勝利の美学について
柚木慎平。
37歳。騎手歴19年。
安定した騎乗で、淡々と仕事をこなす職人型のジョッキー。
負けることはあっても、大敗はしない。どんな馬でも、なにかしらの"結果"を出してくる——そういう手綱を持つ男だ。
だが、そのキャリアにおいて、今も消えない"心の傷"が二つある。
ひとつは、治ってもなお痕が残る切り傷。10年前、未勝利牝馬・ウイングノアの予後不良。
もうひとつは、痛みこそないが、しつこく現れては消えるニキビのようなもの。消えたと思えばまた浮かび上がってくる。
……1年前。そのノアに生き写しとも思えた、クロノアトリエとの8戦。
ウイングノアの時、自分は珍しく「勝ちたい」という感情を持ってしまった。
普段の自分なら、そんなものは邪魔になるだけだと切り捨てていた。
淡々と、正確に、丁寧に。
無駄なく乗る。それが最優先。
気負わず、焦らず、自然体で。
結果なんてものは、全て"その先"に付いてくるものだと、そう信じてやってきた。
事実、それで十分やってこれた。
毎週、何かしらのレースで勝ち鞍を挙げ、通算1300勝。重賞も70勝あまり。
これだけ勝っておいて何故かG1だけは獲れていないが、それで侮られる立場ではない。
リーディングでも常に上位にいる。周囲も己も、その安定を誇ってきた。
……なのに。
ウイングノアだけは、違った。
「勝たせてくれ」と言われた。馬主の気持ちはわかっていたし、責める気など微塵もない。
だが、自分はそこで流儀を曲げてしまった。
勝たせようとした。勝ちにいった。余計な感情が、いつもの自分を鈍らせた。
そしてノアは、ターフに散った。
それからというものの、「勝ちたい」という気持ちに対して、これまで以上にブレーキがかかるようになった。
だから——それが完全な言い訳だとわかっていても、クロノアトリエを見たときには心臓がキュッとなった。
こんなに気持ちが揺れるのは、10年ぶりだった。
胸がざわつき、自分らしさが遠のくのがわかった。
だからこそ、怖くなった。
勝たせようとも、勝たせたいとも、最後まで思えなかった。
結果、掲示板までは運んだが……勝つことはできなかった。勝たせてやれなかった。
自分はこれまで何度も、「未勝利馬の初勝利」に立ち会ってきた。
リステッド、重賞目前の馬をあと一押しで勝たせたこともある。
引退間際の馬に、最後の花を咲かせてきたことだってある。
大穴を掲示板にねじ込んでみせたことも一度や二度じゃない。
多少"勝てない"馬なら、自分の流儀で勝たせることができた。
……なのに。
アトリエだけは、どうしても勝たせられなかった。
ドラクロワは——ありがたいことに、兄よりも"勝つ気"がある。
だから、自分が変に気負う必要はない。余計な感情を持ち出さず、ただいつも通りに乗ればいい。
無駄なく、丁寧に、正確に。
そうすれば——
今度こそ、自ずと"結果"は、あの馬の背に舞い降りてくるはずだ。




