表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/49

ドラクロワの試練





13時50分。


スタート地点に集まった各馬は、輪を描くように周りながらゲート入りの合図を待っていた。

柚木(ゆのき)慎平も、ドラクロワの首を軽く撫でる。短期放牧を挟んでの2戦目だが、特に緊張してイレ込む気配はない。観客を前にしてもレースに集中できる精神力は、この上ない強みだろう。


その様子を、調教師の栗林康成はスタンドから双眼鏡越しに確認し、静かにうなずいた。


今回のプランは"追い込み"。

前走——8月の新馬戦では、新潟芝1600メートルを使った。新馬戦ということもあってか、序盤から折り合いを欠いた逃げ馬が飛ばし、レースはハイペースになった。

ドラクロワはその流れを見ながら、3〜4番手の先行位置を確保。徐々にスピードを上げると、直線で失速した逃げ馬を捕らえ、押し切る形で勝利を手にした。


だが、今回は条件が違う。

東京芝2000m。距離は400m延び、そして東京競馬場の直線は、新潟に次いで日本で2番目に長い。この舞台では、早めに脚を使った馬ほど最後に苦しくなる。逃げ切るのはそう簡単ではない。

だからこそ、今回は前半を抑える。序盤は後方で脚を溜め、ドラクロワの得意な直線に入ってから一気に解き放つ作戦だ。


それに加えて、もう一つ狙いがあった。

——馬群の中で揉まれる経験。

前回走った新潟競馬場は直線が長く、馬群がばらけやすかった。しかし将来を見据えるなら、他馬に囲まれる状況も覚えさせる必要がある。その意味でも、この一戦は格好の試験だった。


「上手く馬券に絡んでくれるといいがな」

康成は風で乱れた髪を軽く直しながら、隣に立つ息子・誠に声をかけた。

「このレースの鍵を握るのはおそらく2頭だ。逃げ馬のタグタグウマッコと、1番人気のドンナモンジャイ」


タグタグウマッコは、前走の未勝利戦を大逃げで勝ち上がった。恐らく今回も、ハナを切って大逃げを打つはずだ。他の先行馬がウマッコに付いてくれば、ハイペースになる可能性は極めて高い。最後の直線で前が総崩れになれば、後方で控えるドラクロワにも勝つチャンスが回ってくる。


ドンナモンジャイは牝馬ながら500キロの大型馬で、強力な末脚を武器に新馬戦を快勝。パドックでもやる気満々な姿を見せており、余程のことが無い限り馬券に絡むだろう。


康成は再びスタート地点へ目を向ける。

「いかにウマッコのペースに乗せられず、ドンナモンジャイに挑めるか」

ぽつりと呟いた。

「それが、今のドラクロワの課題だな」



◇◇◇


一般競走のファンファーレが高らかに鳴り響き、奇数番号の馬から先にゲートに入る。偶数番のドラクロワは、じっと他馬の枠入りを待っていた。


その時——


「よう。お前かい?クロノドラクロワってのは」


ドラクロワの右隣の枠——11番のゼッケンをつけ、先にゲートに入っていた馬が急に話しかけてきた。小柄だが筋肉質で、若駒のくせにギラギラとした目付き。何やら危ない香りがする。


「新馬戦を勝ったのに10番人気。お前のプライドは多少なりとも傷ついているはずだ。違うかい」


「うるせぇぞ」

ドラクロワはその馬——4番人気、タグタグウマッコをぎろりと睨む。

「10番人気が何だ。俺は自分の走りをするだけだ」

合図とともに、ドラクロワは静かにゲートに入った。

「そしてもっと上にいく。条件クラスなんざとっとと卒業するのさ」


その言葉に、ウマッコは鼻で笑った。

「まあまあ、ムキになるなよ。お前が10番人気なのには、ちゃんと理由があるんだぜ」

「どんな理由だ。言いやがれ」

「タイムだよ」ウマッコは低く言った。

「お前の新馬戦のタイムは良馬場にも関わらず1分38秒台——最遅レベルに近い」


「…………」

「何を意味するかわかるか?」

ウマッコは冷たく言い放つ。

「お前は、弱い奴らの中で"一番マシだっただけ"なんだよ」

「……っ」

「本来なら、ここに来るレベルじゃねぇ。最低人気じゃなかったのは――"新馬戦を勝った"って肩書きがあったからだろうな。……まあ、"レベルの低い"新馬戦だったが」


次の瞬間、ドラクロワは思わず隣のゲートに頭突きをしていた。


発走係が驚いて手を止める。鞍上の柚木はすぐに手綱を引き、必死になだめた。スタンドの栗林親子も、思わず眉をひそめる。


だが、それに全く動じずにウマッコは淡々と言う。

「いいか?ここはその他大勢が来る場所じゃねぇんだ。みんな何かしら武器を持った精鋭なんだよ。

わかったらレース中は——俺のケツでも見てろ」


そう言うとウマッコは、ドラクロワのことなどもうどうでもいいとばかりに真っ直ぐ前に向き直る。

だが、ドラクロワの方は黙っていない。鼻息を荒くして11番ゲートに顔を押し付ける。完全にイレ込んでいる。


そして、怒りのままにドラクロワが立ち上がった瞬間——


ゲートが開き、観客のどよめきと共にタグタグウマッコは勢いよく飛び出していった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ