第一話
子供の頃、ヒーローって奴に憧れてた。
バイクに乗ったりして、変身したりして、悪い奴と戦うんだ。
カッコイイなぁ。俺もあんな風になりたいなぁって。
……そう無邪気に考えてたんだけどな。
【ショウ君。もうすぐターゲットが現れるわよ。準備は良い?(y/n)】
視界の隅に設置された指示欄にチャット形式で指示が表示される。僅かな物音も立ててはならない時には、こういったアナクロな通話手段が便利なんだ。それに答える側が物音を立てては意味がないので、こっちも動かなくて良いように脳波を利用した思考制御インターフェースで了解、『y』の返事を返す。
……まあ、ご大層に思考制御なんて格好良い名前で呼んでいるが、それを使って出来る事なんて、せいぜい上下左右の四方向を意識して矢印を選択する程度の事なんだけどな。でも、この『考えるだけで4つの操作が出来る』って奴は、使い所によってはやたらと便利だったりするんだぜ?
【ターゲット停止。しばらく様子を見るから、そこで待機しててね。指示があるまで動いちゃ駄目よ。おっけ?(y/n)】
はいはい、わかってますよ。ミユキさん。
そう考えながら、俺は半ば無意識の操作で『y』の返事を返した。
……無音だ。夜の公園。人通りはない。この辺りは夜の二時を過ぎると途端に人通りがなくなる。以前には公園を根城にしていた人も何人か居たらしいのだけど、最近はそういった人達のダンボールハウスも綺麗に撤去されてしまったみたいだな。お陰で、こんな時間には人っ子一人いなくなっていた。
そんな無人の夜の公園には、物陰に潜んでじっとしてる無茶苦茶怪しい黒尽くめな胡散臭い影が一人。……いや、俺のことなんだけど。
【ターゲットが移動を再開。そろそろ公園に入ると思うからスーツのスタンバイ、解除しといてね(y/n)】
その指示を受けた俺は無言のままに『y』を返すと、決められたとおりの手順で矢印を操作して状態をスタンバイから起動モードに移行させる。これまで体を動かす事すら億劫なほどに重苦しかった強化スーツが途端に重さをなくしていって……。それこそ何も着ていないような軽さに変わり、次の瞬間には体の重さすら殆ど感じなくなっていた。
──パワーアシスト:ON。
視界の隅に、そんな赤いシステムメッセージが流れていくのが見えたかと思うと、真っ暗な公園の木陰に座り込んで夜の闇に溶け込んでいた俺の全身が、あちこちに仕込まれている小さな電飾に明かりが浮かび上がっていく。……通常モードにスーツを移行させたら、こんな風にド派手なクリスマスツリー状態になってしまうのだから、もう闇に潜んでる意味もないのだろう。必然としてこんな場所に隠れてる意味も、すでになくなってしまっていた。
後片付けの人達の事まで考えてしまったせいか、植木やベンチなどを壊してしまわないようにゆっくりと夜の公園の照明の下に歩み出た俺の視界の隅に、何かに追われるようにして公園の中に駆け込んできた一人の男の姿が見えていた。その男は背後を気にしながらも右手で左肩を押さえているようで、その部分は何やら黒っぽい色で汚れている。
「ケガでもしたのかい。オッサン」
そう声をかけてハンドサインで「チャオ」とやって見せた俺の存在に、そいつはようやく気がついたのかもしれない。生体センサーの方の“目”で周囲を見るのに慣れすぎてたせいで、そういった生体レーダー関連にやたらと高いステルス性を誇る強化スーツを着てる俺のことが見えてなかったのかもな。何かに弾かれたようにして、すごい勢いで背後を振り向くと、目をギョッとした風に見開いて。次の瞬間には、恐らくは無意識の行動なのだろうが、一歩足を後ろに引いていた。
……半身の構えって奴か。いつでも逃げ出せるようにって感じだな。
そんなオッサンの背後から、サイレンサーの付いた銃で武装した、いかつい黒尽くめの集団、通称“追込隊”の皆がワラワラと足音もほとんど響かせないで現れていた。
「前門の虎、後門の狼ってトコだな」
俺は孤高の虎。連中は狼の群れってトコだ。……さあ、どっちを選ぶ?
「これまでか……」
何かを覚悟したらしい。オッサンは、俺との戦いを選んだらしく、背後の連中をガン無視して俺の方に向き直っていた。
「……いい度胸じゃねーの」
ホント、いい覚悟っていうか、無謀っていうか、考えなしっていうか……? ん~。この状況で連中に背を向けるのは……。流石に、どーかと思うぜ? オッサンよぉ。
──まあ、いいか。……やれ。
俺の脳波による合図(例の矢印キーの操作で【支援要請】を選択した)で、扇状にオッサンを半包囲していた連中が一斉に銃を乱射する。もちろん、そんな真似をすれば眼の前に居る俺にだって何発か流れ弾が当たる事になるが……。まあ、ゼロ距離ならともかくとして、これだけ距離が空いている状態で、このスーツにあの程度の口径の弾なんて通じる訳がない。
こういう展開を予測出来てなかったのか、オッサンは不意打ち同然に、まともに全身で銃弾を浴びてしまっていた。仰け反って、ガハァって血を吐いて……。そんな隙だらけな姿を晒されて見逃してやれるほど俺は優しくはないし、正々堂々に拘るほど自信家でもなかった。
遠慮無く、隙を突かせて貰うぜ……?
ドン!
次の瞬間、渾身の力をこめた俺の一撃が決まっていた。のけぞっていたオッサンのドテッ腹を、あっけなく俺の腕は肘のあたりまで突き破っていた。
【ターゲットのバイタル消失を確認。周辺環境の破壊もごく軽微。……百点満点ね。よくやってくれたわ。ショウ君】
こうして俺の『仕事』は終わった。
◇◆◇◆◇◆◇
秘密結社とヒーロー。
そんな日陰者であるはずの存在が歴史の表舞台に出てきてしまったのは、最初のヒーローが生まれてから数年が経った頃の事だった。
最初のヒーロー……。今や悲劇の復讐者、あるいは始まりの日の犠牲者などとも呼ばれているらしいが、そんな男は“闇に舞う鷹”をシンボルに掲げた秘密組織、通称“シャドー”の名で呼ばれていた犯罪秘密結社……。平たく言えば闇のカルト組織って奴によって生み出された“生物兵器”ってヤツの一人だった。
……冗談に聞こえるだろ? だけど、冗談でも何でもなく、トチ狂ったマッド・サイエンティストを山のように抱えていた犯罪組織がカルト集団化して、トンでもない怪物を生み出すのに成功しちまってたんだ。
そんな生物兵器の正式名称は“人造人間”。人の狂気と化学の力によって生み出された、人でありながら人ならざる存在。人の手によって生み出された、人の姿をした人でない生き物。それが人造人間って名前の“生物兵器”だった。
……人の姿をした兵器って、どんな代物か、想像つかねぇだろ? 一見した所、見た目は普通の人の姿をしているんだ。だから、人の中に紛れ込まれたら見分けがつかなくて、何処にでも体一つで侵入できる……。でも、そんなヤツが化け物としての本性を表したら? そのとき、目の前の人間が、怪物の姿に変わるんだ。そんな“変身能力”を備えた人間。それがシャドーの生み出した生物兵器の正体だった。
人の言葉を解し、人の言葉を話し、そして人と何ら変わらない“心”をも持った……。人でない外見の、化け物。それがシャドーの生み出した最強の怪物。人造人間って名前の……。人の形をした“兵器”だったんだ。
そんな化け物の存在を信じようともせず『秘密結社に人造人間だと!? 何を馬鹿なことを口走っとる! お前ら、頭の方は大丈夫か!? いっぺん病院にでも行って、頭の中身が入ってるかどうか診てもらってこい!』などと笑い声を上げて。目の前に連れて来られた鎖でぐるぐる巻きにされた“生き証人”を指をさしながら。そうやって、腹を抱えて笑って馬鹿にしていた連中を前に、その男は……。人類最初のヒーローと呼ばれる事になる男は、自らを縛っていた鎖を引き千切りながら、その本性をあらわにして見せていた。
人の形をした、ヒトならざる生き物。その異形の姿を……。生中継のカメラが入ってる状態の中で……。中央議会の会場を埋め尽くした頭のお固い古臭いヒューマン達の目に自らの力と脅威を焼き付けんとするかのごとく、議員のジジイどもの目の前で……。テレビカメラの向こうで口を開けて馬鹿みたいに呆けている事しか出来なくなった大勢の視聴者達の目に、自分という証拠を突きつけるかのようにして……。論より証拠、百の言葉よりも一の事実とばかりに。……平和ぼけして危険を嗅ぎ分ける嗅覚が退化していた連中の目の前で、実際に“変身”してみせたんだ。
──これでちったぁ人造人間の怖さが分かったか? 頭の硬いヒューマノイドども。
そう耳障りな声でマイクを片手に嘲りの声を投げかけてくるヒトとヒトならざるモノの混ざったような醜い姿を晒した“怪物”によって、その脅威は人々に広く知られる事になり……。対人造人間向けの特殊武装組織、通称“HEROS”が正式な形で立ち上げられる様になるまでには、さほどの時間はかからなかった……。
「たった一人の、ヒーロー……」
中庭に腕を組んで立つ、見る者を威圧する醜い人型の怪物を象った銅像……。形だけは歪な人のシルエットをした、明らかに人でない存在の生き物。それは、世界で最初の“ヒーロー”と呼ばれる事になった男だった。
この世界に人造人間という全く新しい概念による脅威の存在を……。自分のような“怪物”の存在を知らしめ、そんな化け物を生み出せる組織の存在を……。その底知れない不気味さと恐怖と脅威を思い知らせてくれた偉大な存在だった。
……そんな彼の後継者、HEROSの戦闘員という立場にある俺たちにとっては、もはや英雄と呼ぶべき存在のはずなんだが……。何故だか、そんな英雄様は名前すら記録上には残されていなかった。
それを本人が望んだからという単純な理由で対外的には説明はされているが……。余りにも不自然だった。でも、どれだけ不自然であっても客観的に見れば事実は事実でしかなく。お陰で彼は記録上は何処にも存在していない、俺たちの記憶の上にしか存在していない様な、神秘と謎に包まれた英雄で……。しかし、その活躍を知らない者は誰も居ない。そんなおかしな存在になってしまっていたのだが……。
そんな“彼”は、自らを人でない存在に変えた組織が壊滅した頃に……。色々なことに絶望してしまったのか、自らの意思で姿を消してしまっていた。
……きっと、彼は自分を改造した秘密結社さえ叩き潰せば全てが終わってくれると信じていたんだと思う。だが、彼は色々とやり過ぎてしまったのだろう。自らの体を積極的に調べさせていたし、改造人間の情報だってアチコチから集めさせていた。自分の体を調べさせて、分析させて、解析させて……。人造人間の情報を色々と提供していた。
そうやって、“敵”との戦いを少しでも有利になるように……。人に擬態出来るという絶対的なアドバンテージを確保していた秘密結社側の優位点を叩き潰し、出来るだけ自分の味方した側に被害が出ないように努力しながらも、自らが常に先頭に立ちながら……。戦って、戦って、戦って……。
「たった一人のヒーローってか……」
人類は、そんなたったひとりの人造人間と武装集団の協力でもって、世界を侵食し始めていた秘密結社の怪物たちを残らず狩り尽くし、殺し尽くした。そして、無数の関連組織、その全ての枝葉に至るまで……。敵対していた秘密組織を情け容赦なく壊滅させることに成功したのだが……。そんな秘密結社との戦いの果てに彼を待っていたのは……。深い、深い、底なしの絶望だけだったのかもしれない。
──このまま失われるのは、ちょっと惜しいよなぁ……。
何処の世界にも馬鹿って奴はいるんだろう。そんな愚かな人間の“欲”は、忌まわしい技術の継承と秘匿を選ばせ、避けられなかった運命として流出の日……。X-DAYを呼ぶ事となった……。今や、世界中に人造人間関連の組織が乱立してしまっているし、変身に関する技術も世の中に溢れかえってしまっている有様だ……。
──そりゃ虚しくもなるよな……。こうならないために頑張ってたはずなのに。これじゃ何のために命がけで頑張ってたんだか、分かんなくなっただろうし……。
あの日から、俺達HEROSは忌まわしいシャドーの残影、残りカスとでも言うべきものと戦い続ける運命を背負わされてしまったのかもしれない。そして、そんな俺達の隣に、もう“彼”は居ない……。
「……こんな所にいたの」
「ミユキさん」
「整備のマコト君に聞いたら、貴方のことだから、きっとココに居るだろうって」
ホントに居たわね。そんな目で見られた俺は思わず苦笑を浮かべてしまっていた。
「好きなんですよ。ここ」
世界最初の英雄。俺たちヒーローのシンボル。
「……彼、か」
ミユキさんは、銅像を見上げて目を細めていた。その眩しい物を見上げるような目は、何を見ているんだろう……。
「ミユキさんは、彼のことを知ってるんですよね?」
「え? ……ええ。私がココに配属になったばかりの頃には、まだ彼は現役だったから」
「彼って、どんな人だったんですか」
「……そうねぇ……。とにかく容赦がないって印象が強いかなぁ……」
「容赦が、ない……?」
なんだか俺の中のイメージとは違うなぁ。
「人造人間をとにかく憎んでいてね……。絶対に存在を許しちゃ駄目なんだって。連中を皆殺しにしなきゃいけない。それが俺の使命なんだっていつも言ってたわ。……鬼気迫るって言うか。コレに関しては、冗談抜きで憎しみしか感じなかったわね」
きっと、あの当時に組織にいた人達は皆んな同じように言うと思うわよ。そんなミユキさんのどこか遠慮の感じられる言葉に、俺は小さくない反発心に似た感覚を感じていたし、何処か納得出来る物も同じくらいに感じていたのかもしれない。
「同族嫌悪って奴ですかね……」
「どうかな……。連中を皆殺しにした後は、最後は自分自身を始末するまで俺の仕事は終わらないんだから、それまでは何があっても負けるつもりはないから安心してくれなんて、良く冗談めかして言ってたんだけどね……」
当然、そんな言葉を本気に取るような人達は居なかったんだと思う。……でも、さっきの話を聞いちゃうと、まるで自分を含めて人造人間を皆殺しにするのが目標っていうか、そのために生きてるみたいな感覚が伝わってきて……。
「不器用な人、だったのかな」
「たぶんね。……もっと狡く、小器用に……。図太く生きて欲しいって感じてたのはあったかも知れないわね」
戦うために作られた存在だからといって、それだけを存在意義にするのは、あまりにも悲し過ぎるじゃない。だから、私達は貴方達に、そうなって欲しくない。貴方達を人の範疇に留めたままの状態であっても彼らと戦える。それを証明して欲しくて、私達は、そのスーツを作ったんだから。そんなウィンク混じりのミユキさんの言葉に俺も小さくうなづいて見せていた。