scene4 疾風迅雷
「そうなんだ、バッツは今日この街に着いたんだ。私と一緒ね」
「そや。ついさっき魔宝使いギルドで登録を済ませたばかりや。半日以上かかったで」
「そうそう、私もよ。凄い人の数でさ。ちょうどこんな感じだったわ」
二人はチラリと前を見る。目の前には、ミラノ遺跡に入る受付を待つ長蛇の列があった。
「ホンマ、凄い人の数やな」
「この人達が全員冒険者だなんて信じられない。よく遺跡が溢れかえったりしないわね」
ノースホルンに連日訪れる冒険者の大群。実は、そのほとんどがニ、三日中に尻尾を巻いて逃げ出すか、そうでなければ死んでしまう。おかげで、この城塞都市が冒険者で溢れると言う悩みを抱える事は無いのだが、それは同時に、ここがどれだけ過酷で恐ろしい場所なのかを如実に表している。だが、新参者である二人は、そんな事情を知る由も無かった。
「ひいいっ! た、助けてくれぇ!」
列に並んで数時間が経過し、やっとバッツ達の番がやって来たと言う所で、突然受付所の中から大柄な男の集団が飛び出した。男たちは、ほうほうのていで走っていく。
「あれ? 今の人って……」
「あいつや。さっき酒場でワイに絡んできたガイラムとか言う……」
受付所から飛び出して行ったのは、ガイラム率いるパーティだった。
一体何事かと、バッツとカルチェはお互いに顔を見合わせる。
「はい、次の人」
中から声をかけられ、バッツ達は不思議に思いながらも受付所内に入り、そして驚いた。そこは彼らが想像していたような場所では無かったからだ。
そこにあるのは、ただっぴろいスペースと奥にポツンと扉が一つあるだけ。その中央には、六芒星の魔方陣が描かれており、そこに係員と思われるスーツを身に纏った男と女が立っていた。
「ふむ。見かけない顔だが、もしやキミ達はここに来るのは初めてかな?」
男の質問に、バッツとカルチェは頷く。
「ふむ。では、まず身分証の提示をしてもらおうか」
その言葉に、ペケは突然慌てふためき始めた。
「バ、バッツ! ど、ど、ど、どうするニャ!」
「慌てるな! 絶対にバレへんから大丈夫や! ちったぁ、落ち着け!」
「何をコソコソしている。早く身分証を見せたまえ」
「分かっとる! ちょいとリュックサックの中を探しているだけや!」
バッツとカルチェは、今日それぞれのギルドで発行したばかりの身分証を提示した。
「ふむ。バッツくんにカルチェくんか」
男は身分証を確認するとそれぞれに返す。
ホッと胸を撫で下ろすペケ。バッツも心なしか安心したような表情を浮かべている。
……二人とも、どうしたんだ?
不審な二人の行動が多少気になったカルチェだが、まずは男の話を聞くのが先決だったので、それ以上詮索をする事はしなかった。
「まずは自己紹介をしよう。私の名前はリーゲル。そして、こちらは私の助手を務めるコルダくんだ」
「コルダです。よろしくお願いします」
コルダと呼ばれた才女風の女性は、メガネのズレをくいっと片手で直すと、丁寧なお辞儀をした。
「そうだな、我らの事は、このミラノ遺跡の入り口を守る門番とでも思ってくれ。まぁ、もう会う事も無いかもしれないが、以後よろしく頼むよ」
意味深なリーゲルの挨拶に、バッツとカルチェは訝しげな表情を浮かべながら、とりあえず軽い会釈をした。
「さて、ミラノ遺跡の入り口は私の後ろにある」
後ろを向き、リーゲルはピッと奥にある扉を指差した。
「そか、ならワイらは行かせてもらうで。先を急ぐんでな」
そう言って先に進もうとしたバッツの前に、コルダが無言で立ち塞がった。
「待ちたまえバッツくん。この先に進む為には、我らのテストに合格しなくてはならないのだよ」
「テスト?」
カルチェが首をかしげる。
「なんや、まさかこんな場所でモンスターと戦えとでも言うんかい?」
「その通り」
「え?」
冗談半分で言ったバッツは、リーゲルの返答に目を丸くする。
リーゲルはパチンと指を鳴らした。すると、中央に描かれた魔方陣から眩い青白い光が放たれた。
「この国は、ミラノ遺跡とシャンシャーニの塔を目指してやってきた冒険者達のおかげで成り立っていると言っても過言では無い。だから国としては、むやみやたらに冒険者達を死なせたくは無いのだ。そこで、施行されたのがこの制度だ」
「グオオオオッ!」
地を裂く様な叫び声と共に、魔方陣からニュッと丸太のような太い青い腕が飛び出した。魔方陣から這い出て来たそれは、バッツ達の目の前に山のように聳え立つ。
「で、でかい……」
「なんなの、コレは……」
「地底界の巨人族、ゴッツイ。性格は乱暴、粗暴、凶暴の三拍子極まりない危険な怪物だ。だが、ミラノ遺跡内にはコイツを越える凶悪な怪物の存在も目撃されている。当然、こいつに勝てないようでは、遺跡内で生き残る事は難しいだろう」
「な、なるほど。ようするに、コイツを倒した者だけが、ミラノ遺跡に入れる権利を得る事が出来るってワケやな。の、望むところや……」
青ざめた表情を浮かべ、バッツは樫の杖を持ち身構える。だが、恐ろしい怪物を目の前にした彼の膝は、ガクガクと震えていた。
「さぁ、見事二人でこの怪物を打ち倒し、その権利を獲得してみせよ!」
「ここは私に任せて!」
言うがいなや、ゴッツイに向かって駆け出していたのはカルチェだった。
ゴッツイは、その丸太のような腕をカルチェに向かって振り下ろす。素早くかわしたカルチェは、身軽にその腕に飛び乗ると、あっと言う間にゴッツイの肩まで駆け上がる。そして、そのままゴッツイの額に剣を突き刺した。
「か……ぺ……」
ぐりんと白目をむき、そのままゴッツイは仰向けに倒れた。ズズンと、地鳴りのような音が室内に鳴り響き、そして静寂が訪れた。
まさに疾風迅雷。一瞬の出来事に、場に居る全員は唖然としていた。
「開始三秒。最短記録更新」
腕時計を見つめながら、コルダがポツリと呟く。その言葉に、皆はハッと我に返る。
「ふふっ。どんなものかしら?」
地面に降り立ったカルチェは、燃えるような赤い髪をかきあげ、パチリとバッツに向かってウィンクをした。
「す、凄いニャ! 今の見たか、バッツ!」
興奮気味のペケが、バシバシとバッツの足を叩く。
「こいつは、思った以上の逸材や……」
バッツは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
ワイもついとるで。この力や、この力があれば、もしかしたらあの魔宝具も手に入るかもしれへん。あれさえ手に入れば、このワイも……!