エピローグ③:第一王子の恋、今日もまた正論に散る
フレデリックのエピローグです。
第一王子フレデリックは、側妃の子として生まれた。
その容姿は申し分なく、政務における才も優れている。だが幼少期より、母が正妃ではないという理由で一歩引いた立ち位置を取ることが多かった。そんな彼が、珍しくも積極的に動いた対象がいた。
──クラリッサ・ベルグレード。
その才知、凛とした立ち姿、揺るぎない自尊心。どれも彼女の気品と信念を物語っていた。しかも婚約を破棄されたばかりで、フリーである。今しかない! そう思い立ったフレデリックは、慎重かつ大胆にアプローチを開始した。
「本日は読書に勤しんでおられるのですね。よければご一緒に……」
クラリッサは、優雅なグレイッシュローズのドレスを身にまとっていた。
繊細なレースがあしらわれたハイネックの襟元と、控えめながらも質の良さを感じさせるパールのボタン。その姿は華美ではないが、静かな威厳と洗練を纏っていた。
長いプラチナブロンドの髪はすっきりと編み上げられ、首元には小粒のルビーが連なるチョーカーが輝いていた。
あくまで実用的、されど完璧に美しい──まさにクラリッサらしい出で立ちだった。
彼女はページをめくる手を止めずに言った。
「王子。わたくしの好む時間は、文字通り“静寂”と“集中”の上に成り立っておりますの。読書中の同席は騒音と同義ですわ」
「……はい」
──完敗。
次こそは、と策を練る。
「クラリッサ嬢。宮中庭園に咲くバラが見頃とのことで、ご一緒に──」
「王子。わたくしは本日、泥のついた雑草の根を取り除く作業をしておりましたの。花は美しいだけではなく、根と土にこそ価値があるもの。それを語らずしてバラの良さを語るのは片手落ちですわ」
「……はい」
──論破、論破、また論破。
クラリッサのプラチナブロンドの髪は、いつもきちんと編み上げられ、繊細な銀細工に淡いピンクのローズクォーツをあしらったブローチが胸元に添えられていた。それは彼女の知性を湛えた瞳と完璧な調和を成し、見る者の息をのませる美しさを放っていた。
どんなに冷たく論を断たれても、凛とした佇まいに心を奪われ、目を離せないほどの存在感を放っていた。
そして、とうとうマリー・エトワールが口を開いた。
「王子、やめときましょ。クラリッサさまの辞書に“恋愛対象:王子”って単語、載ってませんから」
「……そうなのか?」
「はい。載ってるのは“責任”“矜持”“正論”あたりですね。あと“税の最適化”とか」
フレデリックは頭を抱えた。
しかし、それでもなお美しく気高く歩くクラリッサの背中を見て、ぽつりと呟いた。
「……クラリッサ嬢、やはりお美しい」
「王子、たぶん一生実りませんよ?」
「それでもいい。片想いとは、己の品格を磨く修行である……」
マリーは肩をすくめた。「そんなこと言ってる間に政略結婚させられますよ」
クラリッサがふとこちらを見た気がして、フレデリックは背筋を伸ばす。
その眼差しはきらりと輝いた──だが、その視線が向けられたのは王子ではなく、彼女の愛読書の背表紙であった。
──第一王子の恋、今日もまた正論に散る。
もう少し実利があるアプローチが良いと思います…
感想いただいたところから膨らませてみました。
お読みいただき、ありがとうございました!




