第四話 クラスメイトの死と親友の捜索
朝食と智子の昼食の弁当を作り終えた時、電話が鳴った。
(誰? こんな朝早くに。お母さんの会社かな?)
彩夏が電話に出ると担任の赤松が重苦しい声で、昨日の出来事を告げた。
そこに着替えを済ませた智子がきて、青い顔をしている彩夏に驚き、手にしていた子機を取った。彩夏は息苦しくなり椅子に座り込んだ。
「はい……。はい……、あ……分かりました」
子機を置いた智子は、彩夏の肩に手を置いた。
「大丈夫? 彩夏は石本さんって子と仲が良かったの?」
彩夏は力なく首を横に振った。
「そう……。とりあえず、今日は学校は休みだそうよ。夜に緊急の保護者説明会があるって事だから、仕事が終わったら行ってくるわね」
返事をする様子のない彩夏の手を握る。
「ご飯食べられる? 無理に食べなくても良いけど」
「ごめん……なさい……」
「謝る事はないわ。少し横になってきなさい、ね?」
彩夏は頷くとフラフラと自室に戻った。
昨日、プールの底で発見された遺体は美代だったと赤松は言っていた。
(石本さんが……、何で?)
仲が良かった訳ではないが、同じクラスの人間が学校で死亡したのだ。頭がクラクラするぐらいにショックは大きい。
その時、机の上に置いておいたスマホからピコンと通知音がした。手に取ると彩夏も菜摘も仕方なく入っていたクラスのグループラインが表示されていた。
(何だろ……? 石本さんの事かな……?)
見てみると、いくつかの書き込みがあった。
赤松は詳しくは話さなかったが、現場を覗き見していた男子生徒達からの情報だった。
『俺が見たのは、女がプールの底に沈んでた所だぜ』
『プールサイドに片方の上靴が転がってたぞ』
『プールの水を排水させたらヤバいだろって、デッカいポンプで水を抜いてたぞ』
未読部分から読んでみると、昨夜の遅い時間からポツポツと書き込まれていた。
(私……気づいてなかったんだな……)
次々と読んでいくと手が震えた。
制服姿で排水口の辺りに沈んでいた美代の体には、何故かアオミドロが何重にも絡みついていたそうだ。
(アオミドロが……? 掃除したのに……?)
体の力がスゥーと抜け、ペタンと床に座り込む。
もし、アオミドロの取り残しがあったとしても、数日で遺体に絡みつくまでに繁殖するとは思えなかった。
(でも……何で制服でプールの底に……?)
彩夏の脳裏に、プールサイドを歩く美代がアオミドロに絡みつかれ、プールに引き込まれる映像が浮かんだ。
ギュッと目を閉じてブンブンと首を横に振る。
(そんなのあり得ないっ‼ アオミドロがそんな事、出来る訳ないっ‼)
しばらくすると智子が出かけたのか、ドアの開閉音が聞こえた。
(菜摘ちゃんを……探しに行かなきゃ……。学校が休みって家に居なきゃいけないのかな?)
壁にもたれて、何度も助けを求めてきた声を思い出そうとする。
か細い女の子の声。そして、その奥から聞こえるコポコポという水音。
(まさか……菜摘ちゃんは……)
最悪の事態を想像してしまう。自分の思い過ごしだと思い込もうとしても、脳裏に声が響く事などあり得ないと思ってしまうのだ。
(……もし……。もし菜摘ちゃんが、何処かの水底に沈められているとしたら……。考えたくない……。考えたくなんかないけど……、そうじゃなきゃ説明がつかない……)
目を閉じると菜摘の笑顔が浮かび、涙が溢れた。手にしたスマホのホーム画面は二人で撮ったものを設定してある。
旧校舎の裏手にある弁天様の神社の前にある石楠花の花の前で撮ったもの。
(菜摘ちゃん……。菜摘ちゃん……)
スマホをギュッと握り締めながら、彩夏は泣き続けた。
『タ……スケ……テ』
いつの間にか泣き疲れて眠っていた彩夏の耳に、またあの声が聞こえた。
「菜摘ちゃんっ‼」
体を起こした彩夏の手から、スマホがコトリと落ちた。
『オネ……ガイ……。タス……ケテ』
「菜摘ちゃんっ‼ 何処に居るのっ⁉」
何処からともなく聞こえる声の主に訊ねた。
『ハヤク……ミツ……ケテ……』
切なくなるぐらいの悲痛な願いに、彩夏の胸はギリギリと痛んだ。
「見つけるからっ‼ 絶対に見つけるから、待っててっ‼」
涙声で叫ぶと彩夏はスマホの地図アプリを開いた。
(えっと……暗くて冷たい所って言ってたから……。洞窟……、地下室……。あ……水音が聞こえたから水辺? 池……、沼……、井戸……)
田舎故に田畑の近くにある用水池は多くあった。井戸は個人宅にあるだろうから、地図アプリでは見つけられなかった。
(池とか沼って意外とあるんだ……。よし、とりあえずしらみつぶしで行くしかないよね。待ってて、菜摘ちゃん)
チェックした場所を一つ一つ訪ねていこうと思った彩夏は、まずは菜摘の家の近くにある池に向かった。
深さのある深緑色をした水を覗き込んでも底が見える訳はない。だが、何故だか彩夏は分かってしまった。
(ここじゃ……ない……)
何故だか分からないが、その場に立つと『ここは違う』と感じるのだ。他の所に行っても同じだった。
そうこうしている内に日が傾き、彩夏は肩を落として自宅に戻った。夜になって、菜摘の母親から電話があり、まだ見つかっていないと聞くと涙が溢れる。
(菜摘ちゃん……。ごめんね、見つけられなくて……)
彩夏は静かに涙を流しながら眠った。