表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/50

前門の尻、後門の牙




「よし、ドラクロワ」

康成は手綱を軽く引き、前方を顎で示した。

「今日はてめぇの、すぐカッカするところを徹底的に潰すぞ。こいつらと一緒に走れ」


クロノドラクロワの前には、すでに4頭の馬が並んでいた。縦一列に並び、静かに待機している。

どの馬も500キロを優に越す筋骨隆々の巨体。血管の浮きも凄まじく、重賞を戦ってきた風格がある。その迫力に、ドラクロワは思わず一歩引いた。


(おいおい……)

(なんだよこのガチムチ軍団)

(俺よりでけぇ)


康成は平然と説明する。

「俺の厩舎を支えてくれている重賞馬たちだ。ドラクロワ、お前は3番目に並べ」


手綱と足の合図が入り、言われるままにドラクロワは列へ加わった。前に2頭、後ろに2頭。巨大な馬体に挟まれる形だ。


(でっっっか)

(前が見えねェ)


康成は満足そうに頷いた。

「今からやるのは——縦列(じゅうれつ)調教だ。馬群の中で揉まれることに慣れる練習だな」


(マジか)

(こんなガチムチの間で??)


ドラクロワの目の前には、はち切れんばかりの筋肉の塊——ムキムキの尻。


先日の苦い敗戦が脳裏をよぎる。

(またケツかよ……)


康成の声が飛ぶ。

「いいか。この調教で一番大事なのはな、自分のペースで走ることじゃねぇ。全員のペースに合わせることだ」


そう言うと、前の馬を指す。

「お前が急げば、前の馬に追突する。玉突き事故だ」


そして後ろを顎で示した。

「逆に、お前がちんたら走れば——」

ニヤリと笑う。

「後ろの野郎にケツを噛まれるぜ。そいつは噛み癖持ちだからな」


『げ……』

ドラクロワの耳がぴくりと震えた。

道理でさっきから、お尻にイヤな汗をかくわけだ。悪い予感がしていたが、想像以上にヤバいヤツが後ろにいるらしい。


「さあ」

康成は、ドラクロワの腹に軽く足をあてる。

「噛まれたくなかったらペースを守れ。馬群の中で我慢することを覚えろ」


そして、少しだけ声を低くした。

「勘違いするなよ。俺はな、見込みのあるヤツしかびしびし鍛えねぇぞ」




先頭の馬から順に馬場へ入り、キャンター(駈歩)を始める。


「よし。そのまま2分だ――始め」


康成の合図と同時に、5頭の馬が走り出した。

ドラクロワの目の前には、でっかい尻。そしてその後ろには――おっかない噛みつき馬。


康成は現役時代と変わらぬ手綱捌きで馬を操りながら、先頭の馬に乗る調教助手へ声を飛ばす。


「あまりスピードを上げるなよ! 新入りが1頭いるからミドルペースで行け」

「了解です!」


5頭の馬は、まるで1本の線のように整然と並び、馬場を駆け抜けていく。ドラクロワは前の馬との距離を保ちながら、なんとかペースを守っていた。


だが――すでに体は白く汗ばんでいる。

その理由は……


(尻に!!!)

(生暖かい風が来るぅぅぅぅ!!!)

(噛みつき野郎の鼻息ぃぃぃ!!!)

(無理無理無理無理!!!)


後ろを走る噛みつき馬――スーパースナップ。

血走った目で、ドラクロワの尻ギリギリの距離を保って追走している。少しでもペースを落とせば、がぶりと尻を噛まれるに違いない。


かといって前に詰めようとすれば、

「押すんじゃねぇ!!バカ野郎」

という怒鳴り声と共に、ムキムキの尻が迫ってくる。


その尻の主――ドラクロワのすぐ前を走る馬が、低い声で言った。

『黒いの。お前、俺のケツの穴にキスする気か?

やめとけ。趣味悪いぞ』


(違います違います違います)

ドラクロワは慌てて首を引っ込める。


その時、前から怒鳴り声が飛んできた。

『どうだ、新入り。我慢しろ!!』

ドラクロワの2つ前――先頭を走る歴戦の古馬だ。

『レースなら、こんなもんじゃすまねぇぞ』

『…………』

ドラクロワは黙る。


古馬は続けた。

『今は嫌かもしれないが、これに動じないくらいになるんだ。そのとき初めて、お前は強くなる。

冷静に脚を溜めて――馬群を割って、自分の進路を切り開けるようになる。俺たちも、そうやって勝ってきた』


少し間を置き、低く言う。

『……ムカつくだろうがな。俺たちのボスのやり方は、確かに正しいんだ』


(た、確かに……)

ドラクロワは必死に走りながら考える。

(無駄なく走れば、もっと直線でパワーを使える)

(この前だって……勝てていたかも……)

だが。


――ぶふっ


次の瞬間。ドラクロワの尻に、熱い鼻息がかかった。


『無理ぃぃぃぃぃ!!!!』

『いやぁぁぁぁぁ!!!』


スタンドから観察していた誠の目に映ったのは――

発汗しながらも必死にペースを守って走る、良いのか悪いのかよくわからないドラクロワの姿だった。


誠は思わず呟く。

「……何だあれ」

「調教は上手くいってんのか?」

その横で、厩務員の桃田が肩をすくめた。

「まあ……大丈夫なんじゃないですか。うちのボスがやってるんですし」



縦列調教は、実際の競走馬の調教でもよく行われている方法です。馬に忍耐力を付けさせるのに非常に効果的な調教で、あのフォーエバーヤングも海外遠征に向けて縦列調教をしていたといいます。




スーパースナップ(Super Snap)

2020年生 牡5 芦毛

父:ダノンシャーク

母:キラーホエール

母父:タートルボウル

生産牧場:下坂部牧場(新ひだか町)

馬主:有限会社海山商事

勝負服:黒、黒袖白一本輪

戦績:18戦6勝(6-2-1-9)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ