でこぼこコンビ
岳との初めての乗馬を終え、アトリエは馬房に戻った。
「よっと!お疲れ、アトリエ。1年ぶりなのによく頑張ったな、偉いぞ」
誠は鞍を外し、汗ばんだ体を軽く拭いてやる。それから新しい水を用意し、おやつに冷やしたリンゴを差し出した。
アトリエはご機嫌そうに勢い良くかじりつく。しゃくり、と小気味よい音。果汁の飛沫が弾け、馬房に爽やかな香りがふわりと広がった。
その様子を見て、文がくすりと笑った。
「ふふ、涼しそうね。私たちもお茶にしましょうか」
穏やかな声音で続ける。
「外にいて暑かったでしょうし、水出しのお茶をお出ししますね。柚木さんのお眼鏡にかなうかしら」
不意に話を振られ、柚木の耳がわずかに赤くなる。
そして一言。
「……いえ。お構いなく」
たったそれだけなのに、誠にははっきりと分かった。
(あ、こいつ今めちゃくちゃ嬉しいな)
「んだ、その修行僧みたいな返事は。嬉しいんだろ、茶飲み星人」
「誠うるさい」
即座に柚木のツッコミが飛ぶ。だが、誠はにやにやしながら続けた。
「黒木さん。気を付けてくださいよ、うちの慎平は茶を摂取したら止まんないですからね。ひと口飲んだらあら不思議、舌が異常に発達して雄弁になります」
「いいえ。そんなことはありません」
「あるわ。25年もお前と一緒にいるんだぞ」
「黙れよ。気持ち悪いんだよ」
「気持ち悪いとは何だコラ」
大柄で調子のいい誠に、小柄で冷静な柚木。凸凹漫才コンビみたいな2人を見て、博をはじめ黒木家の人々は思わず笑ってしまった。つい先ほどまで逞しきホースマンだったのが、一瞬で中学生に戻ったかのようだ。きっと出会った頃からこんな調子だったのだろう。
誠、渉、柚木の3人は、もと来た応接室ではなくリビングに通された。6人家族もゆったり使える広い無垢のテーブルには、涼しげなガラスの冷茶碗と水羊羹が並んでいる。
そこに、柚木の目がしっかりと止まった。
「あ……冷茶碗をお持ちなんですか」
さっきまでの無口が嘘のように、少し早口だ。
「この仕事と家の関係で、お客さんが多いもので」
博は肩をすくめて笑うと、さらに続ける。
「茶器にもいくらか詳しくなりました」
柚木は静かに頷き、冷茶碗を持ち上げた。
ひと口。
——その瞬間。
表情が、わずかに変わる。
そして。
「……深蒸し茶ですね」
急にスイッチが入った。
「すごく口当たりがいいです。甘味と旨味がしっかり引き立っている。香りもよく出ていますね……軟水でゆっくり抽出したからか、苦味がきれいに抑えられています」
一拍置いて——とびきりのドヤ顔で、きっぱりと結論。
「大変美味しいです」
誠は茶を吹き出しそうになった。
(ほら見ろ)
(雄弁になってやがる)
(わかりやすいんだよ)
だが同時に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
——何しろこの男。いつもは、どんな時でも真顔で淡々としている。たとえそれが、重賞を勝った時でも。
「ありがとうございます」
「馬が頑張ってくれました」
「これからも頑張ります」
基本、この三種類しか喋らない。
だからこそ。こんなふうに少し早口で、頬を緩めて嬉しそうに語っている姿を見ると——
(ああ、ちゃんと人間やってんな)
誠は、妙に安心した気持ちになるのだった。




