ぶっとびファミリー
愉快な茶会が終わり、部屋の中にはほっとした空気が漂っていた。
誠は博に誘われ、中庭に面した縁側に腰を下ろす。そこでは夕方の光を浴びながら、穣・岳・律の三人がじゃれ合っていた。芝生に寝転がったり、いきなり駆けっこを始めたり——まるで放牧地で無邪気に遊ぶ仔馬のように見える。
しばらく無言が続いたあと、一人っ子の誠がぽつりと漏らした。
「何か……家に自分以外の子供がいる感覚が、俺にはないんですよね。変な感じで……」
それを聞いた博は、息子3人――穣・岳・律の姿を目で追いながら、笑って誠に言った。
「ほんとはね、こんな4人の子持ち……大所帯になるなんて、思ってなかったんですよ。娘の希――この子たちの姉が生まれてから、しばらくは"うちは一人っ子でいいか"って流れで。でも、こんな広い家で子ども1人ってのも寂しいだろうし、私たちもきょうだいがいたので。それで、じゃあ2人目をって話になったんです」
そこで博は小さく肩をすくめた。
「そしたら、一気に3人来ちゃいましてね。こっちが一番驚きましたけど、娘もびっくりしてましたよ。当時は年長で、自分はずっと一人っ子だって思ってましたから」
「確かに。俺もそんな感じでしたね。友達にきょうだいができても、うちは多分ないなー、みたいな」
「最初は妹がほしいって言ってたんです。4姉妹でプリキュアごっこでもするつもりで、キャラ分けも決めてたくらいで。それはもう、入念にね」
誠は思わず笑いそうになるのをこらえる。それを見て、博はさらに追い打ちをかけた。
「なのに、蓋を開ければ全員男でしたからね。
"何それ!?そんなに弟いらない!"って、ほんとに半泣きで怒ってましたよ」
もうかなり限界に近かった。誠は肩を震わせながら笑いを噛み殺す。だが、博は止まらない。
「でもね、生まれてしばらくしたら——今度は"お姫様ごっこ"の主役になりまして」
縁側の向こうで、ちょうど三兄弟が何やら揉めている。
「弟たちを家来に仕立て上げてました。……都合よく使える子分ができた、くらいの感覚だったんでしょうね」
誠はついに吹き出した。目の前の三兄弟が、今もなお忠実な家来にしか見えない。
「で、極めつけは妻ですよ。お腹に3人もいるのに、臨月まで仕事をしたがったんです。僕の方に妻の上司から電話がかかってきて。"あなたから休めって言ってください"ってね」
博は涼しげな顔で続ける。
「いや、まさか夫に"止めてくれ"ってお願いが来るとは思いませんでしたよ」
(三つ子を妊娠中に臨月まで仕事?妊娠中にG1勝ったウインドインハーヘアかよ)
誠は腹を抱えて笑いながらも、どこか信じられないような目で彼の家族を見つめていた。
(ほんとにこの家族、どこからどこまでブッ飛んでるんだ)
けどそれが、やたらと眩しくて、ちょっと羨ましかった。
「漫画の編集って……やっぱ、花形ですよね」
誠が憧れ半分でそう言うと、博は肩をすくめて笑った。
「まあ、よく言われますけどね。実際、待遇は悪くないですよ。休みは少ないですけど、その分は……ちゃんと反映されます」
そう言って、指でお金のマークをつくる。
「でも、僕が元々やりたかったのは教育とか科学系なんです。図鑑とか、ナショナルジオグラフィックみたいな。子どもの頃から好きで、ああいうの作りたくて今の会社を受けたんですよ」
「へぇ……意外です」
「でしょ? でも、最終面接で落ちちゃって。しょうがないから大学院でも行こうかなって。外国語学科だったんで、留学もアリかなーなんて思ってたら、突然、内定辞退が出たって連絡が来て。繰り上げで拾ってもらえたんです」
「マジですか。ラッキーだったんですね」
「ですね。で、最初に配属されたのがまさかのギャグ漫画の編集部」
「ギャグ漫画?」
「でんぢゃらすじーさんとか、ご存じだったりします?」
「あー、知ってます。コロコロっすよね」
「そうそう。あの頃はなかなか大変で……でもまあ、担当が少しずつ変わって、今に至ります」
博は楽しそうに話しながら、少しだけ真剣な表情に変わる。
「漫画のいいところは、ちょっと難しいテーマでも読者にちゃんと届くこと。知識や経験がなくても、読みやすく……共感できるようになる。だから最近は"お仕事系"の連載、よく企画してるんです。人気作の継続ももちろん大事ですけど、新しい種をまいて育てるのも編集の役割なので」
誠が感心したように頷いた。
「外国語学部ってことは、語学得意なんですね。……俺、英語苦手なんで。馬には何語で話しても反応変わんないし」
誠の冗談に、博は肩を揺らして笑った。
「あー、それも一理あるかもしれませんね。でも実を言うと文学部の外国語学科に入ったはいいものの、成績がね……イマイチで。2年から新聞学科に転科したんですよ。その流れで、今の岳父とも知り合ったんです」
「うわマジか……とんでもない出会いじゃないですか」
「ただ、外国語の勉強も、無駄じゃなかったですよ。翻訳の監修や、海外展開のときにかなり役立ちましたし」
そう言いながら、博はリビングに戻ると、本棚の奥から一冊の本を取り出す。表紙はあの、誰もが知る小さな名探偵のシリーズ──だが、それはフランス語版だった。博は静かに表紙を開き、あの名セリフを流れるような発音で読み上げた。
「La vérité est toujours une(真実はいつもひとつ)」
(なんだこれ)
(滑らかすぎるだろ)
(フランス人か?)
(あの人が聞いたらたまげるぞ)
誠は乾いた笑いを漏らした。
——ハハ。
(ついてけねぇわ、この家)




