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 ライドさんを拾ってから二か月が経った。その間に、ライドさんはレオンの部屋から出て晴れて一人で住むことになった。と言っても、レオンのすぐ隣の部屋なのだけど。ライドさんはこっちの世界での生活にもだいぶ慣れてきたので、おじいちゃんの知り合いの店でバイトをすることになり、明日がその初日だ。


 ピンポーン


 夜、自分の部屋でくつろいでいると、チャイムが鳴る。誰だろう?ミリアちゃんかな?そう思ってモニター付きイヤホンの画面を見ると、そこにはライドさんがいた。


「あ、ちょっと待っててくださいね」


 そう言って玄関を開けに行くと、やっぱりライドさんがいる。


「こんばんわ、ノゾミ」

「こんばんわ、って、どうかしたんですか?」

「ああ、……実は明日がバイト初日なんだが、少し不安になってしまって。ノゾミの顔を見たら少しは落ち着くかと思ってきてしまった。すまない」


 そう言って、眉を下げて申し訳なさそうに微笑む。綺麗な銀髪が明りに照らされてキラキラと輝いていて、うっ、謝る異世界のイケメンの破壊力……!って、そんなことを思っている場合じゃない。ライドさんが不安がってるなら、こっちの世界での世話役みたいな私が寄り添ってあげないと。


「そうだったんですね。そしたらお茶でも……あ、私の部屋に入るより、下の共用スペースに行きましょう」


 そう言うと、ライドさんは少しだけ残念そうな表情で私を見つめて小さく頷いた。



「今日はラースたちはいないんだな」


 共用スペースに来ると、ライドさんはキョロキョロと見渡してそう言った。


「まあ、誰かしらいることが多いですけど、誰もいないときももちろんありますからね。ライドさん、何飲みますか?」

「ああ、それじゃミルクティーを」


 私は自販機でミルクティーとココアを買ってミルクティーをライドさんへ差し出し、ソファへ座った。ライドさんは、テーブルを隔てて向かいのソファへ座る。


「このミルクティーは元の世界で飲んでいたものと味が似ていて懐かしいんだ」


 そう言って、缶を開けてミルクティーを飲むと、ライドさんはほうっと嬉しそうに小さく息を吐いた。


「そうなんですね。向こうの世界と味が似てるってなんだか不思議です。あ、それで、明日がバイト初日なんですよね。ファミレスの厨房でしたっけ」

「ああ。最初は簡単な作業からだと言われてはいるが、やはり不安なんだ。違う世界の仕事だし、ミスは許されない。迷惑をかけてしまうのではと思うとなんだか気が気じゃないんだ」


 ライドさん、めちゃめちゃ真面目なんだろうな。元の世界では騎士だって言ってたし、きっと厳しい規律や任務をこなしてきたんだろう。


「そんなに肩ひじ張らなくても大丈夫ですよ。そこのお店はおじいちゃんの古くからの知り合いがやっているお店ですし、異世界人にも理解があるんです。今までも異世界人がそこで何人も働いていたので、ライドさんも大丈夫だと思います」

「今までも異世界人が?」

「おじいちゃんとおばあちゃんが拾ってきた人たちが何人もその店で働いて、自立していってるんです。このマンションにも昔は住んでいたんですけど、みんな独り立ちしてこっちの世界で問題なく暮らしています。あ、もちろんおじいちゃんの最低限の監視はついていますけどね」


 さすがに野放しというわけにはいかない。それでも、こっちの世界にすっかり馴染んで、問題なく生活している人たちが実は結構いるのだ。


「そう、なのか……なんだかすごいな。その人たちは、……元の世界に戻ることを諦めたのか」

「たぶん、そうなんだと思います。ひとつの世界だけだったら帰り方も解明しやすいのかもしれませんが、様々な異世界からこちらへ来てしまっているので、帰る方法は正直わからないんです。長いことこっちで暮らすうちに、こっちの世界が気に入るようで、そのまま定住しちゃってるそうです」


 そう話すと、ライドさんは複雑そうな何とも言えない表情で私を見て小さく微笑む。その微笑みがなんだか痛くて、私は思わず声を上げた。


「あっ、でも!おじいちゃんは完全に諦めてるわけじゃないんです。地道に少しずつですけど、みんなの帰り道を探しているんですよ」

「そうか。……ありがとう」


 また、ふわっと微笑むライドさんの顔はさっきよりは和らいだけれど、それでもなんだか切なくて、胸が苦しい。耐えきれなくなって思わず視線を逸らすと、ライドさんがそういえば、と何かを思い出したように話し始めた。


「レオンは、ノゾミの部屋に入ったことがあるんだろう?よくノゾミの部屋に行くと言う話を聞いた」


「レオン、ですか?えっとそうですね、たまに部屋へ来ますね」


 ライドさんの問いに首をかしげつつもそう答える。どうして急にレオンの話になったんだろう?


「そうか……他のみんなは?」

「んー、ミリアちゃんもよく遊びに来ますね。ノルンさんは、ミリアちゃんに無理矢理連れて来られるような感じですけど」

「ラースは?」

「ラースさんは絶対に入れないです。そもそも、異性の異世界人を部屋にいれるなってレオンやおじいちゃんにきつく言われているので」


 それを聞いて、ライドさんは小さくため息をついた。


「レオンも異性の異世界人だと思うけど?」

「あっ、えっと、それはですね、レオンは私が一番最初に拾った異世界人ですし、信頼してるので」


 そう、レオンとは絶大な信頼関係がある。レオンを部屋に入れて困ったことや危険に思ったことは一度もない。

 私の返事を聞いて、ライドさんはまた小さくため息をついた。なんだろう?私、何か気に障ることを言ってしまっただろうか?


「二人は、恋人とか、そういう仲ではないんだよな?」

「?えっ、違いますよ」

「それでも、信頼関係があるから部屋にあげる、か。……ミリアやラースたちに、ノゾミを気に入る気持ちはわかるがレオンとの仲を邪魔するなときつく言われているんだ」


 えっ、そうなの?って、何それ!?ミリアちゃんたち、一体何を言ってるの!?


「だが、ノゾミはレオンとは別に何でもないと言うだろう。それなら、俺はノゾミを諦めたくない」


 そう言ってライドさんはなぜか急にソファから立ち上がり、私の横へ座った。そして、私の両手を優しく握りしめる。……って、ええっ!?手、握られてる!?


「ノゾミは、異世界人とは恋をしないと言っていた。もし相手が元の世界に戻れることになったら、お互いに苦しくなるから、と。だが、この世界では元の世界に戻れる確率は低い。それに、もし戻れたとしても、それでもノゾミヘのこの思いを捨て去ることなんてできない。これから先どうなるかわからないのに、ノゾミを諦めたくないんだ」


 ライドさんの手が、瞳が、言葉が熱い。熱すぎてそのまま溶けてしまいそうなほどだ。これは絶対にまずい。自分の中の危険信号が点滅してサイレンがけたたましく鳴っている。どうにかしてここから逃げないと!そう思ってライドさんの手から離れようとするのに、ライドさんは握る手を緩めず、むしろきつくなっていく。


「ノゾミとレオンの間に何もないなら、ノゾミがレオンのことを何とも思っていないなら、俺はノゾミを意識させたい。ノゾミは、レオンのことをどう思っているんだ?」

「どうって……」


 ライドさんの質問に、どう答えていいのかわからない。レオンは大切な仲間だし、大好きな人だ。でも、その大好きはきっと恋愛の大好きとは違う。違うと思いたい、違わなければいけないのだ。


 でも、それを言ってしまったら、何かが大きく変わってしまいそうで怖い。そもそも、違わなければいけないだなんて思ってる時点で……ううん、だめだ、それを考えてはいけない!


「……わ、わかりません!とにかく、レオンはライドさんやミリアちゃんたちと同じように、ただ大切な人です!」

「だったら……」

「と、とにかく、もうこの話はこれで終わりにしてください!」


 ライドさんの手から強引に自分の手を引き抜いて、私はソファから立ち上がり、共用スペースから飛び出した。エレベーターホールへ向かって走り、エレベーターに乗り込もうとすると、降りてきた人にぶつかる。


「ご、ごめんなさい」


 慌てて見上げると、そこにいたのはまさかのレオンだった。どうしてこのタイミングで出会ってしまうんだろう。


「部屋のチャイム押しても出ないからこっちに来てるかと思ったら……って、おい、どうしたんだよ?どうしてそんな顔……」


 そんな顔ってどんな顔?顔を見られたくなくてすぐに俯き、私はエレベーターに乗り込んだ。自分の階を押して、とにかく閉めるボタンを連打する。ドアが閉まりかけた隙間から見えるレオンの目が、大きく見開かれた。


 ガッ!


「おい、なんで閉めてんだよ」


 レオンが両手でドアが閉まるのを阻止してる。ドアはあっけなく開いてしまい、レオンが当然のようにエレベーターの中に入り込んできた。無理、こんな時にレオンと二人きりだなんて本当に無理!


 レオンはすぐに閉めるのボタンを押して、私へ体を向けた。怖い、怖い、絶対に睨まれてる。恐る恐る見上げると、レオンが眉間に皺を寄せながら、複雑そうな表情で私を見下ろしていた。



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