5 帰れない理由
「それでは、ライドさんの異世界生活を祝って、かんぱーい!」
ライドさんを拾ってきてから一か月後。この日、マンションの共用スペースでライドさんの歓迎会を開いていた。レオンにミリアちゃん、ラースにノルンさんと全員参加だ。
「毎回思ってるけど、異世界で迷子になって生活することは祝う事じゃないだろ……」
「まあまあ、せっかく出会って同じマンションに住むことになったんだから、歓迎もかねてだよ」
レオンが呆れたようにそう言うと、ミリアちゃんが笑顔で言う。ライドさんは複雑そうな顔でみんなの顔を見ていた。
「あ、人が増えるたびにこうやって歓迎会開いてるので気にしないでくださいね。ライドさんはお酒とか飲めます?」
「あ、ああ、たしなむ程度なら」
「この世界の酒もなかなかのものだぞ、飲め」
「わ、わかった」
そう言って、ラースがライドさんにお酒を進めている。ライドさんはラースさんに会うたび緊張した様子だったけど、最近は慣れてきたのか普通に会話できるようになったみたいだ。
「たしかにうまい!」
「でしょでしょ?ミリアもこの世界のお酒好き」
「あっ、こら!ミリアちゃんは高校生なんだからお酒飲んじゃだめだってば」
「ええーっ!ミリア、この世界では女子高校生だけど、自分の世界じゃもう成人してるんだけどなぁ」
「そうだとしても、この世界では未成年なの!まだだめ」
「ちえっ」
ミリアちゃんから強引に缶のカクテルをひったくり、代わりにノンアルのカクテルを渡す。
「君たちは本当にすごいな。この世界にすっかり順応している。俺なんかまだ慣れるのに必死だよ」
「元の世界に帰ることも、まだ諦めていないみたいだしね?」
苦笑するライドさんに、ミリアちゃんが含みのある笑みを浮かべながら聞く。
「……君たちは、もう元の世界に帰りたいと思っていないのか?」
ライドさんがみんなの顔を見渡すと、みんなはそれぞれライドさんの顔を見てから肩をすくめた。
「ミリアは帰りたいなんて思ったこと一度もないよ」
「……は?」
「だってミリア、帰ったところで居場所ないもの」
「どういう、意味だ?」
ミリアちゃんの言葉に、ライドさんは困ったような、意味の分からないというような複雑な顔をしている。そうだよね、私だってミリアちゃんにそう言われたとき同じような顔になっていたと思う。
「ミリアはね、元の世界では魔術師だったの。魔力が異常に多くて、この若さで魔法も上級魔法まで使えるくらいの才能の持ち主だったんだ。すごいでしょ?でもね、そのせいで国の戦闘兵器としてこき使われる身だった。毎日毎日、戦場に送り出されて戦う日々。もうね、生きてる意味が分かんなかったの。それで、もう戦いたくない、死んでもいいやーって思って、敵からの攻撃を防御魔法もかけずにそのまま受けようとしたの。やっと死ねる、これでもう生きなくてもいいんだって思えたの。そしたら、気づいたらこの世界にいた」
ライドさんは大きく目を見開いてミリアちゃんの話をただ聞いている。ラースさんは真顔でミリアちゃんとライドさんを見てるし、ノルンさんは膝の上に置いた手をギュッと握り締めて悲しそうに床を見つめている。
「ラースは魔王なのに人間側の味方をした幹部に裏切られたし、ノルンさんはありもしない罪をきせられて断罪された。レオンは……詳しいことは何も話してくれないけど、きっと同じように帰りたいとは思ってないと思う。ここにいる人間は、みんな自分の世界に居場所がないんだよ。ライドさんだけかもね、帰りたいって思ってるの。だからちょっとうらやましいかなーっ」
にっこりと笑ってから、ミリアちゃんはノンアルカクテルをぐびぐびと飲み、ライドさんは複雑そうな顔で固まっている。ああ、これはなんか雰囲気やばいやつだ、絶対にやばいやつ。何か話題をかえないと、と思っていると、ライドさんが口を開いた。
「俺は……」
「別に気にしなくていいよ。ミリア、この世界にきてノゾミに拾ってもらってよかったなって心底思ってるから。使える魔法は制限されてるし色々と不便なことも多いけど、それでもミリアはこの世界が好きだしノゾミとノゾミの家族が好き。きっとみんなもそう思ってると思う。だから、ライドさんもこの世界を存分に楽しめばいいと思うよ」
そう言ってミリアちゃんはまたにこーっと笑う。ミリアちゃんの言葉に、ラースとノルンさんは目を合わせて微笑み、小さく頷いた。
「というわけで、辛気臭いのはここまでにして美味しいもの食べよう!ライドさんピザってもう食べた?いろんな味があって美味しいんだよ!ミリアのおすすめはー……」
ミリアちゃんの勢いに、ライドさんは気圧されながらもピザをひとかけらほおばり、目を輝かせている。どうやら美味しいらしい、よかった!ラースとノルンさんは、……アーんしてるラースにノルンさんがポテトを食べさせてあげている。はいはい、ご馳走様です。
「そういえば、ノゾミのご家族にまだご挨拶していない。このマンションはおじい様とおばあ様が造ったと言っていたが、ご両親は不在なのか?」
ライドさんの何気ない言葉に、その場の空気がぴしっと凍りつくのを感じた。
ライドさんが私の両親について聞いた瞬間、その場の空気がピリつくのを感じる。これは、良くない雰囲気だ。
「えっとね、両親は離れて暮らしてるんだ。ここについてはあんまり良く思ってなくて……」
「あー、ライドさん、ノゾミンのおじいちゃんとおばあちゃんにまだ会ってないんだ?おじいちゃん、すっごい魔術師なんだよ!ミリアにとっては憧れの存在なんだ。それに、二人ともお年寄りなのにすっごいラブラブなんだよ」
私の話に、ミリアちゃんが慌てて話を被せてきた。
「誰がお年寄りだって?」
突然、背後から声がする。みんな驚いて声のする方を向くと、そこにはおじいちゃんがいた。短めの白髪に青色のきれいな瞳、グレーのスーツをピシッと着こなしている。ああ、おじいちゃん今日も素敵!
「おじいちゃん!」
「おお、ノゾミ、元気だったか」
おじいちゃんは私のそばに来ると、ライドさんに視線を向けた。ライドさんは一瞬驚いたように固まり、すぐにハッとして立ち上がる。
「あなたが、ノゾミ……ノゾミさんのおじいさまですか。初めまして。バレンド王国の騎士、ライド・アルベルトと申します」
「なるほど、最近ノゾミが拾ってきた新人さんか。どれ……」
おじいちゃんがそう言うと、急におじいちゃんの周りにぶわっと強い風が吹く。皆が風にあおられ顔を腕や手で隠していると、風が止んでおじいちゃんとライドさんの姿だけが無かった。ああ、始まっちゃった。
「ライドさん、連れていかれちゃったね」
「ノゾミの爺さん、毎回あんなことしてんのか。飽きないな」
「俺が初めてあのじじいに出会ったとき、まさか何もないだだっ広い草原に飛ばされて力のぶつかり合いを行うとは思わなんだ。この世界に、あのような強い魔術師がいるとはな。さて、ライドはどこまで耐えられるか、ククク」
みんな、おじいちゃんとの初対面では必ず、魔力や剣術などそれぞれの力がどのくらいあるのかを試される。そして、この世界でその力をむやみに振り回さないように制限をされるんだけど……ライドさんは騎士なんだよね、大丈夫かな?
少し経ってから、また強い風が吹いておじいちゃんの姿が現れた。
「ライドさんは?」
「相当疲弊したようだからな、直接部屋へ送り届けた。騎士にしてはなかなかの根性の持ち主だ」
フッと微笑むと、おじいちゃんはレオンの方を見る。視線を向けられたレオンは少しだけ眉間にシワを寄せて警戒している。
「手強いライバルの出現だな、レオン」
「……は?」
レオンの眉間にますます皺が寄っていく。ライバルって、なんのライバルだろう?レオンは別にあっちの世界で騎士ってわけでもなさそうだったけど。強さの話?
「はぁー。何を言われたのか知らないけど、俺はあいつに負けるつもりはない」
「そうかそうか。それは楽しみだな」
本当に、何のことだろう?みんなを見ると、ミリアはレオンと私を交互に見てワクワクした顔をしているし、ラースはニヤッと不敵な笑みを浮かべている。ノルンさんは片手を頬に添えて、まぁ、と嬉しそうに微笑んだ。何?みんな何かわかってるの?
「さて、新人との挨拶も済んだし、今日はこの辺でお暇するよ」
「え、もう帰っちゃうの?おばあちゃんは?一緒じゃないの?」
「今日はこっちに来てないからな。そのうち二人でまた遊びに来るさ」
「うん、ぜひ!待ってるね!」
私の言葉に笑顔で頷くと、おじいちゃんの足元に魔法陣が浮かび上がり、おじいちゃんは光に包まれて消えていった。
「相変わらず神出鬼没だな」
「でもやっぱりおじいちゃんイケオジだよねぇ。紳士的だし、おしゃれだし。おばあちゃんが羨ましい」
ミリアがうっとりした顔で言う。わかる、おじいちゃんイケオジだもんね。そんな素敵なおじいちゃんを射止めたおばあちゃん、すごすぎる。
ふと、視線を感じて目を向けると、レオンがジッとこっちを見ていた。
「どしたの?」
「……いや、別に」
そう言って、レオンは手元にあった缶ビールを飲む。なんだろう、さっきのおじいちゃんの話といい、わからないことだらけだと思った。




