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第15話

潤秀(じゅんしゅう)は政務を早めに済ませ、昼過ぎに東宮(とうぐう)へと足を運んだ。

一時は騒然として宮女や宦官たちも動揺していた東宮だが、今はすっかり落ち着きを取り戻していた。それこそ、淑麗(しゅくれい)が皇太子妃だった頃よりも、ずっと穏やかな空気が流れている。仕える主人が変わるだけでこうまでなるものなのかと潤秀は思った。


皇太子妃だった淑麗の身柄が拘束された直後から、皇帝欽源(きんげん)の対処は迅速だった。

淑麗が拘束されたその日のうちに、父の忠冀(ちゅうき)と母の貞妍(ていけん)も拘束され、同時に宝瑾(ほうきん)は保護された。

厳正なる取り調べが行われた結果、欽源と潤秀は真実を知って呆れ果て、また同時に自分たちが甘かったことを猛省した。

(たん)家は本来娘を皇太子妃にできるような家柄ではないが、巫女として役目を果たせば、自分の娘も皇太子妃になれると忠冀は目論んだ。皇太子妃となった娘が男児を産み、その子が帝位に就けば、湛家は外戚として強い権力を握ることも可能となる。淑麗の美貌をもってすれば皇太子が側室を迎えても寵愛を独占できるだろうと忠冀は考え、自尊心の高い淑麗も皇太子妃という特別な地位を手に入れる野心を抱いた。

しかし淑麗は、おぞましい姿と言われる忌み神に仕え、世俗から隔絶された地でいつ終わるとも判らぬ儀式に勤しまねばならない巫女となることは嫌がった。そこで淑麗は、妹の玲湲(れいえん)を巫女として玄蛟に仕えさせ、玲湲が務めを果たせたら玲湲ではなく自分が皇太子に嫁げばいいと言い出し、父の忠冀も母の貞妍も、皇帝を欺くことになると知りながら淑麗を諫めることもなく、あまつさえ妙案だと言って敢行することを決めた。

玲湲の両親も姉の淑麗も、最初から玲湲の意思など完全に無視し、玲湲を皇太子妃にするつもりも全く無かったのだ。

それでも玲湲が巫女となることを承諾したのは、普段から街に出ていたことで食料不足や物価高騰を身をもって知り、多くの人々が路頭に迷い、子供たちまで命を落としていく様子をその目で見て、自分でも何かできるのならと思ったからだった。

さらに玲湲が自分が巫女として務めを果たしたことを黙っていたのは、もしも巫女だったと他言したら高齢の宝瑾を身ひとつで追い出すと両親から脅されたことが理由だった。

廷臣の子息と玲湲の縁談を両親が断ったのも、朝廷の有力者と玲湲が繋がり、何かのきっかけで秘密が暴露されることを恐れたからだった。そして、玲湲を宮女として皇太子妃となった淑麗に仕えさせるよう仕組んだのは、淑麗自身の目で玲湲を監視すると同時に、宝瑾と玲湲を引き離す狙いがあった。

だから玲湲は、淑麗が連れて行かれた直後、宝瑾のことを真っ先に心配した。

玲湲は、巫女だったと知られてしまったからには宝瑾の身がどうなるかわからない、どうか宝瑾を助けてほしい、と咄嗟に潤秀に懇願した。

後から玲湲は、皇太子である潤秀に対して随分と無遠慮に頼みごとをしてしまったと気付いたが、潤秀は玲湲の願い通り宝瑾を保護してくれた。

玲湲の父母、姉の淑麗は、皇帝を欺いた重罪人として通常ならば処刑されるはずだったが、玲湲がどうか命は助けてあげてくださいと潤秀を通して欽源に慈悲を乞うた。欽源は玲湲に免じて三名とも庶民の身分に落とした上でそれぞれ別の場所へ流罪とし、死ぬまで労役を課した。

玲湲は、自分も家族の企みに加担し皇帝を欺いたことに変わりはないのだから、どんな罰でも受けようと覚悟していた。しかし、玲湲は淑麗が拘束されたその日から、潤秀が整えさせた良娣(りょうだい)のための部屋で過ごし、すぐに事実上の皇太子妃として丁重に扱われるようになったため、誰よりも玲湲自身が戸惑った。

ほどなくして、実は玲湲こそが務めを果たした巫女であり、皇太子の妃として迎えられるべき者だと公に宣言された。

潤秀は玲湲のために毎日のように部屋を訪れ、宝瑾の様子や玲湲の両親と淑麗の処遇などを伝えてくれた。やがて二人はそれ以外にもいろいろなことを話すようになり、最初は皇太子である潤秀と対面するだけで緊張していた玲湲も、少しずつ潤秀に笑顔を見せてくれるようになった。

玲湲の容姿について、忠冀は不器量と言い切り、淑麗に至っては不細工と罵っていた。確かに玲湲は淑麗のような一目で美女と評されるほどの美貌ではないが、貶されるような容姿だとは潤秀は思えなかった。

それに、玲湲が破顔して屈託なく笑う様は見る者の心を捉え、それは淑麗の美貌にも決して引けを取らないものだった。潤秀も、いつからか玲湲の笑顔を愛おしく感じるようになっている自分に気付いていた。

そしてある日、潤秀は初めて玲湲の手を握り、妃になってほしいと言って結婚を申し込んだ。

それまで潤秀が夜伽を求めることはなかったものの、玲湲はいつかそういった時が来ると予感していたのか、驚くような様子はなかった。

しかし、謹んでお受け致します、と応えた玲湲は、殊更に喜ぶような態度も見せなかった。

玲湲は、坤宸(こんしん)が言っていたように、水の徳を持つ自分が皇帝一族に嫁ぐことで夌の安定と繁栄に繋がるのなら、きっとそれが自分のなすべきことなのだろうと思っていた。

それに、皇太子妃が巫女を騙っていたと知った人々の動揺を鎮めるには、巫女だった自分が皇太子妃になることが一番確実だろうと考えていた。

ならば、皇太子妃として務めを果たすことが、両親と姉の企みに加担してしまった自分にできる償いなのだと玲湲は思うに至った。

玲湲はすぐに良娣として封じられ、一介の宮女でありながら特別待遇を受けるという不安定な立場ではなくなった。そして、吉日を選んで皇太子妃として潤秀と婚礼を挙げることが決定された。

潤秀は玲湲を正式に妻として迎えたいと望んだため、納徴(のうちょう)請期(せいき)など、一連の儀礼もひととおり行われることになった。

そして淑麗との結婚の時と同じように八字命学(はちじめいがく)で吉凶が占われ、その結果を先祖と一族の守護神である黄麒(こうき)に報告する儀式も行われた。

すると、それまで降らなくなっていた雨が再びさらさらと優しく国土全体に降り注ぎ、各地の水源にも水が戻って来た。

黄麒と玄龍(げんりゅう)が、ようやく怒りを鎮めてくれたのだと欽源も廷臣も市民も安堵し、やはり玲湲こそがまことに国を救った巫女だったのだと人々は悟った。

花嫁を東宮へ連れて行く親迎(しんげい)では、玲湲の後見人なった叔父の徳徴(とくちょう)の家へ潤秀が迎えに行くということに決められた。

玲湲は、叔父さんは変わり者と言われていて、確かに物言いに無遠慮なところはあるけれど、とても真面目で情に厚い人です、と潤秀に徳徴のことをいろいろと話して聞かせた。

徳徴は、表向き淑麗が巫女となっているとされていた間、玲湲が家に来なくなったため訝しみ、玲湲の身を案じていた。

徳徴に限らず、玲湲が家族から蔑ろにされていると知っていた周囲は、それまで買い物や家事などでよく外に出ていた玲湲の姿が見えなくなったため、玲湲は売り飛ばされたのではないか、家族にいびり殺されたのではないか、と噂していた。

淑麗を皇太子妃とするために外聞を気にした両親は噂を払拭しようと、玲湲は病気で寝込んでいるだけでもうすぐよくなるはずだとごまかした。

しかし徳徴はこれを疑い何度も家にやってきて、玲湲の見舞いにきたから会わせろと忠冀や貞妍に迫った。それでも忠冀も貞妍も、病気をうつしてしまっては大変だからとか、玲湲は今ちょうど眠っているから起こせないとかあれこれと言い訳してやり過ごした。

その後、巫女の務めを果たして帰って来た玲湲はかなり痩せてしまっていたため、病気で寝込んでいたという両親の嘘の信憑性が図らずも高まることになった。

玲湲が病気から回復したという(てい)で徳徴の家に挨拶に行くと、玲湲の姿を一目見た途端、徳徴の妻の照芬(しょうふん)が全速力で駆け寄ってきた。そして普段は無口で無表情な照芬がおいおいと泣いて、心配したのよ、こんなに痩せて、と抱きしめてくるものだから玲湲は非常に驚いた。

そして徳徴は、玲湲の両親のことだから医者にも診せていないのだろうと言って、玲湲が大丈夫だと言っても聞かず、そのまま玲湲を信頼できる知り合いの医師のところへ連れて行った。しかし診察した医師も、痩せて体力は落ちているようだが特にどこか悪いというわけではないので、栄養のあるものを食べてよく寝なさいと言うだけだった。

その日玲湲は徳徴の家で夕飯をごちそうになったのだが、従兄弟たちも玲湲があまりに痩せてしまったことに驚いていた。そして普段は奪い合うように食事をしている三兄弟が、俺はいいから玲湲食べなよと玲湲の皿に多めに料理を盛って渡した。

淑麗が皇太子妃となるにあたって叔父にあたる徳徴にも官職の話があったが、徳徴は自分は官吏には向かないからと断った。断った一番の理由は、忠冀や貞妍、淑麗に借りを作りたくなかったからだったが、官吏に向いていないということも間違いなく理由のひとつだった。

徳徴が昔から何かと玲湲の面倒を見ていたと知った欽源は、今度こそ徳徴に高い官職を与えようとしたのだが、徳徴はまたにべもなく断った。

それならと玲湲は潤秀を通じて欽源にとあることを伝えた。

玲湲の言を容れた欽源は、飢饉によって孤児となった子供たちのために都に義塾を創るから、そこで講師になってくれないかという話を徳徴に持ち掛けた。

実は以前から徳徴は、行く当てもなく都で彷徨う子供たちを見て玲湲と同じように心を痛めていて、孤児となった子供たちのために義塾を作って無償で読み書きだけでも教えたい、読み書きさえできれば将来就ける仕事も増えるだろうに、と言っていた。

欽源の提案を聞かされた徳徴は、玲湲が皇帝に入れ知恵したなと気付きつつも、皇帝陛下が義塾を創ってくれるなら願ったり叶ったりだと快諾した。

孤児となった子供たちのために欽源が義塾を創ると知った市井の人々は皇帝の徳の高さを称えたが、欽源自身は、官職を得るよりも子供たちのために尽くそうとしている徳徴に感銘を受けた。玲湲も叔父の願いを叶えてくれた欽源に深い感謝を伝えたが、欽源は潤秀に、お前の妃が玲湲でよかったと告げ、まだ婚礼も挙げていないのにすっかり身内気分になっている父帝に潤秀は苦笑した。

そして玲湲も、自分は身だしなみ以上の豪華な装束や高価な化粧品は望まないから、その分の予算を困窮している人々のための政策に回してほしいと潤秀に頼んだ。

玲湲からそう言われた潤秀は、思い返せば淑麗はそんなことは一度も言ったことがないと気付かされた。華やかに装うと淑麗の美しさはいっそう際立ち、淑麗が新しい服や髪飾りを身に着けるたびに潤秀は喜んでその姿を眺め、賛美していたが、そんな自分がどれほど愚かだったか潤秀は思い知った。

さらに、淑麗がいなくなり、代わりに玲湲が皇太子妃同然の立場になった途端、東宮の宮女たちの様子が一変した。

それまで潤秀は全く気付かなかったが、以前の宮女たちは常に表情が硬かったというのに、玲湲に仕えるようになってからは皆にこやかでいることが多くなった。


東宮内で寧婧(ねいせい)と顔を合わせた潤秀は、以前から思っていたことを尋ねてみた。

寧婧は言葉を選びつつも、淑麗は宮女たちにとても厳しく、常に皆緊張していたということを潤秀に打ち明けた。寧婧は、主人という立場ならば厳しくあることは決して間違ったことではないと一言添えたが、玲湲を罵倒する淑麗の姿を思い出した潤秀は、淑麗が日常的に宮女たちにどう接していたか容易に想像できた。

そんなことにも全く気付かず淑麗を寵愛していたことに潤秀は恥じ入るほかなかった。

寧婧との話を終えた潤秀が振り返ると、東宮の中庭沿いの渡り廊下で、玲湲が同世代らしき宮女たち数人と楽しげに何かを話し、笑っている姿が見えた。

寧婧は、玲湲が宮女だった頃から彼女たちは仲が良かったと潤秀に教えた。しかし、淑麗が宮女と談笑しているところなど潤秀は見たことがなかった。

玲湲と話していた宮女たちが仕事に戻ると、玲湲が振り返り、潤秀に気付いて一礼した。そして宮女たちと話していたときの笑顔のまま、服の袖や裾を揺らしながら小走りにやってくる玲湲を、潤秀は一瞬抱きしめたい衝動に駆られた。

「どうかされましたか?」

「…いや」

潤秀は我に返り、玲湲に笑顔で応えた。

「母上のところに織物が届いて、君にも何着か仕立てたいから来てほしいそうだ」

玲湲はあまり華美な服装は望んではいなかったが、立場に相応しい装いをすべきであることは理解しているし、(こう)皇后、つまり潤秀の実母である灔菁(えんせい)が、何かと気に掛けてくれることはとてもうれしかったので、ありがたく厚意を受けることにした。

潤秀は、玲湲と連れ立って歩き始める。

「先程は宮女たちと何を話していたんだ?」

随分楽しそうだったが、と潤秀から尋ねられて、玲湲は潤秀を見上げ、少し照れたような笑みを浮かべた。

「実は」

玲湲は、ふふっと息を漏らして笑う。笑った玲湲につられるかのように、耳飾りが揺れてきらめいた。

「殿下のことを話しておりました」

思いがけない答えが帰ってきて、潤秀は思わず真顔で玲湲を見る。

「殿下はどんな方なのと聞かれたので」

宮女たちは、皇太子についてというよりも、友人の恋人について知ろうとするかのように興味津々で玲湲の話を聞きたがった。

「とても穏やかで、優しい方だと答えました」

そう言って笑う玲湲の唇の上で小さな光の粒が転がった。

「けれど、殿下はいつも私を気遣ってくださいますが、本来ならば私の方が、殿下のために尽力せねばならないはずですから」

そして一瞬、玲湲の顔から笑みが消える。

「なのに私はまだ、殿下のために自分に何ができるのかわからなくて」

相手が皇太子ということもあってあまり赤裸々に話したわけではないが、それでもやはりまるで友人に恋の相談をするかのようだった。

「そう話したら、真面目すぎると言われました」

玲湲は眉尻を下げて苦笑する。

「以前から言われているんです。真面目すぎると」

玲湲の話を聞いた潤秀は、徳徴からの手紙を思い出した。

玲湲が皇太子妃となることが決まってからしばらくして、潤秀の元に徳徴から手紙が届き、そこには徳徴の率直な思いが綴られていた。


私は叔父として、玲湲が皇太子妃、皇后となることを望んではおりません。


突然になかなか衝撃的なことが書かれていたが、徳徴は良くも悪くも言葉に遠慮が無いのだと玲湲から聞かされていた潤秀は、成程と納得した。


皇太子妃となることがどれほどの名誉であろうとも、それは玲湲自身の幸せとはならないように思えるからです。


手紙を読み進めるにつれて、玲湲に対する徳徴の真摯な思いを潤秀は知ることになった。


巫女としての務めを果たして帰って来た玲湲は、酷く痩せ細っていました。

玲湲が自らを顧みることなく務めに邁進したであろうことは想像に難くありません。

皇太子妃、そして皇后となった時も、玲湲は己の命を削ってでも、すべてを捧げてあなたと国のために尽くすことでしょう。


潤秀は、徳徴が手紙で懸念していた通りに、玲湲が妃として皇太子に尽くそうとしているのだと気付く。

それは決して悪いことではないのだが、玲湲の場合は時に行き過ぎてしまうのだろうと潤秀は理解した。

そして玲湲の伴侶であるならば、行き過ぎないように玲湲を止めることよりも、玲湲がその身を削った分を癒してやることこそが望ましいのではないかと潤秀は思った。

「それで、たまには殿下に甘えてみればいいのにと言われました」

少々予想外の言葉が聞こえてきて、潤秀は玲湲の横顔を見た。

確かに、潤秀はこれまで玲湲の甘えるような言動は一切見たことはない。

だからこそ潤秀は、もしも二人きりの時に玲湲から甘えられるようなことがあったら、そのまま衝動に負けて一線を越えてしまうかもしれないと思った。

己のすべてを捧げて務めを果たそうとする玲湲が、自分にだけ甘えてくれるとしたら、それはどれほどの喜びだろうかと潤秀は思う。

「でも、私は甘えてもらう方が好きだからと答えておきました」

「それは初耳だ」

実際それは潤秀の知らない玲湲の一面だったので思わず反応してしまい、玲湲と潤秀は顔を見合わせ、そして二人して同時に笑いがこぼれた。

「…玲湲」

「はい」

「手をつなごう」

潤秀から突然そう言われて玲湲は目を丸くしたが、差し出された潤秀の手を見つめ、戸惑いながら手を伸ばし、そっと握った。玲湲にとっては男性と手をつないで歩くなど初めてのことだった。

潤秀が握った玲湲の手は、淑麗の手とは全く違っていた。

淑麗の手は白く透き通るようで、しなやかでやわらかく、指の細い美しい手だった。

しかし玲湲の手は少し日焼けしており、手のひらの皮も厚く、指は少々節くれ立ち、所々かさかさと荒れている。

実はこれでも玲湲の手はよくなった方で、潤秀が結婚を申し込んだ時に握った玲湲の手はもっと手荒れがひどく、あちこちのあかぎれが痛々しかった。宮女が紫雲膏(しうんこう)橄欖油かんらんゆで玲湲の手の手入れをしたことで、最近ようやくあかぎれが治ってきたところだった。

潤秀は、玄蛟に仕えた巫女がどのような儀式を行ったか、毎日何をしなければならなかったかを以前から知っている。

にもかかわらず、あんな美しい手をした淑麗が本当に巫女の務めを果たせたのかどうか、疑うことさえしなかった自分の蒙昧さを悔いた。

一方で玲湲の手は、働き者の手だった。市井に暮らす人々と同じように、掃除や洗濯、炊事に勤しみ、日々の暮らしを堅実に営んでいた証だった。

淑麗の手のような、労働を知らない(たお)やかな手こそが皇太子妃に相応しいと言う者もいるのだろう。

けれど潤秀は、玲湲の人柄や生き方を映しているかのような手を握りしめ、叶うことならこの手を永遠に離さずにいたいと思った。

[つづく]


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