最終話 再会と残る謎
翌日、学校に着くと教室がざわついていた。彩夏が教室に入ると、美代の机に置かれた花と花瓶がアオミドロまみれになっていた。
(な……何で……?)
悪戯にしても質が悪いと片付けに来た教師達は言っていたが、彩夏には悪戯に思えなかった。
今、水から上げましたと言うようにポタポタと机や花から滴る水。遠巻きに見ているクラスメイトはガタガタと震えていた。
「私が教室に入った時は、こんな緑色の物なかったんだってばっ‼ 信じてよっ‼」
美代の腰巾着と言われている子が泣き叫んでいた。
(人がいる所で、誰にも気づかれずにアオミドロを花とかにかけられる……? 無理じゃない……?)
その日、彩夏だけでなく、クラスメイト全員が授業に集中する事が出来なかった。
放課後になると彩夏は菜摘を探すべく一番に教室を出た。
(菜摘ちゃん……。今日こそ見つけるからね……)
自宅方向に向かって歩きながら、スマホを取り出し、ラインを開いて菜摘とのやり取りを眺めていた。
菜摘の使っていた可愛いスタンプや明るい文章を読んでいると涙が溢れそうになる。
何気なく通話ボタンを押すと呼び出し音が聞こえた。自分のスマホからではない。
「え? まさ……か……」
通話終了にすると着信音は消えた。もう一度通話ボタンを押した。
着信音が聞こえた。菜摘と写真を撮った弁天様を祀ってある神社のほうから。
(菜摘ちゃんのスマホが鳴ってるんだっ‼)
彩夏は走って神社の中に入った。着信音の鳴っているほうに向かって夢中で走る。
鳴っているのは弁天堂の裏手だった。薄暗いそこに菜摘が鈴緒で縛られて横たわっていた。
「菜摘ちゃんっ‼」
「ん゙っ‼ ん゙ん゙ん゙っ‼」
必死で目隠しと猿ぐつわを解く。解けたとたんに菜摘が泣き声で叫んだ。
「彩夏ちゃんっ‼ 彩夏ちゃんっ‼」
「菜摘ちゃん……。無事で……良かった……」
体に幾重も巻き付けられ固く縛られた鈴緒を解き、二人は抱き合って涙を流した。菜摘の体は震えが止まらないようだった。
「ありがとう、彩夏ちゃん。助けに来てくれて」
「当たり前だよ。友達なんだから」
「うん」
菜摘の体を支えながら、救急車を呼び、菜摘の母親に連絡を入れた。泣いて喜ぶ菜摘の母親はすぐに弁天堂へとやって来て救急車に同乗していった。
翌日の放課後、彩夏は菜摘の家に向かった。検査をして異常なしと言われた菜摘は午前中に退院をして自宅にいるとラインが来ていたからだ。
あの日、何があったかを菜摘は聞いて欲しいと言って話し出した。
菜摘が出かけたのは、美代が呼び出したのだ。
「私が、石本さんの変な噂を流してるって言われたんだよね」
「変な噂?」
「そう。野良犬とかを殺して弁天池に捨ててるとかの事って言ってた。でも、石本さんに、そんな噂なかったよね?」
「うん。聞いた事ないよ」
確かに悪口を言っている美代達を批判している男子生徒達はいたが、そのような噂話は聞いた事がなかった。
「だよね? 何でそんな事を私に言ったんだろ……」
「分かんない……」
「しかも、石本さんの目が変だったの。何か私を見てるのに見てないっていう感じで……」
「うん……」
「変だったのは、それだけじゃないの。夜なのに制服を着てて上履きを履いてたんだよね……」
「それは……確かに変だよね」
「でしょ?」
(石本さんに何があったんだろう……)
二人共黙って宙を見詰める。どうかんがえても、理解も想像も出来ない話だった。
「でね、お母さんが言ってたんだけど、石本さんがプールで死んでたって……本当?」
「うん。プールに沈んでて……。ほら、プール掃除の時、菜摘ちゃんが取ってたアオミドロが体に絡まってたって」
菜摘の顔がスッと青ざめた。
「菜摘ちゃん?」
「……あのね、お巡りさんにも言ったんだけど……。石本さん、弁天池に落ちたんだと思うの……」
「え?」
「私、噂なんて流してないって言ったんだけど、石本さん信じてくれなくて……。で、嘘つきって突き飛ばされてお社で頭を打ったの」
そう言って菜摘はたんこぶが出来た頭を撫でた。
「倒れた私を、何か布で縛ってるのは分かったの。で、口と目を塞がれたんたけど、音は聞こえるでしょ?」
「……うん」
「その時に、あって言う叫び声とバシャンって水音が聞こえて、それっきり何も聞こえなかったんだよね……」
「そう……」
意識が朦朧としていた菜摘は、そのまま動く事が出来ず、しだいに意識が遠くなったのだと言った。
菜摘の体調を考え、早々に菜摘の家を後にした彩夏は、もう一度神社に向かった。
立ち入り禁止の黄色いテープの向こうで数人の警察官が池に入り何か探しているのが見えた。
「おーい。靴があったぞ。名前が書いてる……石本……だな。これ、プールの……」
「おい。こっちのは……何だ? 洗濯ネットに入った……」
警察官は集まりヒソヒソ話を始め、彩夏の所にまで声は届かなかった。
(……本当に石本さんは弁天池に落ちたんだ……。なら、どうしてプールに……? あの助けてって声は……誰だったの……? 洗濯ネットって……何?)
謎の声が聞こえたのは美代の遺体が発見されてからだ。美代ではないし、菜摘でもない。
立ち尽くす彩夏の耳に残っている助けを求める声が誰だったのか、どうして美代の遺体がプールにあったのかも分からない。
軽い頭痛をおぼえた彩夏は頭を左右に振って自宅へと歩き出した。
神社の奥にある弁天池の真ん中に立つ人影の長い髪は静かに揺れていた。その長い髪の一部がプールの排水口からゾロリと出ているのを見た者は誰もいない……。