真っ赤なリンゴは完熟の証
「なあ、また殺人事件だとよ」
「物騒な世の中よねぇ」
「貴族様がやられちまったらしい」
「またあの絶対不変らしいぞ」
「一体これで何人目だよ」
「指名手配犯も1人殺られてるらしいぞ」
「絶対不変万歳!」
事件の翌日の朝、王都の国民たちがなにやら騒がしい。
どうやら今朝配られた新聞を読んでザワついているようだ。
「1枚売ってくれ」
「あいよ!銅貨5枚ね!」
街の人々の様子が気になる人達が次々と新聞を売る少年から新聞を購入していく。
''ここランディア王国にてまた殺人事件発生!''
昨日の深夜に殺人事件が発生した。
犠牲者は2名であり、1人目は貴族であるタフ・フトーチョ伯爵。
また別の場所では指名手配犯である大盗賊バースが殺害された。
貴族殺害の現場には連続殺人鬼である「絶対不変」と思われる人物が目撃されており、騎士団が総力を持って捜査中である。
以上のように新聞の1面には昨日の事件がデカデカと表示されていた。
「兄さんも新聞どうだい!」
「…いや、遠慮しておくよ」
「そうかい!」
新聞を売る少年が純白の髪の男性に声をかけるが、その男性は新聞を購入する事を拒否してその場を去る。
その様子を見た少年は他の人に大きな声を出して新聞の宣伝を続けた。
「…」
先程少年が声をかけた男性がしばらく街を歩いたあと、壁に貼られた1枚の手配書を見る。
不倶戴天級犯罪者『絶対不変』 目撃者は騎士団まで。
その手配書にはフードを深く被った人物と騎士団の連絡先が描かれていた。
「おい兄ちゃん、そいつが気になんのか?」
すると後ろから道で果物の店出店している感じのいい店主のおじさんが男性に声をかけてきた。
「…ああ、少し気になってな」
「そいつぁこの王都で一番やべえ奴だぜ!」
男性はおじさんの店に近づいていき、おじさんは男性に対して話を続ける。
「あの手配書の奴は『絶対不変』って言ってな、この王都で殺戮を繰り返すやべえ殺人鬼なんだよ」
「…ほう」
「昨日も貴族様と指名手配犯の野郎が無惨に殺されたって話だ!」
「…それは大変だな」
「大変どころの騒ぎじゃねえよ!貴族殺しってのはこの王都じゃ一番やっちゃいけねえことなんだぜ、そして『絶対不変』はその貴族様を今じゃ5人も殺っちまったって話だ!」
おじさんは言葉を続ける。
「しかも貴族だけじゃねえ、他の指名手配犯を何人も惨殺してるらしいし、噂ではもう何十人も殺してるって話さ。本当に物騒な奴だよ。」
店主のおじさんは意気揚々と『絶対不変』が起こした事件の事を教えてくれた。
「でも…ここだけの話なんだけどな、1部じゃ貴族や犯罪者から俺たち平民を救ってくれる''救世主''なんて呼ばれてるらしいぜ」
おじさんは男性に耳打ちするようにこっそりと他の情報も教えてくれた。
「でも結構危ないやつなんだろ?」
「まあ救世主と言われようが殺人鬼ってのは変わらねえ。俺達も殺されちゃしないか夜も眠れんよ」
「その割にはスッキリとした顔をしているようだが?」
「ははは!昨日はぐっすり眠っちまってたよ!」
おじさんと男性は冗談を交えながら話続ける。
「あんた!話してないでさっさと仕事しな!」
「げっ!」
その時、出店の後ろからおじさんに声をかける1人の女性が声を荒らげる。
どうやら女性はこのおじさんのパートナーの女将さんのようだ。
「ごめんね兄さん!この人ったら1度話したらとまんなくって…」
「いやいや、楽しく会話してたさ!なぁ、兄ちゃん!」
「うるさいよ!もう兄さんが困ってるじゃないか!」
「はは…俺は別に気にしてないさ」
おじさんと女将さんは男性の前で夫婦喧嘩を初め、男性は気にしていないと目を閉じ軽く口角を上げる。
「いい話を聞かせてもらった、ついでにこのリンゴを1つ貰おう」
「おっ!わかってるね兄ちゃん!銅貨2枚だよ!」
男性はおじさんに銅貨を2枚支払い、店の前に置いてある真っ赤なリンゴを1つ手に取り、かぶりつく。
「…うまいな」
「だろ!美味いのになんで客が来ないのかわからん」
「それはあんたがおしゃべりしすぎるせいだろ」
「うるせい!客に対してのコミュニケーションは一番大事なんだよ!」
「そのおしゃべりはいつもあんたが一方的に話しかけるだけ、そのせいで来てくれるお客さんも引いちまって逃げ帰ってばっかじゃないか」
「ぐっ…」
おじさんと女将がまた夫婦喧嘩のような言い合いを始め出す。
「…お土産用に何個か包んでくれ、職場の人達に配ろう」
「本当かい!そいつぁありがてぇ!」
「いいのかい兄さん?別に普通のリンゴなんだよ?」
「…いや、ここのリンゴは他よりも美味い。他の人にも薦めたくなっただけだ」
「それならいいんだけど…」
「まあいいじゃねえか!ありがとな兄ちゃん!」
おじさんは茶色の紙袋にリンゴを詰め、男性はおじさんに合計の代金を支払って紙袋を受け取る。
「…あと、一般人を巻き込んだりはしない…安心しろ…」
「…??」
紙袋を受け取った男性はおじさんにボソッと囁くように語りかけ、店主のおじさんは聞こえてないのか、はたまた言葉の意味が理解できないのか頭に?マークを浮かべている。
「…ないでもないさ…またくるよ」
「…ああ!ありがとな!」
男性は店の前から離れ、歩き出す。
「あんた、兄さんはさっきなんて言ってたんだい?」
「…いや?俺にもわからん」
出店の夫婦は先程男性が言った言葉をお互いに理解できておらず、男性の歩く後ろ姿を見つめていた。
──俺が殺すのは俺の邪魔になる奴だけだ。
俺はそう思いながら、先程購入したリンゴをかじり、紙袋を持って歩いていく。




