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ベルグレード侯爵令嬢、炸裂する

 ざわり、と空気が動いた。教師たちが顔を上げ、貴族の保護者たちが緊張に息を止め、生徒たちはまるで劇を観るかのように、彼女の一挙手一投足を見守る。


「殿下に関する指摘は、あくまで“氷山の一角”に過ぎません。問題は、そこに至るまでに誰も何も言わなかったこと──それこそが、わたくしが今日ここで声を上げた本当の理由ですわ」


 張り詰めた空気に、ひとすじの風が吹いた。

 それはクラリッサ・ベルグレードが、すっと扇を開いた瞬間だった。


 ──観衆は知っている。

 ここからが本番だ、と。


「出る……クラリッサ様のモヤモヤ解消タイムが……!」


 前列の教師がそっと囁く。筆を片手に持ちながら、すでに背筋を正し、ページの余白を広く確保していた。


「うちの生徒にも見せたかったわ……“社会構造ぶった斬り”で一時間……」


「一回聞くとスカッとするのよねぇ。肩こりも目の霞みも吹っ飛ぶわ……」


 ざわり、と広間の空気が一段と引き締まる。

 クラリッサが、再び口を開いた。


「第二王子殿下に申し上げたことは、個人的な問題にとどまりません。

 これは、この学園における、王族に対する過剰な忖度、そして教育の機能不全に他なりませんわ」


 正論、第一斬。


「殿下の“成長機会”を奪ったのは、誰でございましょう? わたくしのせい? 婚約者だから? 否。明確に申し上げます、それは──」


 クラリッサは、するりと視線を向けた。


「教育者の皆様方と、陛下でございますわ」


「ぐはっ……!」


 後方にいた教師の一人が、無音で椅子に崩れ落ちた。


「殿下は“苦手だから”“兄に任せるから”という言葉で、学びを放棄されました。しかし、それを是として評価してきたのは他ならぬ、指導する立場の方々でございましょう」


「ま、まぁ……その……」


「お察しいたしますわ。ええ、王族にもの申すのは容易ではありませんもの。けれどそれを恐れて黙した先に、何が残るのでしょう? ──彼のような未熟な王子と、血税を納める民衆の絶望でございます」


 正論、第二斬。


 「そ、それは……!」


「口を閉じて何もしないのは、中立ではありません。“沈黙という加担”──それがこの惨状を招いたのですわ」


 “沈黙という加担”。


 誰かが筆を走らせながら呟いた。「今年の流行語はこれだ」と。


 クラリッサは、緩やかに視線を巡らせた。


「そして──民衆の皆様」


 広間の後方、見学者たちが一斉に姿勢を正した。老若男女、身分の上下に関わらず、全員がその声に耳を傾ける。


「貴方がたもまた、無関心という形でこの状況を支えておられたのではございませんか?」


 ざわ……!


「“王子様だから仕方ない”“お美しい恋には障害がつきもの”──そう思って見過ごした結果が、これですわ」


「ひっ……」


「声を上げて止めることができたはず。なのに、面白がって見物していたのではありませんか? わたくしと殿下の関係を、恋愛劇の続き物のように眺めていたのでは?」


 正論、第三斬。


「え、えっと……」


「……わたくしは、悪役令嬢で結構ですわ。けれど、物語を眺めるだけで、登場人物にはなりたくないとお思いですか? 違いますわよ。全員が舞台の上、わたくしと同じ役者です」


 クラリッサは、ゆっくりと扇を閉じた。


「学園とは、学びの場。恋愛劇場ではございません。

 この広間に集った皆様方、今日という日が“痛みを伴う目覚め”となることを、切に願っております」


 しん……と、空気が澄みきったような静寂。


 直後。


「で、出た……!クラリッサ様の全方位毒舌……!」

「最高……!膝が震える……!」

「わたし、今までクラリッサ様のことちょっと怖いと思ってたけど……」

「正論しか言ってない……尊い……」

「やっぱ推しはクラ様だわ」


 さざめくような感嘆と、敬意に満ちた視線が舞台に集まった。


 ──そして。


 すべてを終えたクラリッサが、すっと後ろに一歩下がった。


 まるで戦のあと。誰もが沈黙し、ただ空気の密度だけが異常に高く感じられる。


 そこに──第一王子フレデリックが、ふらりと立ち上がった。


「クラリッサ嬢……その洞察力、その気高さ、まさに見事──」


「……まさかと思いますけれど、褒めておけば気に入られるとでも?」


「ッ……!」


 ピシャリと遮られ、フレデリックの眉がわずかに跳ね上がる。


「第一王子殿下、あなたは“的確に賞賛できる自分”に酔っていらっしゃるだけではないですか。

 言葉の選び方は一級品、でも肝心の中身はどうでしょう。飾り棚に置かれた銀のカップ──見栄えだけの飾り物、ではないといいのですけれど」


「……っ! お、俺……」


 彼の頬はほんのり赤くなり、唇は少しだけ開いたまま、目はただ一点、クラリッサを見つめていた。


「わたくし、しっかりと見極めさせていただきますわ」


 クラリッサの優雅な一礼に、フレデリックは固まったまま動けなかった。


 ──そして、舞台の端ではマリーがクラリッサの背中を見つめ、決意に溢れていた。


「……私、学びます。クラリッサ様のように、ちゃんと」


 第二王子は横で震えながら…涙を浮かべ、これまでの自分を、振り返っているように見えた。



 ──広間の奥。


 王族たち、教師たち、生徒たち、使用人たち、国の上層から下々までを含めたこの場に、

 見事なまでに等しく平手打ちのような正論が炸裂したあとの、特有の後味。


 重いはずのその余韻が、なぜか清々しい風のように通り抜けていく。


「クラリッサ様の正論は、ほんま肩こりに効くな……」

「わかる。なんやろ、背筋が伸びる感じするわ」

「ワイ、あの人に一回だけでええから叱られたいわ」

「正論という名の天啓……!」


 誰ともなく囁くその声に、フレデリックはこっそり、拳をぎゅっと握る。


(……自分は、褒めて好かれようとした。見透かされて当然だった)


(でも──あれだけ上から目線を持たれてなぜ……応えようとしたいのか)


(……俺の、心臓が……うるさい)



 ──こうして。


 クラリッサ・ベルグレードは、その美貌と理性、毒舌と慈愛を兼ね備えた完璧な一太刀で、

 この学園を丸ごと撃ち抜いたのであった。

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