言葉にカズマはようやく満足したのかイエイとばかりにサムズアップして見せたのだった。