第三話
月明かりをお供にバイクを延々と走らせること四時間と少し。俺はようやくカズマが消息を経った山奥の廃工場跡地にたどり着いていた。
「すげぇトコだなぁ」
夜目には少しゴツイ外見のライダースーツに見えるだろうからって強化スーツ着て、スーツのマップ機能とかナビゲート使ったお陰で、こんなへんぴな……。それこそ、周囲が木だらけで森に飲み込まれた風に見える廃墟にだって辿りつけたんだと思う。
「……とりあえず、この先に“何か”があるのは間違いないみたいだけど……」
スーツの解析機能とか駆使すれば、ただの土がむき出しになった獣道同然の道であっても、その上に残された車とかトラックとかのタイヤの跡とかも月明かりがあれば読み取れる。そんな中にはカズマのバイクのタイヤ痕も含まれていた。
「さてっと……」
ここからが正念場だな……。バイクを適当に枝とか葉っぱとかでカモフラージュして物陰に隠すと、そこからは徒歩で移動を開始する。ホントはこのままスーツを低出力モードにしたままネオンサイン(電飾のことだ)をオフにしておきたいんだけど……。何故か、このスーツって通常モードだと電飾を消すことが出来なくなるんだよな……。なんで、こんな変な縛りがついてんだか意味分かんないんだけど!
カチッ。
そっと足音を立てないように廃墟に近づきながら。物影になっている場所にまで入り込むと、そこで一旦足を止めてヘルメットの視界を暗視モードに切り替える。そんな俺の目に、それまで闇に飲み込まれていた廃墟の姿が、まるで緑色の空間に包まれているかのように浮かび上がって見えてきていた。
……おもってたよりもずっとデカイ。これなら確かに地下に何があっても気が付かないかもしれないなぁ……。
ミユキさんから貰ったデータを参考にして、カズマが辿っただろう侵入ルートを想定して、その辺りを調べてみたら、アイツのバイクこそ周囲に見えなかったけどタイヤ痕が不自然に消えてる場所や、アイツのスーツ……。オクタの特徴的な足跡も幾つか見つけることが出来ていた。どうやら、ここから入っていったのは間違いなさそうだが……。
──この周囲に人造人間もいるかも知れないのかよ……。今更だけど、こんなクソ面倒な救出任務、志願するんじゃなかったかもな! チクショー!
そう小さくヘルメットの中でため息をついた俺の耳に、その時、僅かに機械が立てるような音らしきもの聞こえてきていた。……何だろう、何かが……。機械のようなものが鳴動しているというよりも……。何かしら、小さな……。それこそ俺たちみたいな強化人間でないと聞き取れないくらい小さな、話し声にも似た声が……。これは……。
──通信機か?
何かしら地下で『話し声』らしきものを響かせている物体があるようだった。もしかすると誰かが落としたレシーバーのようなものが、その場所に落ちたままになっているのかもしれない? そんな手がかりの予感を掴んだ俺は、慎重に……。音響センサーの3Dイコライザーの向きの他にも動体センサー、熱量センサーの数値に意識を向けたまま、ゆっくりと廃墟の地下に忍び込んでいったんだが……。
……ガッガガッガガガッ。……ザザザザ……。ちら……。応と……。
イヤホンから聞こえてくる程度の音量とはいえ、この大きさからして、さほど離れては居ないはずなんだが……。そう思いながら時々聞こえてくる声らしき物の混ざっているノイズ音をセンサー類を頼りに探していた俺の視界に、その床の隅の方に折り重なるようにして山積みになっていた瓦礫の隙間に隠すようにして置かれていた、小さな雑音と声の混ざったノイズを撒き散らかしているレシーバーらしき物体が見えてきていた。
──罠、か?
多分、直感……。第六感の囁きか何かだったんだと思う。思わず手に取りそうになった俺は咄嗟のところでソレを思い留まっていた。
コレを誰かが隠したのだとすると、ある意味相応しい隠し場所ではあるのかもしれない。だが……。こんな場所に偶然に置くのはちょっと難しくないだろうか。こんな瓦礫の隙間といった妙な位置に、隙間にねじ込むようにして置かれていた事が、少しばかり気になっていたのかもしれない。……第一、このサイズからして、そんなに長い時間電源を入れっぱなしにしておけるような物ではないように思うのだが。……そう考えると、これはやっぱりカズマが『ここに偶然、落とした』あるいは『あえて、ここに落とした』もしくは『狙って、ここに隠した』といったパターンあたりの可能性が高いのではないだろうか。
──でも、なんで、こんな所に?
何というか……。不自然なんだよな。カズマが落としたんだとすると、こんな標準装備にないようなレシーバーを個人的に持ち込んで何に使ってたのかって疑問が出てくるし、カズマのじゃないとするとコレは誰のなんだって部分が気になってしまう。……そもそも、これは何処に通じているんだ? ……たまにつながってる相手は、なんだか繰り返しこっちに応答しろって言い続けてるみたいだけど……。
──知らない声、だよな……?
何かあまりにも不自然だった。そう思えたせいか、俺は慎重にレシーバーの周囲に落とし穴や各種トラップの類がないかどうかを観察しながら近づいていたのだが、少なくとも周囲には何も仕掛けはないようだった。とりあえず手がかりになりそうな品なのは確かだったし、何処につながっているのかも少し気になっていたのもあったんだと思う。俺は慎重に周囲を警戒しながら、そのレシーバーを取ろうと手にとったのだが……。
「ザッザザザッ……。こちら……。ザザッ……ザザザッ。……くりかぇ……。ぉぅとぅ、ザザザザッ……。応答……。ザザザザザザッ」
こんなノイズだらけの状態ではまともに会話するのも難しそうだ。……しかし、何かしら応答を求めている相手とつながっている状態を維持出来ているのも事実。……となると、これに話しかけ見た方が良いのだろうか。それとも……。そう少しだけ考えこんでしまった俺は、すでに敵の術中にはまってしまっていたのかもしれない。
「ザ……。ザザ……。ザ……。こちら指揮車のオキタだ! チームα、β、Δ。誰でも良い。この声が聞こえたヤツは応答してくれ!」
その時、突如としてレシーバーの音声に混ざっていたノイズが消えていって通信状態が回復していた。それを聞いた俺は、思わず耳にレシーバーを押し当ててしまっていた。
カッ!
ヘルメットに押し当てたレシーバーの耳あての部分が盛大に吹っ飛んだのは、その瞬間の事だった。周囲の環境にトラップが仕掛けられていないか散々怪しんでいたのに、肝心のレシーバーのことを大して警戒してなかったのだから、間抜けといえば間抜け過ぎる話だった。
その爆発は随分と指向性が強い代物だったらしく、内側に向けて吹っ飛んだ爆発物は思い切り俺の頭をふっ飛ばしていた。……不意打ちで頭を思い切りツルハシか何かでぶん殴れたかのような衝撃とダメージを受けた俺は、思わず意識を飛ばしかけていた。それほどのダメージだったんだとおもう。次の瞬間には視界に盛大にノイズが走り、各種センサー類が致命的なダメージを受けたせいで次々にショートを起こしていく。数秒後にはヘルメット内部のスクリーンの映像も駄目になっていた。
地面に激突するように倒れこんだ俺は、ただの金属のかぶりものになってしまったヘルメットをむしりとるようにして外すと、四つん這いになったまま煙たさに咳き込みながらも、必死になって逃げ出そうと足掻いていた。そんな隙だらけな俺のことを“敵”が見逃してくれるはずもなかったのだろう。
俺のまだ耳鳴りが収まっていない耳にかろうじで聞き取れた音は、通路の奥……。闇の中から何か、ひどく特徴的な足音を響かせながら何者かが駆け寄ってきている音だった。
──やばい! やばい! やばい! やばい!
頭の中では盛大にレッドアラートが鳴り響いているのに、耳が馬鹿になった状態で急に闇の中に放り出された俺は、完全に現在位置も見失っていたし、敵の位置も方向も見失ってしまっていた。かくなる上は三十六計逃げるに如かず。とにかく逃げて外と出ないと……。そう、必死に手足を動かしていた俺に、ソイツは悠々と追いつけたのだと思う。
気がついた時には脇腹のあたりに猛烈な勢いで蹴りが叩きこまれていた。ただし、こっちも何も警戒していなかった訳でもなく、いつ攻撃が来ても良いように、攻撃される覚悟だけは決めていたんだ。たとえ、不意打ち同然の一撃だったとはいえ、真横に“何か”が迫ってきたのは知覚出来ていたし、その攻撃もある意味、想定していた一撃ではあったんだと思う。
自分の間横に立たれた時点で上半身の攻撃が降ってくるのは不自然な勢いと急停止ぶりだったし、自分がこんな勢いで敵に突っ込んで真横で急停止したら、次に何をするかは無意識の内にシミュレートしてた中にあったんだろうな。
蹴りを食らった事に気がつくのは若干遅れたけども、衝撃そのものは胴体に攻撃がめり込んだ瞬間に脊髄反射的な動きで反対側に逃がす事に成功していたし、それのお陰もあって被ダメージは最低限に抑えこむ事に成功していた。
……もっとも、それでも体の中心まで衝撃が突き抜けたし、背骨がこのままへし折られるかと思ったけどな……。
「くそっ、よりにもよって、こんなときに……」
ゲホッゲホッゲホッ。喉にはいった砂埃か何かよくわからない何かのせいで思い切り咳き込みながら、それでも俺は頭だけは冷えたまま、おおよその位置を脳裏に描き出していた。レシーバーのあったあたりの入り口からの距離、それまでに歩いてきた地形や、それまでに見てきた建物内の地形……。脳裏の地図に、そこから吹っ飛ばされて蹴り飛ばされたおおよその距離を書き足していって。……距離はまだだいぶあるものの、方向そのものは悪くないはず……。こっちにはアレがあったはずだ。
──何処行きやがった……。
まだ動きのあやしい足を必死に動かしながら、俺はどうにかこうにか目的の方向に進んで、突き当りの壁に手を触れる事の出来る位置にまで進んでいた。だが、そこで壁に背を預けるようにして向き直った背後には、すでに“敵”の気配はなく……。
──何処に居る……?
さっきはすぐ側にまで来ていたんだ。この周囲のどこかに潜んでいるのは間違いないはずなのだが……。ほとんど遮蔽物はなかったはずだから、どこかの部屋の内側に潜んでこちらを見ていると思うんだが、どこにも敵の姿は見えなかった。……無音暗殺術か……? もしかして、普通の人間か何かだった? だったらこっちが普通の体じゃない相手だとさっきの蹴りで気がついて退散した可能性もあるが……。いや、それはない。たとえ、ヤツがただの人間だったとしても、このまま諦めるはずがないし、あのパワーは人間なんかじゃ成し得ない代物だった。だから、居る。すぐ近くに……。どこかから、こちらを仕留めてやろうと手ぐすねを引いてるはずだ。
──静かだ……。自分の呼吸音すらうるさく感じるほどに……。
だんだんと目が闇に慣れてくるのを、敵がこのまま黙って見逃すとも思えないのだが。そんな俺の脳裏に『目が闇に慣れてくるのを、敵が待っている』というフレーズが浮かんだ。次の瞬間、俺は目をギュっとつむって。パン!と音が聞こえるほどの勢いで両手で耳を塞いで。亀のように体を丸めていた。
ぱぁぁあああああぁぁぁああぁぁん!!!
やはり思った通りだった。俺が亀のポーズをとる瞬間と前後するようにして、直ぐ目の前の空間あたりで凄まじい閃光と轟音が炸裂していた。闇をほんの数秒間だけ廃墟内から叩き出し、静寂を轟音によって響き割っていた。……音響閃光手榴弾。スタングレネードだ。そして、この炸裂の仕方からして、想定される中でもっとも可能性の高い敵の位置は……。
──甘ェんだよ!
スタングレネードは作動から炸裂まで、大抵の場合にはほんの数秒足らず。直ぐ目の前の部屋の扉などの隙間から投入した直後に、敵に何の備えもさせることなく炸裂させる。そういった投擲後、即炸裂な類のショック爆弾なのだ。それなのに、コチラに向かって何者かが投擲などを行った気配はなかった。……となると、恐らくは空中で炸裂させたのだろうから、場所は必然として一つに絞られていた。
「がぁあああぁ!」
丸まっていた体勢から全身のバネを使うようにして。足の下でコンクリートが粉状に砕けながら足の形にめり込んでいくのを、まるでスローモーションのように感じながら……。パワーアシストを全開にして、思い切り伸び上がり……。その勢いを腕に乗せる形で。俺は砲弾か何かをイメージしながら、自分自身を真上に向かって“発射”していた。
ズドン!
伸ばした右腕の先に。ちょうど腕が伸びきるような理想的な位置に。全ての力が最高の形で叩きつけられる作用点の位置に。ソイツは床に丸まっていた俺に襲いかかるべく、天井から落下してきていて……。まさに理想形だった。空中に居たせいで、回避も出来ず、防御も間に合わず。それどころか綺麗にカウンターが決まる様な形で。最高の形で俺の右腕はヤツのどてっ腹にメリ込んでいた。……だが。
──なんだ、この感触……。
その右腕から伝わってくるのは、これまで感じたこともない……。やけに違和感のある異様な感触だった。硬いはずなのに、やけに柔らかいような。不気味で気持ちの悪い。その未知の感覚に、俺は全身が粟立つのを感じていて。……それと同時に、とてつもないレベルの危険信号を感じ取っていたのかもしれない。
重力に引かれて落下していきそうになる前に。天井方向に向かって押し上げられる勢いがまだ残っている間に右手を伸ばして。空中の敵をつかまえると、そのまま力づくで引き寄せながら膝を叩きつけて。……無論、空中でいくら殴ってもろくにダメージなんて通らない。本命は、ほんの数秒後にやってきていた。
膝を叩きつけたことで空中で無理やり互いの位置を入れ替えていた。そんな俺の狙い通りというべきか。中途半端に位置関係の変わっていた俺達は、絡み合う形でコンクリートの地面に落下……。いや、激突というべきかもしれんな。凄まじい勢いで叩きつけられていた。そんな俺の膝の下にはヤツの体があって。うまい具合に二人分の体重とスーツ……。そう、奴は強化スーツらしき物を装着していた。その金属の塊、計二人分の超重量を膝の一点で叩きつけられる形で。しかも硬い床とプレスされる形で叩きこまれていた。
これを食らって無事なヤツなんているはずもない。普通の奴なら良くて重症。悪くて即死ってトコだ。……無論、普通のヤツならって条件だがな。
俺は舞い上がる埃の中で、流石にまだ動けないでいるヤツの足を無我夢中のうちに両手で掴むと、全力でぶん回して……。ジャイアントスイングの要領で盛大に勢いをつけてやると、進行方向と決めていた壁に向かって勢い良く叩きつけていた。その衝撃でだいぶガタがきていたのだろうコンクリートの壁はあっけなく突き破られて、ヤツを盛大に瓦礫で覆い隠してしまっていた。
──どうせ、まだ死んじゃいないだろう。
なんとなくだが、そんな気がしていた。俺はまた闇の中に引きずり込まれるのを嫌って、ヤツが再び動き出す前に月明かりの下に飛び出していた。スーツの性能によるものか。ほんの数歩、空中を陸上の三段跳びの要領で蹴って。俺は廃工場の元駐車スペース、現在はあちらこちらがひび割れ、雑草が生え放題になっている広場へと飛び出していた。
ガラガラガラ……。
そんな俺の背後に瓦礫の山が崩れる音が響いて……。やっぱりな。口元に苦笑すら浮かんでくる。こんな時だけ勘ってヤツはよく当たるんだ。特に悪い予感ってヤツはな……。そんな俺の背後では、予想通り瓦礫の下からヤツが……。さっきぶん投げてやった“敵”が姿を見せていた。だが、その姿は……。
「なん、だと……」
そこにいたのは多少薄汚れてはいたものの、やたらと見覚えのあるシルエットで……。
「酷いっすヨ。先輩。本気で僕のこと殺そうとしたっショ。今」
叩きつけた時に首でも捻ったのか、右手を肩のあたりに当てながら。首をグキグキと左右に振りながら。そう、舐めた台詞を吐いたのは、やっぱり聞き覚えのある声で。……いや、聞き覚えなんてレベルの話じゃない。この声は……。あのシルエットは……。
「な、なんで……。なんで、お前が俺におそいかかってくるんだ!」
敵が。“奴”が。ヘルメットの下で“アイツ”が。カズマのヤツがニタリと笑った。それが何故だか分ってしまっていた。