第四話
俺は下手を打って行方を絶ったカズマの馬鹿を救うため、組織の皆に無理を言って装備を貸し出してもらって、上の意向を無視する形で現場に駆けつけた。……それなのに、なぜか気がついたらカズマの大馬鹿野郎と戦っていた。
自分でも何を言ってるのか分からないが、何が起きているのかすらも分からない。
頭がどうにかなりそうだ。 催眠術か? アイツ、洗脳でもされたのか? ……いや、そんなチャチな話じゃない。そんなことはありえないはずだ。なぜなら、奴は完動状態のオクタを着て、俺に襲いかかってきたんだ。しかも、しつこいくらいに念入りな罠まで仕掛けて。
……最後には俺に向かって、いつもと変わらない口調で舐めた台詞まで吐いてみせやがったんだ。……つまり、俺のことを敵と間違えて攻撃しちゃいました、なんていうツマラン落ちじゃないってことだ。
「……なんのつもりだ、カズマ」
「なんのつもりだ~って……。もう、アンタにだって分かってるっショ?」
「わかってるって、何がだよ? こんなの、意味わかんねーよ! なんで助けに来た奴と戦わないといけないんだ! こんなの……。こんなの、わかる訳ないだろう! 俺は、お前を! カズマ! お前を! 助けに! 来たんだ!」
そんな俺の言葉にカズマはブハッって吹き出しやがった。
「……あーあ、すっとぼけちゃってまァ。……笑わせンなよ。いっちょまえに、悲劇のヒーロー気取りかョ。ああ? イイ子ちゃんぶってよォ……。カズマ、おまえを救いにきたんだーってぇ? あー、やだやだ。偽善の匂いがくっせー、くっせー。虫唾が走るゼ? オィィ?」
月明かりの下で対峙した俺達は……。頭部パーツこそ破損しているものの第六世代強化スーツ、通称ヘキサ型を装着した第三世代強化人間である俺と、先程までの戦闘でかなりのダメージを受けては居るだろうが、それでもまだまだ完動状態に近い第八世代強化スーツ、通称オクタ型を装着した第五世代強化人間であるカズマ……。そんな師弟関係、教官と教え子という関係でもある俺達は、何の因果か、こんなへんぴな場所で意味も分からずに対峙していた。
──いや、意味が分かってないのは俺だけなのか……?
奴は……。カズマはきっと意味が分かっているのだろう……。何故、俺と戦わなければならないのか。何故、こんなおかしな真似をしなくてはならなかったのかも……。
『ショウ君ってば、ヘルメット壊しちゃったのね』
そうミユキさんの声がカズマのスーツに備え付けられていたのだろう、外部スピーカーから聞こえてきた時、俺は色々な意味でハメられていた事に、嫌でも気がついてしまっていた。
「……ちょっと、ミユキさん。いくらなんでも冗談キツイんじゃないです?」
そんな俺の最後の抵抗に、ミユキさんは小さく笑いながら答えていた。
『フフッ。ゴメンね、ショウ君。私達、貴方に謝らないといけないことがあるの』
その奇妙に悪意を感じさせる、何やらこちらを小馬鹿にしたような話し方に、やけにイライラするものを感じながら。それでも俺は最後に謝ってくれる言葉を聞きたかったのかもしれない。でも、そこで聞かされた話は俺の予想をはるかに超えた代物だったんだ。
「なんです、謝りたいことって。……もしかしてカズマのミスの件です? 俺にあんな嘘を吹き込んで、こんな場所にまで引っ張りだした事? それとも、こんな場所でおかしくなったカズマと戦わないといけなくなった件?」
それを聞いたカズマは、もう辛抱できねぇとばかりに腹を抱えて笑っていた。
『実はねぇ。……今、君、脱走兵ってことになってるのよね』
その言葉は俺の鼓膜を震わせたけど、意味を理解させてくれなかった。
「だ、っそう……へい?」
『うん。しかも貴方、自分がメインでテストしてたヘキサの最新リビジョン着たまま、行方をくらましたってことになってのよねぇ……。困ったわぁ。ヘキサの細かい調整データの入ったUSBまで持って行かれちゃったしぃ……』
いささか旧世代型とはいえ、未だ十分に現役で通用するレベルの強化人間が、同程度に新しい……。現在のHEROSの正規採用型の強化スーツの最新のリビジョンを装着したまま逃走したって……。しかも、なんかデータまで持ち出して逃げたって事になってんのかよ。……なんで、そんなおかしなことになってんだ……?
「先輩、まだ分かんないンすか? 生贄の羊ってヤツっスよ。アンタ、スケープ・ゴートにされたんですヨ」
その言葉を理解出来ない俺にミユキさんが教えてくれる。
『スポンサー様の強~い意向ってヤツでね……。色々理由があって、どうしても貴方に犠牲になってもわないと、色々と収まらない事態になっちゃったのよ。……そのついでに、そろそろオクトの性能を見せろってうるさく言われちゃってねぇ……。まあ、そんな感じかな』
そんな感じって、どんな感じだよ。なんだよ、それ。訳分かんねーよ。肝心なトコ、適当にボカしてんじゃねーよ。ちゃんと教えろよ……。納得なんて……。出来るわけ……。
「安心してくださいヨ、先輩。ちゃ~んと、僕が教えてあげますヨ」
冥土の土産ってやつッス。そんな下らない理由ではあったが、自分が罠にはめられて殺されそうになってる理由を教えてもらえるっていうのは、色んな意味でありがたかったので、俺は黙ってカズマのご高説を拝聴することにした。
「事の起こりは、世界中にHEROSの類似組織が出来たことなんスよ」
「……そんなの、今に始まったこっちゃないだろ」
「そうなんスけどネ。でも、最近、怪物じみた人造人間ってあんまり居なくなったっショ?」
確かに、猫も杓子も改造して人造人間みたいな狂ってた時代に比べると、やたらと戦闘向けに……。人間の範囲から完全に逸脱した怪物になるように調整されたような、歩く規格外生物な人型兵器みたいなのに改造するのは、大分ブームも収まったって事なのか、すっかり下火になっていた。
というのも、HEROSが設立された直後……。まだシャドーが元気だった頃の話だが、あの頃には“彼”が現役で暴れまわっていたし、シャドーが壊滅して残党狩り状態に入っても、彼の人造人間狩りはずっと続いていたし……。彼が姿を消した頃には、すでに世界はX-DAYを迎えた後だったし、強化人間と強化スーツの組み合わせで並の人造人間と戦えるだけの陣容を、すでにHEROSは確保出来ていたのも大きかったんだと思う。シャドーの遺産を真っ先に手に入れて、それを活用出来ていたこともあったし、当初から彼の協力を得られて色々調べたりして基礎研究を先行して出来ていた事もあったからなのかもしれない。
「先輩。最近、ヤバイって感じるレベルの人造人間狩りました? そんなキツイの狩ってないっショ?」
まあ、確かに……。最近やりあった相手は、殆どが違法改造の犯罪者系の強化人間ばっかりだったけど。たまには、こないだの夜の公園みたいな人造人間崩れみたいなのも混ざってはいたけど……。確かに、殆どは怪物と呼べないような、常識内の改造レベルに留まっていた。
「それってちゃんと理由があるんスけど……。ソレ、分かってます?」
馬鹿にすんな。座学はちゃんと受けてらぁ。
「HEROSの支部があちこちに出来たのに加えて、類似の新興組織も自分たちなりの独自性をもって似たような事が出来るようになってきたから。つまり、狩る側、監視している側が取り合い状態に近い有様で、連中にとっては色々と締め付けがキツくなってきたから、そういった狩られる側の萎縮が始まったってことだろ?」
どれだけ戦闘特化な人造人間を作っても、作る端から狩られていくんじゃバカ高い金を費やして、やたらと高性能な怪物を生み出したりはしたくなくなるってことだろう。そんな訳で、最近の悪どもの最新トレンドは“ちょいワル”。あまりにも規格外で存在がばれるだけで追い回されるような見た目も力も怪物級なヤツはあえて作らずに、ありきたりな強化人間を中心に揃えて、むしろ質よりも数で押せみたいな? そんないささか日和った方向に進みつつあるらしい。……まあ、下手に凶悪化されて手が付けられなくなるよりも何百倍もマシな展開なので、まったくもって結構なことだと思うが。
「それが理由なんスよ」
「……はぁ?」
「まだ分かんないスか? 強い敵が居るから強い装備が必要になるんスョ。……先輩って、頭悪いけど、この程度の理屈なら流石に分かるっショ?」
頭悪いのは自覚してるけど、一言多いんだよ、お前は。
「強い敵が居るから。今の装備じゃ敵を倒せないから。普通に戦っても勝てないから。倒すのが無茶苦茶キツイから。……だから、新しい装備を作らなきゃいけないんス。そういう理屈で俺達は強化スーツをどんどんどんどんどん……。こうして延々、第八世代にまでバージョンアップさせてきた訳ですヨ」
自分の装備を指さしながら。
「そのおかげで、ようやく僕の担当してたオクタが次の正規採用型に決まったんスけどね」
見て下さいヨ。コレが次の正規装備品。完成品のオクタっス。無限の可能性を内包するってんで、無限大を意味するインフィニティなんて洒落た正規コードを付けてもらいました! そう黒い……。全身真っ黒なスーツ姿のカズマに、俺は小さく笑みを浮かべていた。
「ようやくネオンキラキラ路線が間違ってたって気がついてくれたか」
玩具とかアニメとかゲームにするのには些か向むいてない地味で実用的過ぎるデザインだが、現場の人間にとっては大変結構なことじゃないかと思う。……おそらくは、俺はもう着ることはないんだろうが。……まあ、オクタはテスト段階からかなり良いスーツだったからな。インフィニティなんて変な名前で呼ばれるのも、あながち間違っちゃいないと思う。……うん。悪くないセンスだと思うぞ。
『ただし、今の主だった犯罪者の脅威レベルと比較すると、オクタ……。インフって明らかにオーバースペックだし、セットあたりのコストがかかりすぎるって意見も多いのよね。現実問題として、今の正規採用型のヘキサでも十分対応できてるって実績もあるから。まだ次世代スーツは必要ないんじゃないかって声も根強いのよねぇ……。誰かさんのせいで』
そう最後にイヤミったらしく付け加えられた言葉に、カズマも『同意』とばかりにウンウンとうなづいて見せていた。
「先輩が、そんな骨董品レベルのポンコツボディなくせに、無理してヘキサなんか着て敵に勝っちゃうもんだから……。そんな馬鹿な真似するから、今のままでも十分っショとか言われちゃうんですヨ。……オクタ開発チームの一員として、先輩の考えなしの馬鹿さ加減に猛省を促したいトコっすネ。余計な真似しやがって的な意味で」
まあ、そういうことね。そうミユキさんが同意してみせたことで、どうやら俺の奮闘のせいでヘキサからオクタへの世代交代が上手く進まなくなっていると言われているらしい事は察することは出来ていた。……察することだけだ。理解なんて、出来ないけどな。
「つまりお前らはヘキサを、どうにかしてオクタに置き換えたいのか」
「あー……。心配ご無用っス。そっちの方はもう大丈夫っスから。ほっといてもすぐに置き換わるっショ。……なにしろ、どっかの熱血馬鹿が、誰にそそのかされたのかは知らないけど、ヘキサの最新型着て、実験データまで盗んでHEROSから逃げたらしいし?」
つまり、それが俺の役どころってことか。
『データがよそに流出して、弱点とかが丸裸になっちゃったスーツをいつまでも現場で使い続ける訳にもいかないから……。我らが組織が誇るチビっ子達の英雄“ヒーロー”を死なせないためにも、ちょっとくらいコストが高いからって、いちいちオーバースペックだの何だのと、くだらない事を言ってる場合じゃないのよね。……それに、折角、こうしてオーバースペック級の性能がある最新型を開発したんだもの。使ってくれないと寂しいじゃない?』
人の努力と苦労を無駄にされるのが一番ムカつくのよね~。そんなミユキさんの素直過ぎる声に、俺は笑い出したい衝動を感じながら。それでもどうにかこうにか答えていた。
「それがスポンサー様とやらの意向でもあったわけだ」
HEROSの裏にはオモチャ屋とかテレビ屋だけじゃない。その向こうには装備品の調達を担当してる死の商人どもが雁首を並べてる事は考えるまでもない。そいつらにとっては、いつまでも旧式のヘキサを使われてても儲けにならないから、さっさと高い方のオクタに……。インフィニティとやらに正規装備を置き換えて欲しいわけだ。
「スポンサー様はほくほく顔で大満足。開発チームも研究成果を無駄にされなくて大満足。僕もお気に入りのオクタをこれからも使い続ける事が出来そうで大満足。ちびっこ達もマンネリ化してたアニメとかゲームに新しいスーツをきたヒーローが出てきてくれて大満足。玩具業界も新しい世代のヒーローがようやく出てきてくれて大満足。みんながニコニコ、徳をして誰も損をしてない。たったひとつの冴えたやりかたってヤツっス!」
だから、先輩。ここで大人しく僕に狩られて死んじゃって下さいね。そうニッコリ笑って(いや、顔は見えてないんだが、多分笑ってたんじゃないかと思う)言い放ちやがったクソ馬鹿野郎に、俺は大声で文句をつけていた。
「俺はどうなるんだ!」
「そんなの、ここで戦って散って、僕の経験値にでもなって満足しといてくださいヨ」
「ふざけんな!」
『貴方の経験データは惜しいけど、インフを着たカズマ君にデータを蓄積させるほうが何百倍も重要度が高いのよね~』
なんだ、そりゃ。
「前と言ってること、ぜんぜん違うじゃねぇか!」
「負け犬の遠吠えは見苦しいっスよ、先輩。それに、振られた女をいつまでも追いかけるモンじゃないッス」
そんな言葉とともに唐突に繰り出される直蹴りを、俺は真横に飛んでかわす。……何だ今の。ろくに助走もなしに突っ込んできたぞ。
『まあ、貴方とは色々とあったけど、こんな別れ方になってしまって悲しいわ。これまで楽しかったわね。ショウ君。貴方との日々は良い思い出になったわ。……バイバイ』
そんな勝手な言い草を口にするミユキさんに呆れていいのやら怒るべきなのやら……。
「身勝手過ぎだろ!」
『……そうね。自覚はしてるわ。だから身勝手ついでに言っておくわね』
少しだけ間をあけて。
『全力で戦って良いわよ。必死になった貴方がどれだけ戦えるのか、それをカズマ君に見せてあげて。……そんな旧式のボディと型遅れのスーツを着たヒーローが、どこまで最新型のヒーローに太刀打ちできるのか。それを私も見てみたいから。……貴方の経験値が性能差をどこかでひっくり返せるのか、それを期待しないで待っておくわ』
そんなミユキさんの最後の台詞だと分かっていたから、俺もカズマの攻撃から逃げ回りながら必死に答えていたのかもしれない。
「じゃあ、俺が勝ったらどうするよ!?」
そんな俺の言葉にミユキさんも笑って答える。
『まあ、ありえないけど。万が一、貴方が勝ったら……。そうね……。どうしよっかな』
何なら貴方と寝てあげても良いけど、それじゃいまいち興醒めよね。そんな言葉が聞こえた後に、ミユキさんは至って真面目な声で俺の問いに答えていた。
『貴方が勝ったら、殺されてあげる』
それはこの戦いに自分の命も賭けるという意思表明でもあったのだろう。
『私が憎いなら、死ぬ気になって頑張りなさい。……じゃあね』
そう言い残してマイクをオフにしたミユキさんにカズマも笑っていた。
「コエエェ。ヤンデレっスよ。ヤンデレ。先輩もトンデモネェ女に見込まれたモンっスね」
そんなカズマの苦笑に、俺も「そうだな」とだけ答えたのだった。