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正論は刃より鋭く、礼節は鉄槌より重く

「まず、殿下の学業成績についてご報告いたします」


 わたくしは静かに言った。

 驚きの声が広間のあちこちから漏れるが、誰も止めはしない。


 それも当然。今この場に立っているのが、誰であるか。


 クラリッサ・ベルグレード──ベルグレード公爵家の令嬢にして、成績首席、全王立学院生徒会監査長、かつ現王室顧問補佐官。


 勢いよく畳み掛ける流暢な美しい調べが場に響く。


「王子として学ぶべき初級政務学──出席率六十二パーセント。

中級では五十パーセントを切り、提出物の三分の一が未提出。

そのうちの一枚に至っては、“詩を優先したため間に合いません”と書かれておりましたね」


 エドワルドはぎくりと肩を震わせる。

 数名の教師が目を伏せ、第一王子は手元のワイングラスを傾けながら、無言で頷いた。


「剣術は“汗をかくと創作に支障が出る”とのことで八割が欠席。

魔法理論の評価は──“火と水の違いがよくわからない”」


 その場にいた数人が思わず噴き出したが、

 わたくしはあくまでも真面目に、そして冷静に続けた。


「誤解のないよう申し上げておきますが、火と水の性質の違いを理解することは、魔法理論の基礎の基礎。

感性や直感ではどうにもなりません」


 そして、まるで滑らかな弾丸のように言葉を撃ち出す。


「魔力の流れを制御する術も知らず、“直感”で魔法を使おうとした結果、

授業中に自らのマントに引火した一件は、忘れられませんわね。

あの時、教師が咄嗟に水属性で消火しなければ、殿下は“詩”どころか眉毛すら残っていなかったことでしょう」


 ざわっ、と生徒席が揺れる。


「提出物の内容もお粗末でした。“国民の苦しみを詩に昇華させる”などと題した作文には、

“民は涙するから美しい”と書かれておりましたが、

苦しんでいる民が求めているのは“王子の感性”ではなく、

“食物”と“仕事”と“暮らしの安定”でございます」


 教師の一人が肩を震わせて俯いているのが見えた。


「剣術を軽んじ、魔法を放棄し、政務を詩に代えて、美しい言葉で現実から逃げる。

その姿勢が、国を預かる者として相応しいと、殿下はお思いですの?」


 エドワルドは口を開こうとするが、声にならない。

 わたくしはさらに一歩踏み出し、低く言い放つ。


「殿下は“わからない”と口にしながら、学ぶ姿勢を見せたことが一度でもありましたか?

“難しいから仕方がない”“自分は芸術肌だから”と、

周囲に責任を投げ、評価が下がれば“理解されないだけ”とふて腐れ、

時には教師を“感性のない連中”と批判までされた。

そして、“クラリッサがいれば何とかしてくれる”──そう甘えてこられたのではなくて?」


 エドワルドの頬が引きつる。


「わたくしは、殿下の母君の葬儀の折、王子として国民を慰める場で、

“悲しみの美しさを表現したい”と詩を朗読された殿下を、今も忘れません。

泣き崩れる民衆の前で、“涙の光は星よりも清らか”と詠んで、

どれほどの者が、かえって傷ついたか。

あれが本当に慰めだったと、いまだに信じておられるのですか?」


 ざわめきが、今度は重い。


「王子という立場にあるならば、“慰める”とはどういうことか、

“寄り添う”とは何か、学ばねばなりません。

詩人になられるおつもりなら、それでも結構です。

いっそ今すぐ王位継承権を放棄し、劇団でも立ち上げてはいかがですか?

“第二王子劇団・星の涙座”──お似合いかと存じます」


 我ながら少々口が過ぎたと思ったが、止まらなかった。


「第一王子殿下が学業・剣術・魔法・政務にすべて真剣に取り組み、日々実績を積み重ねておられること、

それに比して、殿下の立場はあまりにも軽い」


 第一王子がうっすらと微笑んだ。


「わたくしは、“できないこと”を笑う気はございません。

第三属性の複合詠唱式など、私もまだ完璧に身につけてはおりません。

ですが、それを言い訳にはしません。“わからない”なら“学ぶ”しかないのです」


 言葉が止まらない。今や、教師たちは筆を走らせ、他の生徒たちも息を呑んでいる。


「わたくしは、公爵家の娘として、王子に相応しいとされるよう努めてまいりました。

剣術、礼儀、魔法、政務、そして外交儀礼。

それらはすべて、“殿下の伴侶としての器”を備えるために磨いてきたものです」


 一瞬だけ、目を閉じて、息を吸い、放つ。


「殿下が“愛”という美しい言葉でわたくしを切り捨てるのは、ご自由に。

ですが、わたくしの努力と誇りを踏みにじったその代償は、

“わたくし自身の言葉”で返させていただきます」


 その場が凍りついた。


「殿下に一つだけ申し上げます。

“選ぶ”という行為には、“責任”が伴います。

その責任を果たせぬまま、好きな者を選び、捨てた者に詩を贈るような真似。

王子として、いや、一人の人間として──それを恥ずかしいとは思いませんか?」


 ようやくわたくしは言葉を切った。


 その瞬間、後方の教師たちから「……これはもう、講義では?」という小声が漏れた。

 生徒たちは静まり返り、エドワルドは答えない。


 その代わりに──


「……すごい……」


 かすれた声が聞こえた。


 振り返れば、マリーだった。両手を胸の前で握り、震える声で、でもはっきりと。


「すごいです、クラリッサ様……そんなふうに……自分の“できないこと”と向き合って、責任を持つなんて……私、想像もしてなくて……」


 わたくしは彼女を見つめ返す。お可愛らしい。


「あなたはまだ若く、未経験です。できないのは当然。だからこそ、これから“どうするか”が、問われるのですわ」


 マリーの頬が赤くなった。

 怯えているのではない。──感動している。それが、わかった。


 ふふ。教え甲斐がありそうですわ。

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