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遠近法トリック




「げっ!!アイツ……出遅れやがった」

スタンドで見ていた誠が思わず叫ぶ。


ゲートが開いた瞬間、ドラクロワは怒りのままに立ち上がってしまった。出遅れた結果、他馬から10馬身も離される。


対照的に、鋭く飛び出したのは11番――タグタグウマッコだった。キャリア3戦目とは思えない、無駄のないスタート。他の馬たちも多少ばらつきはあるものの、(おおむ)ね揃ってゲートを出ている。


ただ1頭。

ドラクロワだけが完全に取り残されていた。


「おいおい……スタートから力の差を見せつけられてるぞ。さあ柚木(ゆのき)、どうするよ」


栗林康成は左手で額を押さえながらぼやく。

だがその右手はすでにストップウォッチを押していた。タイムを測るためだ。




頭に血がのぼっているドラクロワは、スタートからいきなりぐんぐんと大きくストライドを操り出し、遅れを取り戻そうとする。

「待ちやがれぇぇぇぇぇ!!このクソチビが!!」


その様子を感じ取った柚木慎平は、すぐに手綱を引いた。

「……こら。まだギアを上げるな!」

(今のままじゃ、お前はウマッコの思うつぼだ。直線で使う脚を、今ここで使ってどうする!!)


だが、ドラクロワには響かない。手綱の引きで柚木が制止していることは伝わっても、"なぜ止められているのか"まではドラクロワには理解できない。


怒りのまま、ドラクロワは前の馬たちを次々と抜いていった。1頭、また1頭。

そして向正面——スタートから600mに入った時点で、先頭を独走するタグタグウマッコの後ろにぴたりとつけた。馬群の中で脚を溜めるはずだった作戦は、完全に崩壊している。


真っ黒な巨体が、うなりを上げてちっぽけな鹿毛(かげ)の馬体に競りかけた。

だがウマッコは動じない。むしろ、口元に不敵な笑みを浮かべていた。ドラクロワにぴったりマークされながらも、後続馬にきっちり3馬身のリードを取ると、そのまま3コーナー——府中の大欅(おおけやき)の向こう側を目指してひた走る。




先頭のウマッコの姿が大欅の裏に消え、前半の1000mを通過した。スタンドでは、康成が手元のストップウォッチをちらりと見る。


――62秒。


「……おかしいな」

思わず呟く。


——こんなスローペースなのに、なぜ後続の馬たちはウマッコに迫らない?


「どうなってるんだ。誰も仕掛けない」

誠が横で首をかしげている。観客もこの異様な状況にざわめいていた。


康成は視線をレースに戻したまま答えた。

「俺たちは今、スタンドから——横から見てるだろ。つまり馬が右から左に動く。ウマッコと後続馬の距離がそこまで離れてないのもわかる」


誠は黙って聞く。康成は続けた。

「だが、あいつらは違う。走ってる騎手たちは、レースを"縦"に見てる——馬が手前から奥に動くんだ」


父の言葉に、誠の眉がぴくりと動いた。


「すると――小さなウマッコと、そのすぐ後ろにいるデカいドラクロワ。遠近法の関係で、後ろの騎手たちにはウマッコがとんでもないペースで飛ばしてるように見えるんだよ」


誠の目が見開かれる。


「実際には、そこまで離れてないのにな」

康成は静かに言った。

「後ろの連中は、"あれはハイペースだ"って勘違いしてる。ウマッコはいずれスタミナが切れて潰れると思ってるんだろう」


少し間を置いて、康成は続けた。

「だが……」

ストップウォッチをもう一度見る。

「これはスローだ。このままだと前が残る」


大欅の向こう側に次々に消えていく馬たちを睨むと、康成は低く言った。


「ここからレースが動くぞ。タイムは嘘をつかないからな……上手い騎手——体内時計がちゃんとしている奴らなら、そろそろ仕掛けないとまずいってことに気づくはずさ」



タグタグウマッコ(Tag Tag Umacco)

2023年生 牡2 鹿毛

父:シルポート

母:チェイスタグ

母父:Silent Chaser

生産牧場:鈴鳴牧場(新冠町)

馬主:有限会社ニシゾノスポーツ

勝負服:水色、赤星散、赤袖

戦績:2戦1勝(1-0-1-0)


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