第三話 親友の失踪と謎の声
プール掃除があった数日後、教室に入るとクラスの女子達が固まって何やらヒソヒソと話していた。
チラリと彩夏のほうを見て、苦々しい顔をしたかと思うとフイと顔を逸らして、またヒソヒソと話始めた。
(またやってる。暇なんだろうな)
チャイムが鳴ると担任の赤松が教室にきてグルリと教室を見回した。
その顔には、普段と違い緊張感があった。
「聞いてる奴もいると思うが、昨夜から石本と竹嶋が行方不明なんだ。もしかしたら家出かも知れない。何か知ってる奴は居ないか?」
(え? 菜摘ちゃんが……? だって昨日の夜、電話で話してたのに……)
昨夜、菜摘は『風邪を引いたのかダルいから明日は学校休むかも』と言っていたのだ。
確かに声は少し気怠そうだったが、居なくなるとは思えなかった。
(何で……? 風邪引いたかもって言ってたのに家出なんてする? しないよね? しかも石本さんと一緒に? あり得ない……)
難しい顔をして考え込んでいた彩夏は、ホームルーム終わりに赤松に廊下に呼び出された。
「佐々川は竹嶋と仲良かったろ? 何か聞いたり、気になった事はなかったか? どんな些細な事でも良いから教えてくれ」
昨夜の通話内容を話すと赤松は小さく溜め息を吐いた。
「そうか……。竹嶋のお母さんも心当たりがないって言ってるんだ……。ただ……」
「はい?」
「夜中に、ドアの閉まるような音がしたのは聞いたらしい。けど、熱があると言ってた竹嶋が出かけるとは思わないから、気の所為だと思ってそのまま寝たそうだ……」
「そう……ですか……」
赤松は難しい顔をして職員室へと戻っていった。
菜摘の事が気になって、授業に身が入らずにいた彩夏は、黒板近くの菜摘の席をじっと見詰める。
(菜摘ちゃん……。何処に行っちゃったの……?)
ラインを送ったり、通話を試みたが菜摘からの反応はなかった。
放課後、大きな叫び声が響き渡った。
下校しようとしてた彩夏は、その声が聞こえた方向を見た。それは、体育館裏のプールのほうだった。
(な……何……?)
プール掃除の日に見た水泳部の部長が髪を振り乱し、フェンスに縋り付いているのが見えた。
数人の教師が校舎からプールのほうに走って行く。
その時だった。
『……タス……ケ……テ……』
「え?」
窓から外を見ていた彩夏の耳に届いた微かな声。
振り返ってみたが、近くにいたのは男子生徒ばかりで、女生徒達は水泳部部長の錯乱状態が恐ろしいのだろう。教室に入り、震え固まっている。
(今の声……、菜摘ちゃん……? そんなはずない……。でも……)
行方不明だと言われている菜摘が居るはずがなかった。
ポケットからスマホを取り出す。ラインの菜摘アイコンを表示させて通話ボタンを押した。
(菜摘ちゃん……)
何度通話ボタンを押しても、菜摘が反応する事はなかった。
そうこうしている内に、救急車やレスキュー隊が到着し、校舎内にいる生徒は至急下校するように放送が入り彩夏は下校した。
その夜、ピチョン……ピチョン……と聞こえる水音で彩夏は目を覚ましたが、体は動かなかった。
(……金縛り……? う……ごけ……ない……)
その時、また声が聞こえた。
『タ……スケ……テ……。タス……ケテ……』
足首に触れた何かの感触に、全身に鳥肌が立つ。
濡れた紐状の何かの感触とピチャピチャという水音が常夜灯の薄明かりの部屋に響く。
(菜摘……ちゃん……なの……?)
『タスケ……テ……』
(何処……何処にいるのっ⁉ 菜摘ちゃんっ⁉)
『……ココハ……クラクテ……ツメ……タイ……。タスケ……テ……』
「菜摘ちゃんっ‼」
ガバっと体を起こした瞬間に、足元の異質な感触も水音も聞こえなくなっていた。
じっとりと汗ばんでいた額に手を当てる。
(……菜摘ちゃんが、私に助けてって言ってる……。助けに行かなきゃ……)
先程までの気持ち悪さを振り払うように立ち上がりカーテンを開けた。
まだ日の昇っていない外は真っ暗で、五月だというのに空気はピンと張り詰め寒いぐらいに感じた。