4 護衛とバイト
「え、レオン?」
突然レオンに抱きしめられて、パニックになる。いや、なるでしょう?ただでさえイケメン、しかも普段はこんな急に抱きしめてくるなんてしないのに……!
私が驚いていると、レオンははぁーっと大きくため息をついた。
「無事で良かった。本当に。男たちに絡まれてるの見た時心臓止まるかと思った」
心配してくれたんだ。まさかこんなに心配されるなんて思わなかったからちょっとびっくりしたけど、でも嬉しい。
「心配かけてごめん。でも、ありがとう」
「間に合って良かった」
「うん。でもほら、レオンに護身術習ってたでしょ?だからなんとかなったかもだし」
「護身術習ってるからって楽観するな。万能じゃないんだぞ……!」
そう言って、私を抱きしめる力が強くなる。うう、く、苦しい……こんなに心配されるなんて思わなかった。
「わ、わかったから!とりあえず、ちょっと苦しいよ……」
「あ、ああ、悪い」
慌ててレオンは体を離してくれた。ふう、息ができる。息を整えてふとレオンを見上げると、レオンはものすごく心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
な、なんでそんな顔してるの?いつもと違う様子になんだかドキドキしてしまう。
「そ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。そんなにおじいちゃんに怒られるのが怖い?」
ふふっと笑うと、レオンはむっとして私を睨みつける。ものすごく不服そうだ。
「そうじゃない。そんなことじゃない。はぁ、どうしてお前はそうなんだよ……」
「?」
なんだろう?わからなくて首をかしげていると、レオンはまた大きくため息をついてから諦めたように少し微笑んで、私の手を優しく握った。へっ?なんで?
「帰るぞ」
「え、あ、うん」
びっくりした。いつもは手を繋いだりなんかしないのに。はぐれちゃうとでも思われてるのかな?
とりあえず、なんだか胸がドキドキして落ち着かない。この不思議な気持ちに気づかれなくて、ほんの少しだけレオンの後ろを歩いた。
「「酔っ払いに絡まれた?」」
帰ってくると共用スペースにライドさんとミリアちゃんがいて、私とレオンの様子から何かを察したライドさんに質問されたから正直に答えたのだけど、随分と驚かれてしまった。
「大丈夫だったの?」
「俺がいたから大丈夫だ」
「まあ、そうだよね。いや、むしろ絡んできた酔っ払いが無事だったかどうか心配だわ」
ミリアちゃんが溜息混じりに言うと、ライドさんが険しい顔で私を見た。
「今度からは俺も迎えに行こう。ノゾミが心配だ」
「えっ、大丈夫だよ」
「いや、護衛は多いほうがいい。それに、俺は自分の世界では騎士だった。護衛にうってつけだろう」
まあ、確かに。そう言われるとそうかな、なんて考えていたら、私とライドさんの前に突然レオンが入り込む。
「それは必要ない。俺だけでじゅうぶんだ」
なぜかレオンとライドさんが睨み合っている。なんでこう、この二人は相性が悪いのかなぁ。
「えーっ、ずるいーっ、ミリアもイケメン二人に守られたーい」
ミリアちゃんが言うけど、どう聞いても棒読みだよ……。
「ミリアちゃんはむしろもう守られてるじゃない。ミリアちゃんのファンたくさんいるんでしょう?この間も男の子たちに囲まれながら帰って来るの見かけたよ」
「まあね、ミリアこう見えてこっちの世界では美少女だし。でも、そのおかげで女の子たちからは嫌われてるみたいなんだよねぇ。この間も嫌がらせされちゃったし」
「えっ、嫌がらせ?大丈夫なの?」
いつの時代もどの世界でも、女はめんどくさくて厄介な生き物だ。心配になってミリアちゃんに聞くと、ミリアちゃんはなぜかニヤッとあくどい顔で笑っている。
「まあ、ミリアいつも反射魔法をかけてるから、嫌がらせして来る人はそのままその人に返るようになってるんだよね。だからその子も自分で自分にバケツの水かけちゃってた。ふふふ」
わあ、ミリアちゃんすごく悪い顔してる。一番敵にしてはいけない子はミリアちゃんなのではないだろうか。何はともあれ、ミリアちゃんが無事ならそれでよかったよかった。
「てゆーか、話を戻すけど、そんなにノゾミンのこと心配ならいっそのことノゾミンと同じバイトすればいいんじゃない?確かノゾミンのバイト先、求人募集してたんじゃなかったっけ?さすがにライドさんは来たばかりだからバイトは無理だと思うけど、レオンだけならいけるんじゃない?」
ミリアちゃん、なんでそんなこと知ってるの?たしかに、最近バイトの子が二人ほどやめてしまって、店長が困って求人募集出してたけど……。
「それはいい案だな。ノゾミ、いい人材がいるって店長に言ってくれよ」
「ええ?いやいや、レオンはそもそも別のバイトしてるでしょ?」
「ちょうど今のバイトは今月で終わりだ」
「えっ、そうなの?短期って聞いてはいたけど……いやでも」
「とりあえず言ってみるだけでもいいんじゃない?必ず受かるとも限らないんだし」
ミリアちゃんがニヤニヤと楽しそうに言う。くっ、絶対これ楽しんでるよね?レオンを見ると、腕を組んで絶対に言えよという顔をしている。その隣では、ライドさんが残念そうな顔でシュンとしていた。
*
「こんなイケメンが望ちゃんの知り合いにいただなんて知らなかったわ。しかもあんなに仕事ができるなんてびっくり!レオンくん目当てのお客さんもどんどん増えるし、本当に助かるわぁ」
結局、ミリアちゃんとレオンに押し切られる形で店長にレオンを紹介し、レオンはめでたく同じバイト先のカフェで働くことになった。店長は嬉しそうにそう言ってくるけれど、私としてはなんだか複雑な気分……。
レオンが注文を取りに行くと、女性客は小さく歓声をあげる。でもレオンはさして気にする様子もなく、ただ注文を取ってすぐに店長へオーダーを伝えている。
すごいな、レオンは自分がイケメンてことを自覚してるし、騒がれることもわかってる。でも嫌な顔もまんざらでもない顔をすることなく、ずっとポーカーフェイスなのがすごい。そして、そこもまた人気の理由らしい。
「すごい人気デスネ」
休憩がかぶったレオンにそう言ってみると、レオンはジュースをずーっと吸い込んでからニヤッと笑った。
「へぇ、気になるのか?」
「いや、気になるとかではなくて」
「なんだ。気にしてくれてるからあんなに見られてるのかと思ったのに」
はっ?そんなにレオンのこと見てた?そんなバカな……!
「そっ、そんなに見てないよ」
「いや、穴が空きそうなくらい見られてた」
「うわっ、自意識過剰」
「ノゾミに対しては自意識過剰でいたいんだよ」
なにそれ、意味がわからない。
「レオンがイケメンすぎるのが悪いんだよ。そんだけかっこよかったら誰だって見とれちゃうってば」
「へぇ、ノゾミも見とれてくれてたのか?」
そう言って、体を乗り出して私に顔を近づけてくる。いやいや、近い、近いよ!
「ちょっ、近いよレオン!最近、距離感バグってない?」
「こうでもしないとノゾミは意識してくれないだろ?」
ん?意識する?どういうこと?不思議そうにレオンを見ると、レオンはフッと小さく笑って私の顔に手を近づけてくる。え、何?
心臓がドッドッドッと大きく鳴っている。どうしてだろう、レオンに対してこんなに心臓が大きく鳴るなんてありえないのに。ううん、あっちゃいけないのに。
思わず目を瞑ってしまうと、口の端に何か感触がある。目を開くと、レオンの指にクリームがついていた。
「口の端にクリームついてる」
えっ、やだ、クリームパン食べてたから!?慌てて口の端を指で確認するけど、もうついてはいなかった。
レオンは私の口の端からとって指に付けたクリームをペロ、となめ取る。うわぁ、何その色気……!さらさらの黒髪から覗く夜明けの空のような紺色の瞳とかち合って、また胸がドキッとした。
「ふはっ、顔真っ赤になってる。可愛いな」
なんでそんな色気ダダ漏れの顔でそんなこと言うの!さらに顔に血がのぼっていくのがわかる。きっと茹で蛸みたいになっちゃってるよ……。
ああ、だめだ、このままだとうっかりレオンのこと好きになってしまいそう!なんてちょろいんだろう私。
「わ、私、先に戻るね!」
飲みかけだったお茶を一気に流し込んでから私は勢いよく立ち上がり、休憩室から出た。こんなところにいたら心臓がいくつあっても足りないよ!
これからずっとこの調子なのかな。レオンはなぜかわからないけどシフトが私とかぶるように入れてるみたいだし、先が思いやられてしまう……。
「一緒のバイトにしてよかった」
私が休憩室から出たあと、レオンが心底嬉しそうにそう言っていたことを、私は知らない。




